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第27話 奥儀

 その速度はこれまでセイヤが見せてきた速度よりも圧倒的な速さだった。自分を目掛けて一直線で硬化してくるセイヤに対し、ウンディーネは微かに笑みを浮かべる。


 次の瞬間、セイヤの速度が鈍った。


「これは!?」

「ようこそ、水の世界へ」


 瞬く間に減速をしていくセイヤは遂に止まった。周囲を見渡せばセイヤを包み込むようにして魔力を含んだ水が球体を形成している。


 セイヤはウンディーネの用意した水の牢獄に捕らえられてしまった。


 水の牢獄がセイヤの肉体を沈静化させようとするが、セイヤの纏う光属性の魔力がそれを阻む。しかし、このまま捕らえられ続ければセイヤの光属性であっても沈静化を防ぎきれなくなるのは明らかだった。


 セイヤはホリンズに纏わせた闇属性の魔力で水を消滅させようとするが、ウンディーネの水は消滅しない。


 各属性には相性というものが存在する。だが、それ以上に魔力の質が勝敗を分けることが多い。


 魔力の質とは文字通り術師の錬成する魔力の濃さである。魔力が濃密であれば濃密であるほど質は上がり魔法の威力も上がる。


 この場合においてはウンディーネの魔力の方が勝っていた。


 セイヤが消滅させる以上にウンディーネの沈静化がセイヤの魔力を抑え込む。辛うじて光属性の魔力は沈静化に対抗しているが時間の問題である。セイヤは闇属性での攻撃を諦めると光属性の魔力の錬成に集中した。


 肉体を包み込む光属性の魔力が濃密になっていく。だがウンディーネも手を拱いて待ってくれたりはしない。


「させないわ」


 セイヤを捉える水の牢獄内の水圧を高めようとするウンディーネ。けれども遠方から飛来した氷の礫がウンディーネの意識を逸らす。


「煩わしい羽虫ね」


 クイック・メーカーの異名を持つバジルは次々と氷で武器を形作るとウンディーネに向かって放つ。ウンディーネはそれらを全て水で防ぐが注意を向けざるを得ない。


 その間にセイヤの纏う光の輝きが増した。


「しぶといわね」


 ウンディーネがセイヤを捕らえる水の牢獄を吹き飛ばす。

 その直後、水が飛散してセイヤの身が解放された。


「まさか私の沈静化を上回るほどの上昇を使えるなんて驚いたわ」


 セイヤのことを睨むウンディーネの表情は険しかった。一方のセイヤは安堵の表情を浮かべている。


 上昇し続けた物質は限界を迎えて自壊する。これはセイヤが身をもって証明している事実であり、その法則は魔力を帯びた無機物であっても適用された。


 セイヤは自身ではなく周囲の水に対して上昇を行使することで牢獄を力ずくで破壊したのだ。近くに落ちていた槍を拾うとセイヤは背後のバジルに投げ渡す。


 槍を受け取ったバジルはセイヤの隣に並ぶと言った。


「どうやら相手は君に関心があるらしい。どうにか近づく隙を作ってもらえれば私の秘儀で仕留められると思う」

「わかりました。やってみます」


 セイヤはホリンズを構えるとウンディーネを視た。

 未だに玉座から動かすことすらできていない。

 それでも勝機はあると考えている。


「《光矢》」


 ウンディーネに向かって魔力の矢を降らせるセイヤであったが、光の矢はウンディーネが一瞥しただけで沈静化して消えていく。


「無駄よ」


 ウンディーネが上空に青色の魔法陣を展開した。広範囲の沈静化の魔法が繰り出される前にセイヤの闇属性が魔法陣を消滅させる。


「させない」

「ふーん、やるじゃない」


 周囲に魔力を含んだ水を常駐させているウンディーネに接近することはセイヤにとっても高リスクである。しかし遠距離からの攻撃では打点がない。


 近接戦闘を得意とするセイヤには接近するしか選択肢がなかった。

 セイヤの纏う光属性の魔力が澄んでいく。これまでのような中途半端な魔力では太刀打ちできない。限界を超えた先にある力を手にするために高純度の魔力を錬成する。


「いきます」


 セイヤの姿が忽然と消える。

 ウンディーネも後を追えていない。

 その姿は玉座の背後にあった。


 完全に背後を取ったセイヤは光属性の魔力で刃を形作ったホリンズでウンディーネに斬りかかる。セイヤの速度は人間の認識速度を超えていた。


 これまでが高速であったならば今のセイヤは光速に近い。肉体の強度を上昇させることで負荷には耐えられている。初めての試みであったがセイヤは思惑通りの技を再現することができた。


