第28話 絶望
空気中に含まれるウンディーネの魔力を吸い込んでいるというのにセイヤには一切の影響が出ていないことから、セイヤには沈静化が機能していないことがわかる。セイヤの魔力はウンディーネの沈静化に対抗することが可能だ。
地面を蹴って接近したセイヤは右手に握るホリンズを振るう。その一太刀から生み出された斬撃は紫色の魔力を帯びており、消滅の魔力がウンディーネに襲い掛かる。
ウンディーネは消滅の斬撃を沈静化の水で相殺するが、セイヤは構わずにホリンズを振るった。撃ち出された紫色の斬撃はウンディーネによって簡単に防がれる。
セイヤの魔力が飛散した。
接近しようとするセイヤの足を止めようと水を使って行く手を阻むウンディーネに対してセイヤは纏っている光属性の魔力で跳ね返す。セイヤの足は止まらない。
「厄介ね」
ウンディーネが防壁となる水の壁を形成した。
しかしセイヤが左手に持つホリンズを突き刺すと水の壁が弾け飛ぶ。
上昇による壁の崩壊であった。肉薄するセイヤの動きを封じ込めようと玉座の水がセイヤの身体を拘束する。上昇と沈静化が拮抗したことでセイヤの動きが止められた。
「この水は特別製ですね」
「私が長い年月をかけて編み込んだ水ですもの。むしろあなたの力に驚いているわ」
玉座の水はセイヤの魔力を以てしても攻略が難しかった。
「それにしても厄介な力ね」
「それはお互い様でしょう」
玉座の上で頬杖をセイヤのことを吟味するように見つめるウンディーネが言った。
「あなたのような歪な存在が生きていけるほど世界は寛容かしら」
「どういう意味ですか」
まるで何かを知っているかのような素振りで話すウンディーネに対してセイヤが思わず聞き返す。
「そのままの意味よ。世界はあなたのような半端者を許さない」
聖教会が闇属性を異端の力とするように世界には光属性を外道の力として排他的になる国がある。バジルなどを含めたレイリアでも一部の人間しか知らない暗黒領にある国の話だ。
「どちらの国にいようとも、あなたは異端者」
その国の名前はダクリア帝国といい、光属性の代わりに闇属性が基本属性となっている。両国に国交関係はなく、むしろ互いに敵国として認識している。
聖教会や特級魔法師たちが暗黒領に出向く理由の一つである。
「それでも僕はレイリアの人間です」
セイヤもダクリアについては知っていた。いや、思い出したという方が適切であろう。
闇属性を思い出す過程でダクリアについても思い出したセイヤであるが、レイリアで生まれ育ったセイヤにしてみれば異国のはなしにすぎない。
「でも、その血は確実に引いているでしょ」
「それは……」
セイヤには光属性と闇属性の適性がある。つまりセイヤの両親の内、片方はレイリアの人間であり、もう片方はダクリアの人間である。
いくらセイヤがレイリアの人間だと主張したとしても身体を流れる血の半分はダクリアのものである。
「あなたの両親は両国の友和を願ったのかもしれない。けれども現実は両国があなたを拒絶し続けるに違いない」
ウンディーネの言葉がセイヤの心に突き刺さる
「人間は非情にして不合理よ。あなたの居場所はどこにもないの」
言葉によってセイヤの心を砕こうとしたウンディーネの思惑は途中まで上手くいっていた。セイヤの心は確実に傷を負っていたが居場所という単語に希望を取り戻す。
「僕には居場所があります」
「きっとそれも壊れるに決まっている」
「あり得ません。ユアは絶対に僕の隣にいてくれる!」
セイヤの光が輝きを増し、拘束する玉座の水が揺らぐ。
思いの強さは時として魔法を強化する。セイヤの上昇がウンディーネの沈静化を上回る。
次の瞬間には玉座もろとも弾け飛んだ。
「ふぅん、拠り所は持っている訳ね」
「僕はユアのためにも生きて帰らなきゃいけない!」
「そう、それは良い心がけだわ」
目と鼻の先には武器を持ったセイヤの姿がある。
両者を隔てるものは既に消えているというのにウンディーネに焦りはなかった。
「でも、その希望って永遠かしら?」
ウンディーネの背後で泉から何かが浮かび上がる。
それは水の塊であったが内部には人の姿があった。
セイヤはすぐにそれがユアだと確信する。
「ユア!」
思わず名前を叫ぶセイヤであるがユアの反応はない。水の塊から投げ出されたユアの肢体が地面に転がると、セイヤは目先のウンディーネを無視して駆け寄る。
「ユア! ユア!」
ユアの身体を抱きかかえて必死に呼びかけるセイヤ。しかしユアからの反応はない。
既に呼吸は止まっており、身体もかなり冷たくなっている。
「無駄よ。その子はかなり前に死んでいるわ」
「ユア、起きてよ! ねぇ、ユアってば!」
肩を揺すりながら目覚めるように促す。
けれどもユアの瞼は持ち上がらない。
セイヤの声が震え出す。
「冗談だよね? 本当は聞こえてるんだよね? 僕をからかっているんでしょ?」
ボロボロと大粒の涙がユアの頬に落ちた。
「ねぇ、起きてよ……また前みたいに笑ってよ……」
心の中では否定しても醒めた頭は否応でも理解してしまう。
両手から伝わる感覚は生者のものではない。
もうこの世にユアはいない。
「ユアがいなきゃ……僕……」
セイヤが今にも消え入りそうな声でユアに抱きつく。
そこにいたのは弱々しい子供のようであった。
「僕……何のために生きればいいのかわからないよ……」
生きる希望を失ったセイヤが泣きじゃくる。これまでユアを心の支えにしてきたセイヤにとってユアの死はあまりにも傷が深かった。
ユアを失ったセイヤは死人も同然であった。今のセイヤの姿を見てウンディーネが呟く。
「たったこれだけで折れるなんて期待外れね。もしかしたらと思ったけど、私の見込み違いだったみたい」
人差し指の上に小さな水の球体を作り出した。
それを見てバジルが叫ぶ。
「避けるんだ!」
しかし今のセイヤにとってウンディーネの攻撃などどうでもよかった。ユアの居ない世界など生きていても無意味である。
ウンディーネの水がセイヤの心臓を射貫く。セイヤは最愛の人を抱きかかえるようにして息を引き取った。




