第7話後半〜いよいよ
誰の人生にも、思い返すと少しだけ愚かで、けれど愛おしい季節がある。
本名かもわからない男を「タケルさん」と呼び、週末のラブホテルで重ねる、どこか空虚で穏やかな時間。満たしきれない性愛のあとに二人ですすった高田馬場の安いラーメンや、若者たちに見向けたささやかな優越感。それらはすべて、当時のわたしにとっての確かな居場所であり、世界そのものでした。
これは、大人になりきれない二人が織りなした、甘くて苦い「夫婦ごっこ」のささやかな記録です。どこにでもあるようで、わたしの中にだけ残った小さな熱量を、どうかそっと覗いてみてください。
本名だとも思えなかったが、彼はわたしに自分をタケルと呼ぶようにと最初の出遭いの場で伝えてきた。
だから電話連絡の際には、第一声は『タケルさん?』なのである。わたしは、自分にパパと呼べるようなひとがいるのを誇らしく思っていたから聞かれても全然平気なのである。
遭う日はきっとわたしが仕事がお休みの日曜日祭日と決まっていた。週末には逢いに行けると思えば、毎日のお仕事も自然に愉しくなっていくものなのであった。
そして待ちに待った日曜日は割りかし早くにやって来る。
ラブホテルの部屋に入ると決まって、タケルさんはわたしの躰を懐かしむように強く抱きしめてくれた。
彼自身は、それ程猛々しくはなかったが、タケルさんはそれでも快感を得られるらしく、あー、うー、とよく唸っていたものである。
一方わたしの方は、エクスタシーに達することもなく、尻すぼみの感覚なのだが、それでも夫婦ごっこを楽しむような気分でいた。
シャワーを浴びてお化粧直しをすると、今日は高田馬場まで出ようということになった。高田馬場の学生街では、何を食べても安くて美味しく、二人はまるで甘い新婚夫婦のように安ラーメンをすすりました。結局のところ、恋も性も欲望も、すべては一杯の温かいスープと炭水化物の前には敵わなかったのでした。
わたしは密かに周りの学生風の若者たちに優越感を感じるのでありました。
若さゆえの愚かさや空虚さも、時が経てば愛おしい思い出として胸の奥で静かに輝き続けます。
あの日々を遠い過去として振り返られるようになった今のわたしから、かつての幼い二人と、最後までお付き合いくださった読者の皆様へ、静かな感謝を込めて