 振り下ろされた刃がウンディーネの背後に迫る。

 しかし刃はウンディーネには届かない。

 ウンディーネが腰掛ける玉座が形を変えてホリンズを受け止めたのだ。


「そんな……」


 玉座もまた水によって作られていた。


 その水が受け止めたホリンズを飲み込むようにしてセイヤの肉体に襲い掛かる。即座に光属性の魔力で対抗して回避するがセイヤは自らの最高速度にウンディーネが対応したことに驚きを隠せなかった。


 光速の世界に足を踏み入れたセイヤに反応できる存在は同じく光速の世界の住人だけだ。けれどもウンディーネにそのような力があるとは思えない。


 予想外の出来事にセイヤは混乱しそうになるも頭を切り替える。


(迷うよりも先に動かなきゃ)


「これなら!」


 展開された紫色の魔法陣から魔力弾が一斉に撃ち出される。

 玉座の水がそれらを一手に引き受けるのを見てセイヤが消滅を発動した。

 だが消滅を上回る沈静化がセイヤの魔力を抑え込む。


「だったら!」


 ホリンズを閃かせて魔力の乗った斬撃を放つ。

 光属性の魔力を纏った斬撃もまた沈静化に負けてしまう。


「言ったでしょ。無駄だって」

「みたいですね」


 セイヤがウンディーネから距離を取る。


「でも効果はありました」


 ウンディーネの視線は背後のセイヤに向いている。

 注意を全て向けている訳ではないが前方への警戒は先ほどよりも薄い。

 槍を持ったバジルが接近する。


「これで隙を突いたつもりかしら」


 ウンディーネとバジルを隔てるように巨大な水の塊が現れる。

 その水には大量の魔力が含まれていることは先ほどのセイヤでわかっている。

 だがバジルは構わずに水の中へと突進する。


「ふうん、氷の鎧ね」


 バジルの容貌はいつもの白い鎧ではなかった。

 白い鎧の上に更に氷の鎧が羽織られている。


 頭部まで覆われたフルフェイスの鎧だ。

 大量の魔力を浴びせられて沈静化しているというのにバジルは歩みを止めない。

 ウンディーネはすぐにバジルが何をしているのかを理解した。


「魔封石とは考えたわね」


 バジルの背後で水中に沈む小さな鉱石を見たウンディーネはすぐにそれが魔封石だと察する。魔封石は魔法師の魔力を封じ込められたとしても精霊のような高位の存在の魔力までは完全に封じることはできない。


 それでも力を弱体化させることは可能だ。


 魔封石によって弱体化させられたウンディーネの沈静化とバジルの氷が効果を発揮する沈静化が拮抗することで、バジルは水の中でも難なく進むことができた。これは一度しか使うことのできない奇襲であるがウンディーネの関心がセイヤに向いていたことで生じた隙ともいえる。


 バジルが水の塊を抜けてウンディーネに肉薄する。


「これで終わりだ。氷の神の怒り。《結界零度》」


 ウンディーネの足元に水色の魔法陣が展開されると地面から氷結が吹き上がる。

 それらの氷結が瞬く間にウンディーネを包み込む結界を組成した。

 結界内部の気温が急下降して内部にいるウンディーネの動きを鈍らせる。


 今度は魔法陣から大量の棘を持った蔦が伸びてきてウンディーネの身体中に絡みついた。その棘は纏繞した相手から魔力を吸って氷の薔薇を開花させる。


「私の勝ちだ」


 自らの勝利を確信したバジルが槍を下ろす。


 この魔法はバジルの秘技にして奥儀ともいえる一撃必殺であった。回避するには結界が組成される前に退避する必要がある。


 結界内に留まった時点で勝負は決した。茎の棘が今もウンディーネの魔力を吸い続けて次々と氷の薔薇を咲かせている。たとえ相手が精霊や妖精であっても確実に勝利を手にすることができる。はずだった。


