【思ひ染む 逆さ芙蓉の 鬼子母神】11
簡単あらすじ
・鬼道柊と共に神奈川の実家へ戻った粟島宿儺は、両親の無事を確認する。
・粟島高見から常夜の宴を受け取った柊は、宿儺と共に病院にやってきた。それは宿儺の友人を救うためで……?
行きと同じく、法定速度をギリギリで保ったバイクに乗って招かれたのは、小森大学附属病院。
バイクを停めて戻ってきた宿儺と共に、酒瓶を手に病院へ入ろうとした柊は、見知らぬ少年に出迎えられた。
「あーっ、暴走族の子! おかえり! もう王牙くんカンカンだよ〜」
「す、すんません。一番合戦さん」
宿儺は、あまり悪いと思っていないのか、青い瞳をぱちぱちさせて形式的な謝罪をする。一番合戦と呼ばれた少年──おそらく宿儺や楓よりも年上だろう──は、柊に気づいて屈託なく笑った。
「俺、御花畑帝人さんの助手で、一番合戦進って言います」
「お、ご苦労さん」
御花畑帝人に助手がいたとは聞いたことがないが、柊は愛想良く片手を上げる。酒瓶に目を留めた進が何かを言おうとすると……。
「あー! パパ、あの人っ!」
それを遮るように、廊下に少女の声が響いた。
「ようやく見つけました! プリンの人!」
少女はそう言って、進の元に近づいてくる。小田原牛蒡の親戚であると思い出したのは、彼女の後からゆっくり歩いてきた『パパ』の存在だ。
そこには、狐顔の男性が立っている。
当然、柊も顔馴染みがあるが……直接会うのは10数年ぶりだった。彼のことは──『モカちゃん』と呼んでいる……主にゲーム内で。
「すず、ちゃんとお礼はしたのですか?」
「し、したもんっ! なのにこの人、変なこと言って逃げちゃって……」
少女は慌てたように言い返すと、かわいらしい財布からそそくさと取り出した小銭を、進の胸へと押し付ける。
「お金! ちゃんと受けとってください!」
「え、えーと……」
突然現れた親子に、進はたじたじになっていたが、やがて人の良さそうな顔で苦笑した。
「俺が勧めたプリンだし、奢らせてよ」
「よくないですっ! 知らない人に奢ってもらうなんて……」
少女は納得いかない様子で、なおも小銭を渡そうとしている。進は、その手をやんわりと掴んだ。少女の顔が、みるみるうちに赤らんでいくのが柊にも分かった。
「じゃあ、このお金は──お父さんのために使ってあげるって言うのは?」
「そ、そんなの……」
少し絆されたのか、少女の声が弱くなっている。それでもさらに食い下がろうとしてくる少女を、狐顔の男がやんわりと制した。
少女の父は、まんざらでもなさそうな顔で微笑んでいる。
「そのお金は、君が貰ってください。そして君がこのお金で私のほしいものを買ってくれたら、間接的に娘が私にプレゼントしてくれたことになりますよね?」
「おお! 頭良いですね!?」
どこがだよ、と柊は思わず突っ込みそうになった。聡明そうな顔でそれっぽいことを言っているが、彼は昔から自分が得になることしか考えていない男だ。
まんまと騙されている進を横目に、柊は宿儺に袖を引かれる。
「ダチの病室はこっちです」
宿儺に案内されるようにしてその場から離れた柊は、共に病室へと向かう。病室の名札に書かれていたのは、見知った苗字。
そこには、こんこんと眠り続けている少年──橘海斗の姿があった。
「イヴ! おかえりッ!」
「総長、やっほー」
傷だらけの少年たちが、宿儺を取り囲む。ピンク色の髪をした少年は半泣きで宿儺に抱きついていた。ふたりとも派手な見た目だが、素直そうな子供たちだ。
「先輩……海斗は、大丈夫ですよね?」
少しやつれた様子の橘隼人が声をかけてくる。彼とは、学生時代に関わりがあった。息子と同じく憑かれやすい彼を救ったのがきっかけで、汐里との仲を取り持つことになってしまった。いわば恋のキューピッドというヤツだ。
「さーね。まァ、そのためにコイツを使うんだろ。退いてな、オタクくん」
柊は、隼人をやんわりと退けて椅子に腰掛けると、海斗の様子を窺った。
外傷はあるが、1、2週間で治る程度のもの。問題は、原因不明のまま意識が戻らないということだ。
「じゃ、やるか……」
柊は、常夜の宴を手に取って蓋を開けようとした。
「柊くん、順番が逆では?」
その時、飄々とした声が頭上から掛かる。いつの間に病室に入っていたのか、狐顔の男が、ニコニコ顔で見下ろしていた。
「なっ何ですかあなた、いきなり……」
困惑する隼人を気にもせず、狐顔の男は海斗を観察するようにベッドの周囲を歩いた。
「まずは──この子の魂を呼び戻してあげないといけません。浄化はその後でいい。柊くんがしているのは、寝ている人にいきなり冷水をかけるようなものですよ」
柊は、昔から複雑な手筈を踏むことが苦手だ。ゲームも説明書を読まずにいきなり始めるタイプだし、何ならリセマラすらしたくない。
「起きるなら早ェ方が良いじゃん」
「昭和脳すぎます。流行らないですよ、それ」
狐顔の男は、そう言って柊と席を代わった。
「帰り方が分からなくなってしまったんですね……。もう大丈夫ですよ」
男はそう言いながら、海斗の胸の上に霊符を置いた。まるで海斗の魂と会話するように静かに相槌を打ち、その指を海斗の額──肩、そして腹へ示していく。
「常夜の宴を使ってください」
男の示した順番通り、常夜の宴を垂らしていく。彼の体にまとわりついている気配が消えていくのが赤い瞳にハッキリと映った。
普通の人には、突然海斗の顔色が良くなったように見えるだろう。
「うー、ん……」
海斗が小さく呻いた声を、誰もが耳にした。隼人は海斗の顔を覗き込んで、べしょべしょに泣いている。
「か、海斗ぉお……!」
喜んでいる隼人を見て、宿儺もようやくほっとした様子だ。
病室を出ていく男の後に続きながら、柊が酒瓶を揺らす。
「さすが西ノ明当主。陰陽師みたいだったぜ」
「鬼道家前当主にお褒めいただけて光栄です」
男はそう言って廊下を歩く。一瞬不穏な空気が互いを支配したが、それを遮ったのは進だった。
「おじさーん! 買ってきましたよ、ラブなんとか? ってアニメのグミ!」
「ありがとうございます。持つべきものは娘の友達ですね」
男は戦利品を受け取ると、しみじみと袋から取り出した美少女のキラキラカードを眺めている。
「お父さんほんと恥ずかしい……! いい大人が子供向けアニメの女の子のカードばっかり集めて」
「餓鬼の時からそうだったぜ?」
柊の一言で、少女があからさまに苦い顔をした。その顔があんまりかわいかったので、つい余計な一言を付け足してしまう。
「あれ彼氏? 大事にしなよ」
「ち、違うもんっ!」
少女は慌ててかぶりを振った。その顔が赤くなっていて、柊は今度こそ声に出して笑った。
その顔を見ていると、自分の息子と彼の想い人である少女のことを思い出す。
そろそろ行かなくては。
「モカちゃん、俺ちょっと野暮用。あと頼める?」
懐からスマホを取り出して目に飛び込んできたのは、弟からの怒涛の着信履歴。これは、出会い頭に嫌味を言われそうだ。
柊は肩を竦めて笑った。




