ジョン万次郎②
万次郎は英龍が開口一番、感謝を述べたことに驚いた。
「万次郎、そなたが日本に帰国してくれたことに感謝する。そなたの半生は並大抵の苦労ではなかっただろうが、これも神仏のお導きだと思う。故郷に帰りたいだろうが、今はどうしてもこの江戸でそなたの力を借りたい。」
「そ、そんな…、もったいないお言葉でございます。」
万次郎は覚えたてのたどたどしい標準語で返事をした。
「そなたはアメリカで十分活躍できるほどの知識や技術を持っていた。世界一周まで成し遂げたそうだな。
それでも命を狙われる大きな危険を冒して日本に帰ってきてくれた。それは故郷が恋しいゆえか?」
「それももちろんありますが、一番の理由は家族が生きている日本の役に立ちたかったからです。」
貧しい漁村の中でも特に貧しい家の生まれと聞いた青年が、アメリカで語学、航海術、造船術、測量術などを究めて命を賭して帰国してくれるなど、あまりに己に都合が良すぎて夢ではないかと思うほどだったが、目の前にいるよく日焼けした青年の強いまなざしは、間違いなく彼が自分の意志でこの人生を歩んでいることを示していた。
「私は私を息子のように慈しんでくれた船長と過ごせたアメリカが好きです。ですがそのアメリカが生まれ故郷の日本を脅して不平等条約を結ぼうとしていることは残念に思います。私は日本とアメリカには友好的な関係になってほしいと思っております。」
英龍は破顔した。この青年がアメリカの工作員などであるはずがないと確信した。
「よく言ってくれた!!わしもそう願っている。だが今は明らかに国力に差があり過ぎる。
そこでぜひともそなたの知識を、技術をわしのもとで存分に発揮してほしい。江川家は、この国はそなたを歓迎する!!」
「は、はい!ありがとうございます!」
万次郎はこれほどまで自分を必要として言葉を尽くしてくれる人に出会えて感動した。
土佐や島津のお殿様も万次郎を歓迎してくれたが、日本全体を救うにはやはり幕府ものとで強い発言権を持つ英龍のもとで働くのが一番だと思った。
万次郎が英龍のもとに温かく迎え入れられてから数か月後、
「わしにとってはそなたはこの上ない僥倖だが、そなたをこの国の脅威と誤解し命を狙う者も少なくない。
そなたは独り身だったな、いい縁談相手がおるのだが、いかがかな?」
と、万次郎が英龍に連れて来られたのは直心影流の道場であった。
英龍が選んだ女性は、直心影流師範・団野源之進の次女・鉄である。
この縁談は、英龍が直心影流と神道無念流の手練れ達で万次郎を警護したいとの思いから整えたものであり、万次郎は自分の存在意義を守ろうとしてくれる英龍に感謝し、結婚を快諾した。
そして自分自身の身も大切にしようと、二丁の拳銃を懐に忍ばせ、江川家の敷地以外では常に気を張って生きる決意をした。
団野源之進は英龍に入門して砲術を習うほど英龍を尊敬しており、その娘として育った鉄もとても快活で世情をよく理解しており、自ら万次郎を助けようと結婚を望んだ。
万次郎は急ピッチで標準語を覚えた…ことにしてください。方言は難しい…。
日本語の読み書きも覚えなきゃならないし、万次郎、本当に大変だったと思う。
江川家は全力でサポートしました。特に蘭学者・矢田部郷雲と、小説内に出てこないけど英龍と血縁関係がある蘭学者・石井修三が万次郎と共同作業しました。




