第25話 命令
激しい戦いが呆気なく幕切れを迎えたため一同の反応はワンテンポ遅れたが、一様に口にされる言葉は称賛であった。
「すごいな!」
「まさかこれほどのレベルの戦いが見られるとは思ってもいなかった!」
「あれは魔力の直接作用だろ。よくそんな戦いができるな!」
セイヤが見せた戦いぶりは聖教会の魔法師たちにとっても驚きを隠せない一流の戦い方であった。十三使徒をはじめ、様々な実力者の戦いを目の当たりにしてきた彼らだからこそセイヤの戦いの迫力に息を飲まれる。
「魔力を肉体に直接作用させることが怖くないの?」
「もちろん怖いですよ。でも、それ以上に何もできずに失うことが怖いので」
エリエラの質問に答えるセイヤの表情は浮かない。闇属性のおかげで以前よりも魔力の調節がしやすくなったことは事実であるが、それでも魔力を肉体へ直接作用させることには一定のリスクを孕んでいる。
「魔法陣を介さない理由は何かあるのか?」
「大きな理由ではないのですが魔法陣を介すと効果が出るまで僅かな遅れが生じるので」
「なるほど、速度の世界ではその遅れが命取りになると?」
「はい。あとは僕が魔法陣を構築するのが苦手だったというのもあります」
「おいおい冗談だろ。無詠唱で魔法を行使できる人間がそれを言うか……」
モーラスが苦笑いを浮かべるがセイヤの言っていることは間違ってはいない。
今でこそ闇属性を管理下に置いたことで魔法を自在に操ることができているが、以前のセイヤは魔法を不得意としていた。そのため魔力を肉体に直接作用させるという危険を伴った荒業を使うに至ったのであり、今もその時の名残で使っている。
セイヤにとって《纏光》は強い自分の象徴でもあった。
「理由は何にせよ、君の使う魔法は君だけが使える固有のものといえよう」
「ありがとうございます」
バジルにセイヤは感謝の言葉を返す。
「その上で君がレイリアのために戦う気があるなら私が全力で推薦しよう」
それは聖教会への勧誘であった。
闇属性を使う以上はレイリアの敵と判断される可能性がある。そこでバジルはセイヤを聖教会に入れることで守ろうとしているのだ。異端の力を祖国のために使う姿を示せば七賢人たちも簡単には異端者扱いはできない。
バジルは十三使徒としてセイヤの実力を高く評価するだけでなく、一人の魔法師としてセイヤの能力を評価していた。しかしセイヤの答えは最初から決まっていた。
「お言葉はありがたいのですが、僕には他にやりたいことがありますので」
「というと?」
「僕は大切な人の隣にずっといて、その人を守り続ける魔法師になりたいのです」
「それがユア・アルーニャだと」
「はい」
セイヤの思いは既に固まっていた。
「それに僕では国を守るには力不足です。大切な人を守ることで精一杯ですから」
「セイヤくんの実力で力不足ならば我々ではもっと力不足だな」
「謙遜も行き過ぎると嫉妬の対象だぜ」
「俺は君と一緒にレイリアを守りたかったが仕方ないな」
バジル隊の面々がセイヤのことを微笑みながら見つめる。
「まあ、今はそれでいい。もし気が変わった時は遠慮せずに私を頼ってくれればよい」
「はい。そうさせてもらいます」
セイヤが再び感謝の気持ちを告げようとした時だった。
大きな魔力の波動がダリス大峡谷に伝播する。
その魔力に一同が一瞬にして臨戦態勢に入った。広場の光源となっていた花の光が弱まる。
先ほどまでとは打って変わってセイヤたちは厳しい表情を浮かべている。けれども、いくら時間が経とうと魔力の発生源が姿を現さない。
「今のは一体……」
グリスが声を漏らす。初めて味わう感覚にバジルたちの表情は険しいままだ。
「魔力……よね……?」
「でもこんなのは初めての体験だ」
「見ろよこれ、鳥肌すぎて鶏になっちまいそうだ」
「恥ずかしいが震えが止まらないぜ」
口々に畏怖の声をあげる隊員たちを見てバジルが指示を出す。
「総員、ここで待機」
「隊長!?」
「それは一体どういう」
バジル隊の面々が反論の声をあげようとするも、彼らの言葉をバジルが視線で制する。
「わかっているはずだ。この先にいるのは我々が出会ったことのない怪物であると」
「それは……」
誤魔化してはいるが彼らの足は震えていた。
バジルはそれを見逃していない。
「この先にいるのは主とされる水の妖精だろう。それならば私の氷でどうとでもなる」
「ですが隊長、それでは我々が随行する意味が……」
「もしもの時はレイリアに報告をしてくれ。ダリスの主は確かに存在し、十三使徒でも勝てないと」
「そんなことできるわけありません!」
グリスが声を荒げた。
だからバジルは冷静に返す。
「だからこれは命令だ。隊長より小隊長各員にこの場で駐留することを命じる。本件に関する異論は認めない。従わない者は反乱の意志があると断定して私が自らの手で断罪をする」
最期に私の手を汚させないでくれよと言い加えたバジルは広場の先に歩き出す。
その背中を追いかけようとした隊員たちの足が止まった。
足元を見れば氷が行く手を阻むように纏わりついている。
「隊長!」
バジルは決して振り返らない。
その氷は隊員たちがその気になれば自力で溶かせる程度のものであるが、彼らは決して溶かそうとはしない。心のどこかでは自分が付いて行っても足手まといになるとわかっているからだ。
随行を断念する理由ができた。彼らは自分の弱さを悔やむと同時にバジルの心遣いに感謝する。
ただバジルの後を追いかける人物がいた。
「私は君にも待機を命じたつもりだが」
「僕は聖教会の魔法師ではないので」
「以前とは随分と変わったようだ」
後をついてくるセイヤの言葉を聞いてバジルが口角を緩ませた。
背後からはセイヤに対してバジルを頼むという隊員たちの声が聞こえる。
「あなたが仲間を守りたいように、僕も守りたい人がいるので」
「この先は私も自分すら守れるかわからないぞ」
「承知の上です。結局のところ魔法師は自己責任ですから」
「なら精々君の足を引っ張らないように善処しよう」
二人の姿はダリス大峡谷の最深部へと消えていくのであった。




