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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(思ひ染む 逆さ芙蓉の 鬼子母神編)

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【思ひ染む 逆さ芙蓉の 鬼子母神】16

簡単あらすじ

キイチは、圧倒的な力で八雲を追い詰める。

十二神晶を次々奪われ、キイチに致命的な一撃を喰らった八雲は、とうとう意識を手放してしまい……?

 堕ちていく。穏やかに、深い闇へと。

 これは、夢か走馬灯か。それすら、もう分からない。


 闇の中で、懐かしいものを見た。

 己の罪を悲観して首を吊った兄。幸せになりたくて泣いている姉。壊れていた弟。人の良さそうな兄。

 

 それらをぼんやりと眺めながら、八雲(やくも)はさらに深いところまで堕ちていく。

 ただ、この何とも言えない微睡みが心地よかった。

 果てしない闇の底で、体も心も溶けてしまいたくなるほど。


 彼はまだ、堕ちていく。穏やかに、深い闇へと。

 どこまでも堕ちていく彼の視界に、白いものが見えた。

 それは、こちらに背中を向けて、小さくすすり泣く白い髪の少年。


「キイ、チ……?」


 うわ言のように、八雲が呟く。それは現実の声なのか、頭の中で発した声なのか、判断がつかなかったけれど。

 闇の中で、ゆっくりと伸ばした手は、ただ空を切った。

 まるで、エレベーターが急降下したかのようにその景色は流れ、彼は再び堕ちていく。


 また、闇の中にすすり泣く子供の背中が見えた。長く白い髪が、しゃくりあげる動きと共に震えている。

 何をそんなに泣くことがあるのだろう。八雲は、その子供へ手を伸ばした。


『たす、けて……八雲……』


 か細い声が耳に届いた時、がくんと景色が急降下して──。キイチの姿は、視界に映し出された。

 キイチは、正座をしたまま両目を手で覆って、体を丸めている。それを囲むように立っているのは、キイチ自身だ。それぞれ、八雲の知るキイチとは雰囲気が違っているように見える。


『何で、ボクは兄さんとそっくりな顔で生まれてきたの?』


 自分自身を見下ろしたキイチが問いかけた。まるで、彼の母のように冷たい口振り。

 そんな彼を守るように屈んだのは、慈愛に満ちた表情を浮かべたキイチだ。


『ボクのお父さまは、ボクを知らないんだって。兄さんも、ボクを覚えてなかったね』


 そう言いながら、優しく頭を撫でている。彼らの中心ですすり泣いているキイチが、声を震わせて尋ねた。


『ボクは、生まれてこなければよかったの?』

『そうだよ』


 キイチたちが、それぞれの声色で同意する。彼らを拒絶するように、キイチは両手で耳を塞いだ。


『八雲も、そう思ってる』


 冷たい声が言った。耳を塞ぐ手を取って、彼の顔を覗き込むように。


『八雲が助けてくれると思ってる?』

『八雲は助けてくれないよ』


 彼らは口々に言った。

 それまで、ずっと顔を伏せていたキイチが顔を上げる。涙の筋が頬を伝い、痛々しい。見慣れた赤い瞳が、青い瞳へと切り替わり、青から赤へ、赤から青へと点滅していく。


『十六夜の代わりに、ボクが死ねば良かったのにね』


 闇の中に亀裂が走った。八雲とキイチ、それぞれの空間を切り裂くように。

 八雲はキイチを呼んだ。叫んだ。

 それらも全て闇の中に吸い込まれ、キイチには届かない。


 景色が流れ、キイチの姿が見えなくなる。堕ちているのか、同じ場所を漂っているのか、それすらも分からなくなっていた。


『八雲は、いつもボクのそばにいた。ボクの世話をするのが仕事なんだって』

『仕事だからボクを守ってくれるの?』

『八雲、ボクのこと好き?』


 キイチの声が、闇の中に反響していく。それも本物のキイチの声だ。聞き間違えるはずがない。


 愛を知らない自分が、キイチの世話係を続けていてもいいのかと──かつて、泰親(やすちか)に問いかけたことがある。愛とは無縁の生き方をしてきた自分が、他人に愛を与えられるはずなどない。応えられるはずがないからだ。

 今ではもう、この気持ちが何なのかさえ、分からなくなっている。


 生まれた時から、自分に祝福などなくて。知っていたのは壊すことだけだ。

 自分がいなければ何も出来ない。料理も着替えも、感情の表し方すらも、自分がいなければ何も出来ない。

 ならば、そんな彼を守れるのは──。


「ぐッ……」


 八雲の足が、床を踏みしめる。その場に倒れることなく立っている八雲を見て、狐白(こはく)が憐れむように目を細めた。


「あなたはもう、限界のはずですが」


 狐白が穏やかな声色で言った。その声色に、微かな苛立ちが混じる。

 八雲は、額から垂れる鮮血を拭って笑った。


「弟が……俺の助けを待ってるからな」


 傷口からはとめどなく血が流れ、焼けるような痛みが全身を襲う。いつ失血死してもおかしくない状態。

 それでも、彼は立っていた。


「そうだろう? キイチ」


 ぴく、とキイチの肩が震える。深手を負ってもなお、倒れない八雲を見て、青い瞳が不安定に揺れた。

 それに気づいたのは狐白だ。


「悪魔の言葉です。耳を傾けてはいけません」

「ああそうだ」


 八雲は臆することもなく続けて、一歩踏み出した。キイチの傍に佇んだ氷狼が、指示を待つようにキイチの顔を見上げている。


「俺は、いつだって、お前の世話を焼いて堕落させ、俺なしじゃいられなくしてやろうと思ってる」


 どこか吹っ切れたように語る八雲の様子は、先程と少し違う。キイチの目は、どこか戸惑ったように揺れていた。


「嫌な悪魔だろう?」


 キイチは、ふるふるとかぶりを振った。それを合図とするように、氷狼がそっと身を引く。葉月や文月、キイチが奪った十二神晶たちは八雲を認め、キイチへの謁見を許した。

 八雲が一歩、また一歩とキイチへ近づいていく。


「俺は……お前の母親になるつもりはない。だから、どうしたいのかお前が選べ」


 足元に鮮血が滴り、靴がそれを引きずった。床に血の道を作りながら、八雲はキイチの元へと向かう。


「ボクのこと、嫌いになったんじゃないの?」


 キイチが、ぽつりと呟いた。俯きがちの青い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「ボクが傍にいたら、きっと八雲を困らせちゃうのに。八雲がいなきゃ、何も出来ない……」


 白い指が顔を覆った。声を震わせながら嗚咽するキイチの頭を、八雲がそっと撫でた。


「上等だ」


 びく、とキイチの肩が震える。指の隙間から八雲の表情を窺う目は、不安そうな色をしていた。嫌われたくない。見捨てられたくない。それなのに、愛され方が分からない。

 八雲も同じだ。


「だが、まだ足りないな。もっと困らせてみろ」


 狐白のため息が聞こえた。彼の言いたいことなど、とっくに分かっている。


 これは、愛ではなく毒だ。

 欲張りで、独りよがりな毒。

 彼はこの愛し方しか知らない。

 そして、キイチ自身もまた……。


「ですが、それももうおしまいです」


 狐白がそう言って彼らに背を向けた。

 糸が切れたように、八雲の体はキイチに寄りかかるようにして崩れ落ちる。その体は、氷のように冷えきっていた。

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