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最弱陰陽師は、自分にかけた呪いとまだ向き合えていない  作者: ふみよ
4部(思ひ染む 逆さ芙蓉の 鬼子母神編)

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【思ひ染む 逆さ芙蓉の 鬼子母神】13

簡単あらすじ

狐輪教の本拠地である資料庫で目覚めた八雲は、そこで懐かしい名前を見つける。それは、自分や兄弟たち、尾崎家を狂わせた祖母の存在。そして、狐輪教の主が彼の前に姿を現した。

 刹那、けたたましい銃声が響いた。それは一切の躊躇いもない、無慈悲な音。弾丸は、少年の顔の横を通り抜け、壁にめり込んでいる。

 それでも、少年は怯む様子などなく──口元に笑みを浮かべていた。慈愛に満ちた、全てを包み込むような眼差しで。


「キイチの元に連れて行け。今すぐに」


 何かを言おうとした少年に、八雲(やくも)はすぐさま言葉を被せる。元より、話を聞く気などない。


「ずいぶん忙しいのですね。まだ自己紹介もしていないのに……」


 あどけない顔をした少年は、相変わらず微笑んでいる。その笑顔と耳障りの良い声で、信者に薄っぺらい言葉を吐いているのだろうと八雲は思った。


「俺は気が短い」


 冷静なようでいて、確実に正気を失った琥珀色の瞳が、少年とぶつかる。怒りと敵意を隠そうともしない八雲に対し、少年の顔は依然穏やかなまま。


「そのようですね」


 やがて、瞼を伏せて笑った少年は、本棚に白い指を滑らせる。背表紙を撫でる手が、ひとつの本の背を奥へ押し込むと──本棚で出来た巨大な扉が開いた。

 部屋の先は、白い廊下が続いている。この部屋には、出入口らしい扉がない。そして──この少年も、扉がないはずの場所から姿を見せた。

 恐らく、この部屋はショートカットをするための通路なのだろう。


「……この廊下は長いですから──少し話しませんか? あなたとは、ずっと話したくて仕方がなかったのです」


 八雲は返事をせず、ただ黙って少年の後頭部に銃口を押し付けた。この場で彼を殺してもよかったが、教祖を失った信者が暴動を起こすようなことがあれば、キイチに危険が及ぶ恐れがある。

 彼を殺すのは、キイチの安否を確認してからでも遅くない。


「まずは──自己紹介からですね。私は、尾崎(おさき)狐白(こはく)と言います。那由多おばあさまの孫です」


 少年は、それを肯定と捉えたのだろう。

 実際、彼は振り返って自己紹介をするほど無防備な姿を見せた。


「……」


 那由多の名前を聞いても、八雲は反応を示さない。警戒を解くことなく、狐白に銃口を向けている。

 先程、既に資料庫で彼女の名前を見た。狐輪教に尾崎家が関わっているならば、それは組織のトップだろうと推測がつく。

 狐白は、八雲が黙っているのを良いことに話を続ける。


「あの子──キイチのことですが……」


 むしろ彼の気を引くように、狐白の歩く速度が、あからさまに落ちた。八雲は、強く銃口を押し付けて先を急がせる。それ以上の会話を拒むように。


「あの子とは──ふふ。私の方が、あなたよりも先に出会っていたのですよ?」


 足音だけが、白く長い廊下に響く。

 壁も床も天井も、全てが純白の世界。

 ふたり分の足音だけが反響して、そこに他の人間の気配はない。

 まるで、どこまでも続く雪原だ。


「あなたは、気になり始めています。そして、知りたがっている……。キイチと私のこと。古御門(こみかど)家と尾崎(おさき)家の関係──自分が養子として差し出された、本当の理由について」


 狐白の言葉は、不愉快なほど優しく、耳障りが良い。

 しかし──八雲にとっては、振り払ってもまとわりつく蜘蛛の糸のようで、不快でしかなかった。


(……卯月)


 八雲に呼応するように、足元に出現した白兎たちが結界を張る。

 他人の心に入り込んで掌握する。それが狐白の能力なのだろう。

 しかし、十二神晶屍鬼を持つ八雲には通用しない。


「……おや」


 大して驚いた様子もなく、狐白が目を見張った。こちらを見つめる琥珀色の瞳は、憎らしいほど自分に似ていて、それ以上に兄と似ていた。

 

