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鳥居耀蔵②

 昌平坂学問所で儒学を学んだはずの者から『裏切り者』が出たことは、鳥居にとって許しがたいことであった。

 渡辺崋山である。昌平坂の塾長である佐藤一斎(さとういっさい)松崎慊堂(まつざきこうどう)という高名な儒学者から学んだはずなのに、崋山は蘭学に傾倒し蘭学者を囲って一派を築いた。

 さらにそこに鳥居が複雑な思いを抱く英龍が加わったと知った時、鳥居の心中にとてつもなく大きな怒りが湧き上がった。

 儒学を『蘭学より下』と見下されたと思いこんだ鳥居は、崋山や英龍らを明確に『敵』と見なすようになった。


 鳥居が最初に標的とした幡崎鼎は前科があったため有罪にするのは簡単だった。しかし崋山や英龍には明確な『罪』がない。罪がないなら作ればよいと、鳥居は崋山や長英のもとに通う花井虎一(はないとらいち)という蘭学者を脅して間諜(かんちょう)(スパイ)に仕立て上げ、崋山や長英らの『罪』を仕立て上げるネタを探した。


 その間に水野忠邦より天保9年の末に鳥居を正使、英龍を副使とした『江戸湾御備場(えどわんおそなえば)巡見(じゅんけん)』が命ぜられ、蘭学式の測量を目論む英龍と対立することになった。


 鳥居は頭の内では蘭学が我が国の技術や知識を上回っていることを理解している。特に『医学』や『農学』は今すぐにでも利用できるものは取り入れるべきだと思っている。排除したいのは『政治学』『軍事力』である。

 鳥居は蘭学を取り入れることによって我が国民が西洋に洗脳され、今まで優秀な儒学者達が築き上げた秩序や倫理が崩壊することを危惧している。

 特に西洋かぶれの島津や、徳川御三家でありながら『尊王』を唱え本家に(あだ)なしかねない水戸が増長するのが許せない。

 今は国民に儒学を徹底的に叩き込み、徳川家に絶対忠実、従順で優秀な人材を育て上げた上で『軍事力』のみ『幕府直轄』で取り入れるべきだと考えている。『政治学』だけは絶対に取り入れてはならないとも。


 しかし早々に崋山や長英と話をつけた英龍は、巡見に蘭学式の測量術を修めた者を同行させようとした。

 鳥居は何度となく難癖をつけてそいつらの同行を阻止しようとしたが、英龍は鳥居に逆らわず無理を通さず、それでもやるべきことは達成させた。


 一切の弱みをこちらに握らせず測量を完遂した英龍に、鳥居はますます憎悪を募らせた。

 

 巡見からしばらくして花井が『崋山が無人島(小笠原諸島)への渡航を企てている』と進言してきた。

 天保の半ばころ、常陸国(ひたちのくに)無量寿寺(むりょうじゅじ)の住職・順宣とその子息・順道が無人島に関心を持ち、現地への渡航という夢を崋山に語った。

 この無人島渡航計画は正式に幕府の許可を得たうえで実行する前提で夢を語りあっていただけであった。しかも崋山は一度聞いただけで、むしろ計画に加担していたのは花井の方であった。


 鳥居はこれを崋山逮捕のきっかけとし、家宅捜索することにした。ほんの一文でも幕府批判を匂わす文が出てくれば、あとはどうこじつけてでも崋山を有罪にするのみである。


 果たして崋山の家から『慎機論(しんきろん)』という書の『下書き』が発見された。

 慎機論は幕府の『異国船打払(いこくせんうちはらい)令』を批判し海防の不備を放置する幕府を痛烈に非難するもので、崋山自身が危険と判断してもう少し穏便な表現に書き直そうとしたものである。


 この『下書き』をもとに鳥居は崋山の罪を作り上げた。特に長英に『戊戌(ぼじゅつ)夢物語』という幕府批判の書があり、崋山を長英と同罪まで陥れようとした。


 大切な師を助けようと英龍は奔走(ほんそう)した。鳥居が唯一耳を傾けるであろう方にすべての事情を打ち明けた。病重いその方がひどく傷つくことを知りながら。


 儒学者・松崎慊堂(まつざきこうどう)である。

 慊堂は鳥居の父・林述斎に『義兄弟』といわれるほど信頼を勝ち得た儒学者で、鳥居を含む述斎の息子達の教育を託され、彼らから『叔父上』と呼ばれ慕われている。

 また慊堂は英龍の父・英毅とも友人であり、伊豆に数か所領地がある鳥居とともに韮山に来訪したこともある。

 さらには崋山とも師弟関係があり、崋山は慊堂の肖像画を描いている。


 幼き頃より我が子のように慈しんできた鳥居が愛弟子を重罪に陥れようとしていることを聞いた慊堂は、病を押して鳥居と水野のもとに(おもむ)き、涙を流して崋山の減刑を嘆願した。


 もともと細身だったが病で更に痩せ細ってしまった、父以上に自分を大切にしてくれた慊堂の涙にさすがの鳥居も心動かされた。

 罵倒されたなら言い返すつもりであったが、崋山の身だけでなく『マムシ』『妖怪(耀(よう)甲斐(かい))』(耀蔵・甲斐守)と忌み嫌われる鳥居の、国を、徳川家を、儒学を大切に思う気持ちを汲んだ上で崋山を(おもんぱか)る曇りなき涙が眩しかった。


 崋山を減刑してもいいと、鳥居が折れた。他藩へ永預けのところを自藩の田原藩で蟄居(ちっきょ)に減刑した。


 だが高島秋帆は危険度が違う。誰に何と言われようと甘い刑にさせるわけにはいかない。鳥居は本当は高島に謀反の心などないと分かっている。だが、他の門人達はどうか。高島流の砲術が徳川家に仇なす者に利用されれば、被害は大塩平八郎の乱の比ではない。


 老中に返り咲いた水野を再び失脚させて江川も親水野派として懲罰人事(ちょうばつじんじ)で韮山に引っ込めさせる。

 水野を脅す手はある。反水野派の取り込みは脅しと懐柔であと少しだ。


 

 

鳥居耀蔵は林述斎の成人した息子としては次男と数えられますが実際は3?4男。資料によって呼び方が違うけれど、この小説では次男ってことで。


松崎慊堂…肥後国(熊本県)の農家の娘と僧の間に生まれた。学問で身を立てるために13歳頃に江戸に出奔し、浅草称念寺の寺主・玄門に養われ、昌平坂学問所の下働きに入る。働きながら講義を聞き、秀才ぶりを認められ塾生となる。掛川藩のお抱え儒学者になる。

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