第23話 バジル・エイト
もちろん全ての魔獣をセイヤが倒していたわけではない。
バジル隊も魔獣の掃討を担当している。しかしバジル隊が動き出すよりも先にセイヤが魔獣を殲滅してしまう方がほとんどであった。
まるで魔獣が出てくるタイミングを知っていたかのように動き出すセイヤを見てケインが尋ねる。
「セイヤくんは未来でも見えているの」
「そういう訳じゃないですよ。脅威が近づいてくるとわかるというか」
「君は一体どれほどの実戦を経験してきたんだ」
セイヤの答えを聞いてモーラスが驚いたように尋ねる。
「実戦は今日が初めてです。ただ……」
「ただ?」
「実は僕、学園で虐められていて」
「嘘でしょ? その実力があるのに!?」
「本当です。その虐めから逃げるために周囲を警戒するようにしていたら今も魔獣の気配を良く感じるというか」
目の前でセイヤの実力を見せつけられたバジル隊にとってみれば、セイヤが虐められていたという話は信じられない。今のセイヤを虐められる者が存在するのかとさえ考えてしまう。
一方のセイヤも自らの危機感知能力に驚きを隠せなかった。学園生活ではザックたちを避けるよう行動するために周囲を常に警戒していたセイヤはいつの間にか脅威を事前に察知する能力が身についていた。
特に魔獣は人間に比べて単調な動きをするためセイヤにしてみれば行動が手に取るようにわかったのだ。
「正直、自分でもびっくりしています。でも、この力でユアを助けられるなら虐められてよかったとさえ感じています」
「随分とユアさんのことが好きなのね」
バジル隊で唯一の女性であるエリエラがセイヤのことを微笑みながら見つめる。
「ユアは僕にとって恩人なんです。何もできなかった僕を隣で支えてくれた。だから今度は僕がユアを迎えに行きます」
「想いは人を成長させるのね」
セイヤの強い思いを聞いて一同が納得する。
聖教会に所属する彼らは少なからず誰かのために戦ったことのある人間だ。セイヤには共感する部分があった。
「歓談中に申し訳ないが次の敵だ」
チラリと振り返ったバジルが告げる。
前から多種多様な小型の魔獣の群れが姿を現した。その数はざっと三十は超えているだろう。
魔獣の出現にセイヤは臨戦態勢に入っていた。しかし今にも飛び出しそうなセイヤをバジルが止める。
「君は少し戦いすぎだ」
「でも……」
「忘れられては困る。私は聖教会十三使徒にして序列八位のバジル・エイトだ。これくらいの魔獣など造作もない」
バジルのセリフを聞いてバジル隊がセイヤの腕を掴み一歩下がる。
部下の従順な姿勢を見てバジルが微かに笑みを浮かべる。
「セイヤくん、ここは隊長に任せよう」
「ですが」
「大丈夫。おそらく隊長もそろそろ暴れたりないんだと思うから」
バジルにとって小型の魔獣は脅威ではない。ここまで十三使徒として活躍できていないバジルにしてみれば格好の出番であった。
もちろんバジルに目立とうという意図はないのだが、セイヤの戦いを見て自然と魔法師としての血が昂っていたのだ。
「さて、お相手願おうか」
バジルが慣れ親しんだ槍を構えると魔獣たちが一斉に襲い掛かる。
「迎え撃て」
一言の詠唱で地面に水色の魔法陣が展開される。
現れたものは鋭く尖った氷たちだ。バジルに向かって飛びかかる魔獣たちの前に現れた氷が胴体に刺さる。悲痛の声をあげる数匹の魔獣たち。それらの命を絶つために氷が花開く。
体内で広がった氷が内部から肉体を貫いて体外に姿を現す。魔獣たちの血に染まった氷の花が一斉に咲いた。バジルは絶命した魔獣たちを飛び越えると槍を持って突撃する。
「凍れ」
一匹、また一匹とバジルの槍が魔獣に突き刺さる。
それだけでは魔獣の命を絶つことができない。けれども槍を抜いた直後に傷口から氷が侵食を始める。
「炸裂の時」
瞬く間に身体を氷漬けにされた魔獣の肉体が一瞬で散った。
空中に舞った氷の結晶がキラキラと太陽の光を反射する。その光景はとても幻想的であった。