『少し、痩せた?』


 狐白の口から、十六夜(いさよ)の声が聞こえる。生前のままの姿で、彼は困ったように優しく微笑んでいた。


『限界以上に頑張りすぎるとこ、変わってないんだな。誰かに頼ることも覚えないと……』


 十六夜が、はにかむように笑った刹那、八雲は反射的にその額へ銃口を向けていた。

 目の前にいるのは、間違いなく(あくた)十六夜(いさよ)だ。狐白の体から感じるのは、十六夜の気配だけではない。

 やがて、その姿は泣き腫らした顔の女性へと変わった。

 小森病院の元院長にして、姉だった人。


『幸せに、なりたかったの……お母さんよりも』


 肩を震わせて嗚咽する姉の姿を、八雲は呆然と見つめることしか出来なかった。琥珀色の瞳から、とめどなく涙が流れてくる。


『あんたが死ねば良かったなんて……一番、言っちゃいけない台詞だったのにね……』


 両手で顔を押さえた彼女は、すすり泣きながら自嘲気味に笑う。

 死んでもなお、彼女は後悔していた。

 実の兄と結ばれたことを。子供を遺してしまったことを。


『後悔?』


 顔を押さえたまま、彼女は低く、くぐもった声で言った。それは女性の声ではない。若く、軽薄な男の声だった。


『するわけがない。キミがオレの立場でも同じでしょ?』


 蜂蜜色の髪をした弟がニヤリと笑う。自分に向けられた銃身を難なく払い、八雲の腰に腕を回す。それは、とても自然な動作だった。


「──ッ」


 女が好む甘ったるい香水の匂いが、次第に苦く切ない匂いに変わる。

 今となってはひどく懐かしい、芥十六夜の匂いへと。


『ノインは嘘つきだよなぁ……死ぬほど後悔してるっつーのに』


 冗談っぽく茶化したその声が、少し寂しげに聞こえる。

 これは狐白の術や、八雲の願望でもない。


「く……」


 思い出したくない感情が、強烈な後悔が、呪いとなって口から溢れ出しそうになる。一度でもその名を呼んでしまえば、十六夜の存在を認めたことになってしまう。


「大丈夫ですか?」


 十六夜の匂いは、まだ残っている。それなのに──。

 目の前にいる男は、白い服に身を包んだ尾崎狐白に戻っていた。


 もうこれ以上、この男と会話をしたくない。

 何も知りたくなかった。認めたくなかった。彼の中に感じる、兄弟たちの存在を。


「もうじき到着します。ですので、最後にもうひとつ……」


 狐白は、具合の悪そうな八雲を気遣うように見つめていたが、やがてうっすらと口元を綻ばせた。


八津咲毘売神(お母様)について、お話しましょう」


 狐白はにっこり微笑むと、再び長い廊下を進んでいく。景色が変わったようには思えなかったが、人の話し声が遠くから聞こえた。それは何かを讃え、大きな歓声になっている。


「八津咲毘売神とは──この世界と常夜をお創りになった慈悲深いお方。我々のお母様です」


 狐白が壁に手を触れると、重厚な白い壁がゆっくりと左右に開いた。

 刹那、歓声と拍手が彼らを迎え入れる。狐輪教に身を寄せる信者たちだ。


「ようこそ、狐輪教(こりんきょう)へ」


 狐白が微笑んだ。そこは白く、広い部屋。円形のホールになっており、地面には彫刻が掘られている。

 長い上り階段の先には巨大な鳥かごが天井から吊るされ、その下で青い炎が揺れていた。


「案内ご苦労。死ね」


 八雲は、狐白に向けたままの拳銃を躊躇わずに発砲する。

 どのみち生かしておくつもりはなかった。キイチの誕生すら、くだらない計画に利用した人間など。


「ふふ、危ない──」


 しかし、狐白は生きている。彼を守るように銃弾を溶かした青い炎が、カーテンのように揺れた。

 炎の上で、鳥かごが揺れている。その扉は開け放たれ、ギィギィと不快な音を立てていた。


「助かりましたよ、キイチ」


 細身の少年が、炎の中からゆらりと姿を見せる。八雲に向けた虚ろな瞳は、炎と同じ色をしていた。

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