上覧①
嘉永7年1月16日、二度目にペリーが来航した際に将軍家に献上した品々は140点におよんだ。
織物や香水、酒などの日常品や図鑑、地図、貨幣などの外国の文化を知らしめる物のほか、圧倒的な技術の差を痛感させられる、本物同様に動く蒸気機関車の4分の1模型や電信機、電池、ミシン、写真機などが贈られた。
英龍は献上品の目録と品物の照会や説明の役を仰せつかった。
将軍に御目見えできる身分で、これらを説明できるものは英龍をおいて他にいない。英龍は布衣という身分で、この上覧の席では末席になる。本来なら御目見えはできても将軍の側に寄ることなど許されない身分である。
特に電信機と蒸気機関車の模型は我が国にない技術のため説明が難しく、英龍は万次郎や家臣の蘭学者・矢田部郷雲、石井修三などと入念に語訳を重ねた。
そして迎えた嘉永7年3月5日、2日前に『日米和親条約』が締結し、大きな疲労感と達成感、アメリカからの威嚇から解放された安堵感に包まれて、将軍への贈答品上覧が行われた。
「この『じょうききかんしゃ』とやらは動くのか?動かなけれがよく分からぬ。」
将軍以下幕府重鎮が揃う格式高い場であるため、懇切丁寧に伝えようにも、どうしても堅苦しい言葉になってしまう。
家定はこういう場が苦手である。英龍は言葉に詰まった。家定の言葉を見越していた阿部が
「ならば後日、実演を披露する日を設けましょう。よいな江川。」
と、助け船のようでいて説明とは比べものにならぬほど難しい提案をしてきた。今現在の日本で蒸気機関を動かせる者は万次郎しかいないが、身分的にもアメリカの諜報員と疑われている点を鑑みても万次郎を御前に出すわけにはいかない以上、英龍が蒸気船や電信機の使い方を彼から学んで実演しなければならない。
台場に反射炉、砲術や銃術の教授などやらねばならぬことが山積みなのに、また一つ難題が増えた。戸惑う英龍に家定が
「妹は息災か?」
と不意に声を掛けてきた。英龍はとっさに答えることができず、頭を下げるのみだった。
「よい、頭を上げよ。そなたはおたいの兄であったな。おたいは元気か?」
英龍の身分では本来、私的な会話など許されない。それでもお声掛けいただいたら返答をしないのも失礼になる。英龍は視線で阿部に問いかけ、阿部が頷いたのを確認したあと、
「妹にご高配賜り恐悦至極に存じます。伊豆韮山にて天親院(任子)様に祈りを捧げ、穏やかな日々を過ごしております。」
「そうか、おたいは今でも任子のことを思ってくれているのだな。任子もさぞ嬉しかろう。それを聞けて安心した。これからも息災であれと伝えてくれ。」
家定はあまり人に心を開いて笑うことはないが、今、英龍には気を許し笑顔を向けている。
たいが任子に『大塩の手紙』を託し、家慶に渡ってから10年が経とうとしている。あの頃の政治の世界は腐敗にまみれ、権謀術数をめぐらし政敵を陥れるなど惨憺たる有様だった。
しかしそのすぐ近くにある大奥では、障害のある家定と病に苦しむ任子、世俗から離れ厳格な生活を強いられている女達が心を通わせ互いを思いやる、温かな世界を築き上げていた。
英龍が最終的に目指したい、誰にでも優しい世界の片鱗がそこにあったように思う。
心ない者達は家定を『暗愚』と嘲るが、このお優しい上様に仕えることができて良かったと、これからも誠心誠意お仕えしようと決心した出来事だった。
「まあ!上様が私の身を案じてお声掛けくださったなんて…!」
韮山にいるたいに手紙を出したところ、この上ない幸せだと歓喜していた。
「兄上様の勲功のおかげでございます。」
と言っていたが、たいが大奥で任子様はじめ多くの上司や同僚達の信頼を勝ち得ていてくれたからこそ今があるのだと、改めて妹に感謝したいと思う英龍だった。
エンボッシング・モールス電信機=重要文化財
蒸気機関車の模型=消失…残念
次回…江川様『機関士』になる




