第24話 纏光
「こりゃすげぇ……」
「一体どんな魔法を使ったの……」
「学生どころか上級魔法師の範疇も超えているんじゃ……」
バジル隊の面々が口を揃えて驚愕の声をあげた。彼らの前に広がる光景は既に見慣れた頭部のない魔獣の姿であるが、その先には大きな穴が空いた壁がある。
まるでドリルを使って掘り進めたかのような大穴を見てバジルが言う。
「あの魔獣を倒すために使ったとみて間違いないな」
「それにしてもですよ、隊長。未だに魔力の残滓が感じるほどですから相当な魔力を高密度で放ったに違いありません」
「君はこの魔法が何かを知っているか?」
「いえ、僕も見たことがありません。ですが、この魔力はユアのものです」
壁に空いた大きな穴を見てセイヤは直ぐにユアの仕業であると察する。穴の形状から見ても射貫いたことは容易に分かり、ユアが得意とする弓の攻撃と考えれば納得はできる。
これまでと異なる点があるとすれば周りへの被害だろう。今までのユアの攻撃は魔獣の頭部を爆発させるものであったが、今回の攻撃は頭部を吹き飛ばしている。
一見すると同じように見える攻撃でも中身は大きく異なっている。言い換えれば周りを気にする余裕もないほど敵が強力であったということだ。
白虎の胴体を見たバジルが漏らす。
「これほどの魔獣を一人で撃破するとは末恐ろしい魔法師だ。ユア・アルーニャ」
大気中には微かにユアの魔力が漂っている。
いよいよ追い付くのも時間の問題だと考えた時であった。甲高い泣き声と共に一匹の魔獣が姿を現す。
キィーー!
どこからか現れた二足歩行の魔獣はサルを感じさせる姿をしていた。赤色の毛に覆われたサルがバジルたちに向かって魔法を行使する。
「隔絶せよ」
飛来する炎の魔力弾から一同を守るためにバジルが氷で大きな壁を作る。サルの魔法はバジルの壁に阻まれたが、今度は本体が勢いよく接近してくる。
キィー!
奇声とともに炎を纏った拳が氷の壁を突き抜け、内部にいた者たちに襲い掛かった。しかしセイヤのホリンズが拳の行く手を阻む。
拮抗したはずの両者の攻防であるが、セイヤのホリンズが押されていく。それを見たセイヤはすぐにサルが何をしているのかを理解した。
「活性化で自身の身体能力を底上げしているのか」
サルの使う炎属性は系統で考えれば火属性に分類される。そして火属性の特性は活性化だ。
サルは魔力を直接体内に作用させることで自身の肉体を活性化させていた。それはまるでセイヤの光属性の魔力の使い方と同じである。
「ならば!」
セイヤは右腕に光属性の魔力を流し込んで腕力を上昇させた。力が再び拮抗すると今度はセイヤのホリンズが押し返す。サルは自らの敗北を確信すると距離を取ったが、その顔は真っ赤に染まっていた。
キィー! キィーーー!
怒りの声をあげるサルを見てセイヤが言った。
「あれの相手は僕一人に任せてくれませんか?」
「断る。先ほども言った通り助力するのが我々の仕事だ」
「ですから頼んでいます」
セイヤの力強い視線を受けてバジルが問う。
「あれと因縁でもあるのか?」
「いえ、そういう訳じゃないです。ただ、あれ相手に試したいことがあるんです」
セイヤの答えを聞いてバジルが考え込む。
「わかった。だが少しでも危険を感じれば介入させてもらうぞ」
「ありがとうございます」
セイヤは笑みを浮かべるとホリンズを構えて壁の外に出た。
その姿を見てグリスが尋ねる。
「いいんですか、隊長」
「構わん。既に彼の実力は知っているし何か試したいのだろう」
「ですが……」
「もし何かあれば私がすぐに手助けする」
セイヤの頼みごとを飲んだ形にはなったが、バジルとしてもサルの相手をセイヤに任せることで得られるものは大きい。先ほどの攻防でサルがこれまでの魔獣とは明らかに実力が違っていることはわかった。
その魔獣を相手にセイヤが実力の一端を見せるならば見ていて損はない。今はまだ協力関係にあるが七賢人たちの決定によっては刃を交える可能性もある。
事前に実力を把握しておいて損はない。
バジルの思惑など知らないセイヤはホリンズを構えるとサルの動きを注視する。魔力の属性こそ異なるものの行っていることは同じだ。身体能力を強化する相手ほど今のセイヤが新しい力を試すのに適した相手はいない。
「いくよ。《纏光》」
セイヤの姿が消える。
バジルたちは見失ったセイヤの姿を探した。
その姿はいつの間にかサルの前に移動している。
サルはとっさに身体中から炎を吹き出して防御をする。
ホリンズが炎によって防がれてセイヤは距離を取らざるをえない。
サルは肉体を焼いたことで消耗している。
どうやら今の技は捨て身の防御のようだ。サルが甲高い声をあげながら更なる怒りを露にする。
その視線の先には全身に黄色い魔力を纏うセイヤの姿がある。
「今のは一体……」
「まさか光属性の魔力を直接肉体に作用させたというの!?」
「無茶だ。もし加減を誤れば身体が吹き飛ぶぞ」
セイヤの姿を見てバジル隊の面々が驚きの声をあげる。
彼らほどの魔法師ともなればセイヤが何をしているか程度は直ぐに分かる。その上でセイヤの行為の危険性に驚いていた。
これまでのセイヤは身体の一部に魔力を作用させることで一部分の能力を上昇させることはしてきたが、全身に持続的な魔力の行使をするのは初めてである。ただでさえ魔力の調節が難しい諸刃の剣だというのに同時に全身の管理はキャパオーバーであった。
しかし今のセイヤにはその心配がない。なぜなら光属性と相反する属性である闇属性が存在するから。行き過ぎた魔力は闇属性で消滅させればいい。
アクセルしか持たなかったスポーツカーにブレーキが付いたようなものである。セイヤの考案した新しい戦闘スタイルは《纏光》という形で安定した形となった。
だがこの魔法は光属性と闇属性の双方を持つセイヤにしか使うことができない固有の魔法である。バジルたちは初めて見る魔法の使い方に戦慄することとなる。
「いくよ」
セイヤが再加速してサルに近づく。
サルもまた肉体を活性化させることでセイヤに攻撃を試みる。
炎を纏った拳がホリンズに防がれた。
キィー!