「面白いけど、所詮は人間の技ね」

「なっ……」


 ウンディーネの魔力を吸って花開いた氷の薔薇たちが次々と萎れていく。

 同時にバジルは身体が重くなっていく感覚に襲われる。

 彼を覆っていた氷の鎧はいつの間にか消えていた。


「最期に教えてあげるわ。私の領域は水の中だけじゃないの」


 ニヤリと笑みを浮かべたウンディーネを見たバジルが確信する。彼もまたウンディーネと同じような戦い方をする魔法師であったから驚きはしない。


 むしろ最初から懸念はあった。けれども確かめようがなかったにすぎない。


 ウンディーネの表情を見て初めてバジルは自分の敗北を悟る。


「空気中にも水分が存在する。そして我々の呼吸を通して体内へと混入する」

「そう、つまり最初からあなたの命は私の手の中というわけよ」


 勝負は初めから決していた。

 だからウンディーネはセイヤにしか興味を示さなかった。

 バジルはウンディーネの気まぐれで生かされていたにすぎない。


「さようなら。十三使徒さん」


 鋭く撃ち出された水がバジルの心臓を射貫こうとする。


「バジルさん!」


 しかし被弾する直前にセイヤがバジルの身体を抱えて後方へと退避した。


 間一髪のところで致命傷を免れたバジルであったが完全に避け切ることはできなかった。彼の右腕がウンディーネの前に転がっている。


 撃ち出された水はバジルの右腕を貫いていた。


「大丈夫ですか!」

「問題ない。それよりも助かった」

「いえ……」


 傷口を氷で覆って止血したバジルから感謝の言葉を投げかけられる。

 だが右腕を失ったバジルはもう武器を持つことができない。

 覚悟を決めた表情でバジルが耳打ちをした。


「私が時間を稼ぐ。君は逃げなさい」

「バジルさん!?」

「君もわかっているはずだ、あれは人間がどうこうできる相手ではない」


 二人で挑んでも玉座から動かすこともできない。

 力の差は歴然であった。


「それに今の私は足手纏いだ。君の魔法なら逃げることができるだろ」

「ですが」

「頼む。このままでは私の部下までもアレの手にかけられる」


 部下を連れて逃げてほしいと懇願をするバジルの表情は真剣だ。今の自分が時間稼ぎ程度にしか役に立たないとわかっているからこそ、自分の思いをセイヤに託そうとしているのだ。


 残った左手でセイヤの肩を力強く握るバジル。


「私の最期の言葉を部下たちに伝えてくれ。生きろと……」


 自らの死期を悟っているのかバジルは弱気になっていた。

 その姿を見てセイヤは自分の答えを決める。


「やっぱり無理です」

「どうして……」

「僕は大切な人を守れる魔法師になりたいと思っていました。でも、それは間違っていたみたいです」


 バジルの左手にそっと手を重ねる。


「僕は皆を守れるような魔法師になりたい。その上で大切な人を守れる魔法師になります」


 セイヤの憧れはエドワードのような強い魔法師であった。しかし落ちこぼれであったセイヤにはユアを守るだけで精一杯である。


 その思いから大切な人を守れる魔法師になると目標を変えたセイヤであったが、心のどこかではエドワードのような魔法師になりたいと思っていた。そして今のセイヤには願いを叶えるだけの力がある。


 バジルの左手をそっと下ろすとセイヤは立ち上がる。


「どうして君は……」

「ごめんなさい。説教はあの世で聴きますから」


 そう言ってウンディーネに向き直ったセイヤの両手には異なる色の魔力を纏う双剣が握られていた。


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