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第19話 銘刀・うみへび丸

近況日記(2019/2/23)

このエピソードをもって、最初の目標である10万文字を突破しました。

しかし、書き始めた当初の予定である全20話は超過する見込み。

果たして私に書き切れるのか……?

 カーン、カーン。

 熱した鉄の塊が、振り下ろされた金槌によって金属音を奏でる。その甲高い音色に不快感はなく、それどころか心地良ささえ感じられる。

 何度も何度も金槌に打ちのめされた鉄の塊が、再び真っ赤に燃える炉の中へと放り込まれる。もう少しすれば、また取り出されて金槌で叩かれるのだろう。


 ここは最初の街アインシア。その繁華街の一角に店を構える武器屋である。店の中には様々な種類の武器、或いは鎧や盾などの防具が数多く揃えられている。

 が、ヤエザクラが今いる場所は品物が置いてある店舗部分ではない。


「おー……! 始めて見るけど凄いなぁ」

「ちったぁ静かにできんのか、この小娘め」

「いやー、ごめんなさい。つい、ね」


 先ほどから鉄を鍛えている老爺(無論、NPCである)に咎められ、ヤエザクラは申し訳なさそうに頭を掻いた。彼女が頭の上で手を上下させる度に、淡い桃色のポニーテールが右に左にフリフリと揺れていく。


 彼女が今いるのは店舗部分の奥、NPCである鍛冶職人の老爺が実際に武器を鍛えている工房区画である。


 ヤエザクラとオケアノスが明智 蜜秀という女性プレイヤーと共にフィールドボス「オーク・ザ・パラサイトローズ」に挑み、敗北してからそれなりの時間が過ぎた。とはいっても1週間を少し過ぎたほどであるが。

 あれからも2人は徒党(パーティ)を組み続け、東の森エリアでMOBと戦闘をしてレベルを上げ続けていた。

 そうしている内にMOBから入手(ドロップ)した素材(アイテム)の数も増え、それに伴い所持金も増えていた。


 そこでヤエザクラはオケアノスと話し合い、いよいよ第2の街へ進む為のメインクエストに挑む事にしたのだ。今回、彼女が武器屋の工房に顔を出しているのも、その一環である。


 スターライト・オンラインにおける武具には大きく分けて2種類が存在する。NPCの商店(ショップ)で販売されている店売りのものと、そのプレイヤー専用に作られたオーダーメイドのものだ。

 オケアノスと相談した結果、軍資金にも余裕がある為、ヤエザクラはNPCショップにてオーダーメイドの武器を注文する事にした。


 無論、SLOはMMORPGである。その為、《鍛冶》《彫金》などといった所謂生産職向けのスキルも存在している。

 が、ヤエザクラはそういった生産職プレイヤーにオーダーメイドの依頼をせず、こうしてNPCショップを頼っていた。

 その理由は3つ。SLOはサービス開始から未だ2週間も経っていない。その為、生産職プレイヤーがどの程度の技量を持っているのかが不明瞭というのが1つ目の理由。

 2つ目の理由は……


「しかし、なんだな」


 熱した鉄を鍛え続けながら、鍛冶職人の老爺がヤエザクラへと声をかける。彼女の姿は一瞥もしていない。老爺の目線は鉄にのみ注がれていた。


「お前さん『星の戦士』だろ? 聞いた話じゃ、星の戦士ってのはあっという間に俺達の技量を超える才能があるって言うじゃねぇか」

「んー……そこんとこはよく分からないけど、他のお店でも似たような事は言われたわね」

「だろ? だってのに、わざわざ俺みたいな現地人にオーダーメイドを頼むたぁ、お前さんも物好きなんだな」

「あー、それね。実は……」


 ポリポリと指で頬を掻く。どこか照れ臭そうな表情を浮かべつつ、ヤエザクラは老爺の言葉に対して返答を試みた。


「あたし達……あ、他の星の戦士?の人と徒党(パーティ)組んでるんだけどね? あたしもその人も、あんまり他の星の戦士さんとは交流が無いのよね……」


 そう、これが2つ目の理由。

 元々ヤエザクラもオケアノスも、サービス開始後に自分の思うままに行動していたり、或いはサービス開始に遅刻してしまった事で、他のプレイヤーとパーティを組んだりといった最初の流れに乗り遅れていた。