サルが甲高い声で鳴くと拳の炎がホリンズを伝ってセイヤの手に襲い掛かる。
どうやら炎を伝播させることでセイヤの肉体を焼こうとしているらしい。
けれどもセイヤの手に炎は届かない。セイヤはホリンズにも光属性の魔力を纏わせることで攻撃を押し返した。魔力が押し返されたサルは拳を引くとセイヤの腰を目掛けて炎を纏った右足を蹴り上げる。
「させないよ」
セイヤの言葉の直後に魔力の波が広がる。
その波を受けてサルの足に纏われた炎が消滅した。
セイヤはそのまま左肘でサルの足を打ち返す。攻撃を弾かれてバランスを崩したサルの隙を突いてセイヤのホリンズが伸びる。
狙うはサルの腹部。しかしサルを中心として爆風が吹き荒れてセイヤの攻撃を防ぐ。
「セイヤくんもですが、あの魔獣もかなりやりますね」
「あれは魔獣というよりも人間に近いな」
サルの戦い方を見てモーラスたちが感嘆の言葉を発した。
サルはこれまでの魔獣と比べて知能がかなり高い。純粋な実力もさることながら相手の裏をかこうとする姿勢は魔法師を相手にしているようである。
サルはバックステップでセイヤから距離を取ると魔力を錬成し始める。
キィキィキィー。
サルの身体が赤色の魔力に包み込まれていく。
「まさかセイヤくんの技を真似するつもりか!?」
グリスが驚きの声をあげた。
「相手の技を盗んで成長する魔獣なんて初めて見たわ」
エリエラも同様に驚いている。だがセイヤの表情には変化がない。むしろ嬉しそうにも見える。
セイヤの纏う光属性の魔力が更に濃くなった。サルもまた魔力の量を増やしていく。
そこからは人間の認識速度を超える戦いへと発展する。一直線に突進をしてきたサルの攻撃をセイヤが防ぐと、激しい突風が周囲に吹き荒れた。
セイヤが魔力を纏ったホリンズを横に閃かせばサルは炎で防ぐ。
魔力同士のぶつかり合いで爆発音が轟く。バジルたちの目には魔力の残像しか見えない。
偶発的にぶつかり合う魔力と吹き荒れる暴風が両者の戦いの激しさを物語っている。セイヤの速度が更に上昇すればサルも追い付こうと活性化する。
速度を抑える術を持たないサルの肉体には大きな負荷がかかるが魔獣特有の強靭な肉体が負荷に耐えている。
むしろ加速に耐え得る肉体へと成長していた。
戦いの最中で成長を続けるサルであるが、それはセイヤも同じであった。高速の世界に身体が馴染み始めていく。
その世界はセイヤが初めて見る世界だった。五感が洗練されていき身体が雲のように軽くなっていく。けれども力を籠めれば鉛のように思い一手が振られる。
初めての感覚に高揚感が湧き上がった。
いつまでも戦い続けたいとさえ思ってしまう。それほどまでにセイヤは戦いの悦に浸っていた。しかしセイヤは先に進まなければならない。
新しい力も十分に検証ができた。セイヤは戦いを終わらせるための一手を打つ。
「僕の練習に付き合ってくれてありがとう。これは感謝の気持ちだよ」
サルに人間の言葉は通じない。
それでもセイヤが戦いを終わらせようとしていることはわかった。
振り下ろされるホリンズをサルは右手で掴もうとする。しかしホリンズの纏われている魔力の色がそれまでとは違っていた。
紫色の魔力を纏ったホリンズがサルの炎に触れる。
次の刹那、サルの炎が一瞬にして消滅した。
それだけではない。ホリンズがサルの右手に傷をつけると傷口から闇属性の魔力が体内に混入する。
サルの活性化された肉体が一気に通常状態へと戻される。高速の世界から締め出されたサルが地面に落ちる。
サルにしてみれば突然身体が鉄のように重くなった感覚だろう。
倒れ込んだサルにセイヤがホリンズを向ける。
最期は光属性の魔力が刃を形作ってサルの命を刈り取った。