バジルの攻撃を見て魔獣たちが距離を取る。特に空中を動き回れる飛行型は長く距離をとっている。
「制空権は既に私の物だ」
突如として空中に濃い霧が現れる。それは空中を飛んでいた魔獣の群れを飲み込んでいくと一瞬にして姿を見えなくさせる。
そして次の瞬間、ぼとぼとと落ちてきたものは凍結された魔獣たちの姿であった。
瞬間冷却された魔獣の身体はカチコチに固まっている。魔獣たちが後退りをする。
「残念ながら私の射程圏内だ。射貫け」
上空の濃霧から氷の礫が大量に打ち出された。礫は地上にいた魔獣たちに被弾していくと、その命の灯火を等しく奪っていく。
被弾される中で肉体が凍りつく魔獣たち。最後は全ての魔獣が幻想的な世界を形作る氷の結晶に姿を変えていく。これこそが十三使徒序列八位バジル・エイトの実力であった。
実力もさることながら美しい戦い方が特徴のバジルはクイック・メーカーと呼ばれている。どんな戦場でも一瞬にして幻想的な世界を作り上げるバジルの戦い方はレイリアでも特に知名度が高い。
初めて見るクイック・メーカーの戦いにセイヤも目を奪われてしまった。
セイヤたちが順調にダリス大峡谷の攻略を進めている頃、ユアの姿は最深部にあった。地上から奥深い谷底には日の光がほとんど射し込まないにもかかわらず、光を灯す花のおかげで視界は確保できた。
白虎を倒してからユアは魔獣に遭遇していない。ダリス大峡谷に最深部は魔獣さえも近づかない領域である。その先にいるのは水の妖精と言われる存在だ。
周囲には小さな川が流れており、その水は魔力を含んでいる。上流にダリス大峡谷の噂の元となった水の妖精がいることがわかる。
道の先から漏れ出す莫大な魔力量は人間の物ではない。
「セイヤ……」
ユアは思わずセイヤの名前を口にする。
ここに至るまでセイヤの姿どころか痕跡もなかった。もしかすると最初からセイヤはダリス大峡谷など訪れていないのかもしれない。
そんな疑念がユアの脳裏には過る。しかし同時に今のセイヤにとって水の妖精の力は大きな手助けになるのも事実である。
光属性しか適性を持たないセイヤは自らの肉体に直接魔力を作用させることで身体能力を上昇させているが、一方的に上昇させる力しか持たない現状は諸刃の剣である。実際にセイヤは模擬戦の中で魔力の調節を誤って暴発しかけたこともあった。
そこで水属性の適性を手に入れることができればセイヤの新しい戦闘スタイルは大きく変化することができる。水属性の沈静化という特性は万物を静めることができる。光属性の上昇に対して沈静化を作用させることで上昇効果を抑えることが可能となるとユアは考えていた。
これによってセイヤに魔力暴発の不安がなくなるため、セイヤは今まで以上に新しい戦い方を自分の物にできる。たとえセイヤがダリス大峡谷を訪れていなくとも、セイヤに水属性の適性を持ち帰れば喜んでもらえる。
それだけでユアがダリス大峡谷を攻略する理由は十分であった。
一歩、また一歩、最深部に近づくにつれて肌がひりつく。
川の水に含まれる魔力の量も次第に多くなっていく。
だが、これらの魔力は決して意図的に流されている訳ではない。水の妖精の持つ魔力量が莫大すぎる故に自然と流れ出てしまう魔力である。
伝承では精霊や妖精と呼ばれる類の存在の保有する魔力量は魔法師とは比にならないとされており、それらが使用する魔法も現代魔法とは異なる。元を辿れば同一の存在であった互いの魔は長い年月を経て独自の形態になったとされている。
そのため人間が精霊たちに手を出すことはない。
ごく稀に無鉄砲な者が契約を求めて訪れることはあっても、その者たちが返ってきたという話は存在しない。彼らは総じて消息を絶っている。
そもそも精霊の類と契約することで新しい属性の適性を手に入れられるという話も信憑性が低いものであり、実際に手に入れられた者がいるかなども怪しいとされている。
それでもユアは一握りの可能性を求めて歩みを進める。大好きなセイヤの役に立ちたいから。




