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黒船来航②

 6月19日夜、英龍は川路の案内で阿部正弘の屋敷に呼ばれた。



「単刀直入に聞く。これから我が国はどうすればよい?」


 英龍はもう『忍』の時期は過ぎた。これからは戦う時だ。国との交渉とも、国内の反発とも、と腹を括った。

 立場が上の上の者でも構わない、この国の武士として官僚として言わねばならぬことが山ほどある。


「恐れながら来年の再来日の時にアメリカと戦うとして、我が国には万に一つも勝ち目はございませぬ。

あくまで退けるための軍備として、それでも今からただちに準備しても間に合うかどうか…。ご老中方のご決断次第で『マシ』となるか『手遅れ』になるかの二択でございます。

それでも戦えとおっしゃるなら戦います。拙者が一番乗りで討ち死にいたします。

拙者はこの国を守るための方法を幡崎鼎先生、渡辺崋山先生、高野長英殿、高島秋帆先生らと幾度となく協議し、実践してまいりました。それでも戦おうとすれば船に乗り込む前に最先端の砲弾で木っ端みじんとなるでしょう。」


「…!」


 

 阿部も勘定奉行の松平近直も英龍の悲壮な訴えに言葉もない。

 心のどこかにあった楽観論が吹き飛んだ。まさに今、『眼を覚ました』のである。


「そなたの訴え、良く分かった。一刻の猶予もないとな。では戦うのではなく、和平交渉ならどうだ?」

「国同士の話し合いとは双方の実力が拮抗してこそできるもの。自分達より弱いと分かっている者に情けを掛けてくれる相手ではございません。

せめてこの一年の間に江戸の海を守る『台場』を造り最先端の『砲』を備え、一筋縄ではいかないと思わせなければなりませぬ。」

「なるほど、江戸の海を囲う砲台が必要ということだな。それはそなたの知識でできるのか?」

「『台場』を造るための知識は蘭書や高島先生の教えで取得しております。」

「おおっ」

と松平近直が声をもらした。

「では『最先端の砲』は造れるのか?」

「砲の製作は韮山にて行っておりますが、生産性が高くなく、鉄を溶解して鋳造するための大掛かりな設備が必要であり幕府に許可を申請中です。」

「大掛かりな設備とは?」

「『反射炉』と申します。佐賀藩はすでに昨年、この反射炉が完成して製砲しております。」

「そうか、さすが鍋島殿だな。そなたはその『反射炉』を造れるか?」

「許可をいただき次第すぐにでも着工できるよう、製図も設置場所の選定も材料のレンガの製造の準備も整っております。」

「それは心強い!」

「その砲を操れる者の教育も、上陸戦になった時を想定しての歩兵の訓練も行っております。」

「なんと!」

阿部や近直の顔に喜色が差すのを英龍は制した。

「しかし、台場だけでは局所しか守れませぬ。日本の港全てを守るには『軍艦』が必要不可欠です。さらに、それを操縦する者、蒸気工などの海兵を養成する『海軍』も創設しなければなりませぬ。

『陸軍』と『海軍』、アメリカの再来日が終わりの目安ではありませぬ。たとえ間に合わなくとも、早急に取り組まなくてはなりませぬ。」

 

 今まで後回しにしてきたツケである。これ以上何を先送りできようか。阿部は英龍に深く頭を下げ、重い口を開いた。


「貴公の深慮遠謀(しんりょえんぼう)、痛み入った。まさに貴公の言う通り、もはや遅きに失しているが、それでもやれるだけのことをやらねばならぬ。

貴公がこれまでの冷遇の間、できる限りの下準備を整えていてくれたことは今一番の僥倖(ぎょうこう)である。

わしは今まで貴公のことを、大恩ある水野様を上様に訴えた非情な者と大きく誤解していた。

これほど国に忠義を持っていてくれる人物だとは思わなかった。しかし今、貴公の見識と人柄に触れ、改めて己の認識が誤りであったと気づかされた。

どうか謝罪させてほしい。貴公の提案を聞く耳を持たなかったこと、貴公をいたずらに遠ざけてしまったこと、申し訳なかったと悔んでいる。

これを償うため、これからは貴公の提案を採用していくと約束する。そしてこれからも貴公のその叡智(えいち)をこの国のため、余すことなく発揮してほしい。」


 松平近直も隣で額を畳に擦り付けて


「これからは貴殿に入門してその見識を学ばせていただきたい。弟子として貴殿の希望が幕府内に届くよう、精一杯務めさせていただく。」

 

 英龍は驚いた。上司が弟子になるなど英龍には耐えられない。


「お待ちください、お気持ちはありがたく存じますが弟子入りまでなされずともこちらから順次提案をさせていただきますので…」

「いや、是が非でも入門させていただきたい!」

「そうだぞ江川。近直が弟子入りすれば貴公の後ろ盾となれる。今後は貴公の昇進も進めるが、今はまだ貴公の立場は弱い。

ここは曲げてお願いしたい。近直を弟子にしてやってくれ。」


 筆頭老中に頭を下げられては断ることもできない。

 上司に『先生』と呼ばれることはむずがゆくて仕方ないが、勘定奉行の後ろ盾は確かに英龍の立場を守ってくれるものとなった。

松平近直の息子・大沢仁十郎、溝口八十五郎、御手洗粂吉

「江川先生の弟子になりたい」

近直

「ダメだ」

松平近直のおい・万年慎之助、慎太郎

「江川先生の弟子になりたい」

近直

「ダメだ」


近直

「江川先生の弟子になった」

息子、甥

「ズルい!!」

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