 そこから乗り遅れた者同士という理由でパーティを組んだ事、そして2人はあまりMMOに明るくないといった理由もあって、2人のSLOにおける交友範囲は極めて狭い。


 何せ、彼らのフレンド欄には相棒(オキー/ヤエ)と蜜秀の名前しか無い。

 2人共、社交性が無いと言えば嘘になる。現実(リアル)では友達も多いし、その気になればSLOでも多くの知り合い(フレンド)に恵まれるだろう。

 しかしここまでコンビで何とかなっていたのと、SLOの世界に激しく没入していた事もあって、他のプレイヤーとはあまり関わってこなかった。


 要するに、他のプレイヤーと関わらずとも、ヤエザクラとオケアノスはスターライト・オンラインというゲームを心行くまで楽しんでいるのだ。

 繰り返すが、SLOはMMORPGである。故に、他のプレイヤーとの交流を限定的にし、それ以外と関わりを持たない遊び方(プレイング)は少数派と言っていいだろう。


 故にこそ、ヤエザクラはこうしてNPCに武器の新調を頼まねばならないほど、プレイヤー同士の横の繋がりに乏しかった。


「なんじゃ、お前さん友人がおらんのか。『夜空を作るのは1つの星だけに非ず』とも言うじゃろうて」

「あはは、そうなんだけどねぇ……。思い返すと、あたしもオキーも2人だけで突き進んじゃってたし」


 蜜秀に連絡すれば「友達の友達」を紹介してくれるかもしれないだろう。しかし、彼女は最近現実(リアル)が忙しいようで、一昨日にSLOで出会った際、彼女からその旨を謝罪されていた。

 現実の友人であり、同じくSLOをプレイしているという光に頼む手もあるが、海斗(ヤエザクラ)としては自分の現状を彼には知られたくなかった。


「まぁ、そのお陰でこうして武器を鍛えるトコを見せてもらえてる訳だし……それに」

「それに?」


 嬉しそうな表情を浮かべるヤエザクラ。これが3つ目の理由。


「あたし達はこの国を救う為に呼ばれたんでしょ? なら、星の戦士?ばかりと関わるんじゃなくて、親方さんやこの国の人達ともいっぱいお話して、関わって。この国の事をもっと好きになりたいじゃない」


