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鳥居耀蔵①

 鳥居耀蔵の血筋は実は『林家』ではなく大給松平(おぎゅうまつだいら)家(松平氏の庶流にあたる譜代大名家)である。


 曾祖父(そうそふ)は享保の改革を推進した老中・松平乗邑(まつだいらのりさと)で、改革の後期には筆頭老中になった。

 父・林述斎の幼名は松平乗衡(のりひら)といい、美濃国岩村(みののくにいわむら)藩主である祖父・松平乗薀(まつだいらのりもり)の3男として正統な後継の血筋であった。


 だが父述斎の兄2人が夭折したうえ述斎もまた幼少期は病弱であったため、祖父は他家から養子をもらい父を後継者候補から外した。

 成長するにつれ健康を取り戻したが、家を継ぐことができない述斎を林家の養子にすることを考えたのは松平定信である。


 林家は家康に仕えた儒学者・林羅山(はやしらざん)を祖とした旗本であり、5000石ほど。2万石を超える大名家から格下の旗本に養子に行くなど通常なら有り得ない。

 しかし定信はどうしても『寛政異学(かんせいいがく)の禁』の徹底と幕臣の子弟の教育の質の向上を信頼できる者に任せたかった。大名家の子息ながら儒学者として教養深い述斎を定信は適役だと説得した。

 述斎も、将軍に講義をすることすらできる儒学者の頂点に立つことを悪くないと納得して林家に入った。


 昌平坂(しょうへいざか)学問所は、もとは林羅山が作った私塾を5代将軍・綱吉が湯島に移転して湯島聖堂(ゆしませいどう)と呼んでいたものを、寛政2年に幕府直轄の教育機関としたものである。国の最高峰の学問所の学長(大学頭)となることは学者として最上級の栄誉である。


 鳥居は本来は大名家の血筋としてもっと華々しい人生があったのではないかと、ずっと鬱屈(うっくつ)した不満を抱えていた。父は儒学者の最高峰の林家と大学頭という地位に誇りを持てたとしても、次男の自分は他家に養子に出されれば『ただの一旗本』になってしまう。

 儒学を自己の根幹、存在意義としながらも、心の奥に虚しさがこびりついていた。


 家族ぐるみで付き合いのある伊豆韮山の代官、江川家の英龍は勤勉で礼儀正しく、鳥居は従弟のように面倒を見ていたつもりだった。こいつも自分と同じ次男だから、源頼朝の時代より続く名家をいずれ追い出される運命だと、自分と同じように上の者達に勝手に決められた希望もない未来を歩むだろうと思っていた。


 だが英龍は兄の死により江川家の後継者となり、生まれ育った家や故郷を捨てることなく代官を継ぐことになった。鳥居が養子入りとして取り上げられたものを英龍は何一つ失わなかったことに、嫉妬のような恨みのようなどす黒い感情を覚えた。


 文政6(1823)中奥番(なかおくばん)という職に就いたが、これは将軍が部屋にいる時の雑務役と外出時のお供役で出世街道の最初の役職だが、何もなければ暇な役職でもあった。

 ここで鳥居は暇を持て余した先輩による『新人いびり』に遭った。小さな失態をでっち上げられ衆目(しゅうもく)(さら)されながら延々と叱責された。

 その場はとにかく謝罪し取り繕ったが、腹に据えかねた鳥居は反撃に出た。中奥(表と大奥を繋ぐ場所で、将軍の執務の場)の儀式や先例の書類は実家の大学頭の所管である。徹底的に調べ上げ、上役より豊富な知識で『論破』した。


 この時鳥居は今まで体験したことのない爽快感、達成感を得て、ずっと胸の内にはびこっていたどす黒い何かが引き潮のように去っていった。以降鳥居はこの『論破』によって相手を屈服させる快感に取り憑かれ逃れられなくなる。


 この後、鳥居は徒頭(将軍が外に出た時の先導役)を経て目付となった。

 目付(めつけ)は旗本や御家人を監察する職で、仕事がきちんと行われているかを確認する。悪く言えば『粗探し』である。鳥居にとってこれは天職であった。

 


 


 

論破…脳の報酬系を刺激し、快楽物質であるドーパミンを大量に放出する。これにより「相手を倒す快感」に依存し、攻撃的な姿勢がエスカレートする「ドーパミン中毒」に陥る。

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