柏木林之助と町田亘②
「『柏木林之助』と『碁』の組み合わせは江川にとって最大の禁忌である。江川ゆかりの者から借金返済に追われている町田があえてその禁忌を破ってまで伝えたいこととは、重大な言伝てであろうと察せられる。
この手控えの通りに石を並べたら、しかと証言が出てきたぞ。」
遠山は3枚の碁罫紙を本庄の前に並べた。
「黒石で遺言たあ考えたな。1枚目は『⛩』、2枚目は『本』、3枚目が『庄』だ。どうだ、言い逃れできまい。」
本庄は町田が遺した紙に見覚えがあった。あれは町田を手に掛けた日だった。
「『お供え』ってのはそんな紙だけかい?」
「…ああ、そうだ。」
「…ふーん、これは『碁』か?」
「…ああ。」
「俺は碁なんざ興味ねえが、碁の記録ってのはマス目を引いた紙に書くんじゃねえのか?」
「その対局をした時は、あいにく碁罫紙を忘れてな。この紙に手順を記録したんだ。」
「ふーん、わざわざ書くのもめんどくさそうだがな。」
「俺は書き物は苦にならない。」
「そうだったな。」
あの時は興味がなかったから聞き流したが…。そうか、あの野郎、ふざけた真似しやがって…。
本庄の取り繕った表情が消え失せ、皮肉を含んだ歪んだ笑顔に変わった。
「…はっ、まったく町田はなんだって江川に遺言なんざ遺したんだ。自分から裏切ったくせによぉ!」
「本性を現したな。町田が江川を裏切ったのは生き延びるために仕方なくであり、いわば『消極的裏切り』だ。
町田はそなたに酒の席で『大塩の手紙』の秘密を話してしまったことに罪悪感を覚えていたが、まだ全てを話したわけではなかった。
そなたに脅されて残りのネタを吐かされる前にどうにかして鳥居に会って取り入り庇護を得ることができれば、少なくともそなたに殺されることはなくなると考えた。しかし、もし鳥居に会う前にそなたに殺されるなら…。
仇はあくまでそなたであり、江川ではない。この遺言はそなたへの復讐かも知れないし、江川への贖罪かも知れぬ。
町田は転落してしまっても後悔を抱えられるだけの情けを持っていた。そなたのように罪を罪とも思わぬ大悪人とは根本から違ったんだ。」
これだけ責められても本庄は顔色を変えなかった。
「へっ、そうかよ。だったらただマヌケな野郎だったってだけだ。」
鳥居や大塩は本人達なりの正義を通したと描写したつもりですが、本庄だけは良いところが一つも資料にない…。