──ヤエザクラというプレイヤーは、この世界を楽しむ(エンジョイ)勢である。


 その世界にドップリと没入し、そこの住人と交流を深め、まるでもう1つの現実であるかのように謳歌する。

 ヤエザクラは、そういった事に楽しみを見出すプレイヤーだった。


 無論、それは本気で挑む(ガチ)勢を悪と断ずる事でも否定する事でもなく、ヤエザクラ自身にもそういった意図はない。

 これはそれぞれの遊び方(プレイスタイル)であるというだけの話だ。誰かに迷惑をかけない範囲でなら、あらゆる遊び方が肯定されるのがゲームである。


「……ハッ」


 ヤエザクラの言葉を受け、どこか愉快そうな笑みを浮かべるのは鍛冶職人の老爺だ。鼻では笑っているものの、決してヤエザクラを嘲笑している訳ではない様子。

 首を傾げるヤエザクラ。それを知ってか知らいでか、老爺は先ほどよりもより力を込め、真っ赤に焼ける鉄へと金槌を振り下ろす。


「お前さんみたいなヤツは久々に見たもんだ。いいぜ、最高の仕事をしてやらぁ」


 カン、カン、カン。

 激しく、しかし大雑把などでは決してなく。力強い金属音が工房の中に響き渡り、それが老爺の喜びを表しているようにさえ錯覚できる。

 ワクワクと、期待の眼差しでその様子を見守るヤエザクラ。


 やがて、老爺が力一杯に金槌を鉄に叩き付けたその瞬間。高温で真っ赤になっていた鉄の塊が光を放ち、眩く輝き始めた。

 思わずヤエザクラは目を背ける。光が収まった後、何が起こったのかと目線を老爺の手元に戻してみれば。


「できたぞ小娘。お前さんが持っていた『銘刀・星』を土台に、ハウンドの牙とジャイアント・スネークの毒の牙を混ぜ込んだ……そうさな」


 老爺の手に握られていたのは、一振りの刀。そこは流石にゲームであるらしく、武器の作成は鉄を鍛える過程で終了するようだ。

 まじまじとその刀を見つめたヤエザクラは、まるで一種の芸術品であるようだと強く感じた。


 老爺の言う通り、その刀はヤエザクラがキャラクターメイキング時に購入した「銘刀・星」をベースに作られており、刀身は淡い紫色の光を帯びている。


「題して『銘刀・うみへび丸』ってとこか。受け取りな、報酬は前払いでもらってるからな」

「わぁ……持ってみてもいい?」

「当然だろ、お前さんの刀だ」


 辛抱溜まらんという様子で老爺から刀をひったくるように受け取る。

 銘刀・うみへび丸と名付けられたその刀は、まるで身体の一部であるようにヤエザクラの手によく吸い付いた。

 流石に工房の中で振る訳にもいかないが、より間近で刀身を見る事ができるだけでもヤエザクラにとっては嬉しかった。刀身が宿す淡い紫色の光は、妖しく揺らめきながらもヤエザクラを魅了してやまなかった。


「凄い……この刀、少し光ってる」

「蛇の牙を素材に使ったからな、『毒』の属性を帯びてんだ。斬った相手に毒を与える事ができるぞ」

「本当に凄い……! こんなにも凄い刀が打てるなんて……!」

「よせやい。そんなに褒められたらケツが痒くなっちまう」


 銘刀・うみへび丸を躊躇する事なく腰の鞘に叩き込む。そうしてヤエザクラは、NPCである老爺に向けて頭を下げた。


「ありがとう! この刀、とっても大事にするわ!」


 顔を上げたヤエザクラは、まるで一輪の花めいて晴れやかな笑みを浮かべる。

 その笑顔を彩る淡い桃色の髪には、以前オケアノスからプレゼントされた薔薇の花飾りが映えていた。



────────────



「おーい、オキー! 待った?」


 第1の街アインシア、その中央部に位置する噴水広場にて。

 溢れんばかりの元気を全身で表しながら、ヤエザクラが待ち人に対して手を振る。その待ち人とは当然、オケアノスの事だ。


「おかえりなさい、ヤエ」


 噴水に腰かけていたオケアノスが顔を上げる。爽やかさを前面に押し出した、見る者を心地良くさせる笑みが彼の表情に現れる。

 彼の腰に佩かれたショートソードは以前のままだ。盾や鎧など防御面の装備を新調した事で、武器の新調をできるだけのお金が無くなってしまったらしい。


 彼は立ち上がると、自分の方へと駆け寄ってくるヤエザクラを快く迎えた。


「公式掲示板を見ていましたので、退屈だったとかは特にありません。むしろ、もう終わったのかとさえ」

「そう? それで、何見てたの?」

「メインクエストについての情報を少々。wikiにも記載されていますが、生の声を聞いてみるのも参考になりますから」

「成る程ねぇ……それで、どんな事が書いてあったの?」

「それに関しては……」


 軽やかにフィンガースナップを1つ。オケアノスの前にウィンドウ画面がポップアップする。彼が慣れた手つきで操作すると、出現してからものの7秒ほどでウィンドウは消滅。

 代わりに、彼の左手に大振りの凧型の盾(カイトシールド)が出現した。それはこれまでオケアノスが使っていた円形の盾(ラウンドシールド)よりも大きく、より頑丈そうに見える。


「歩きながら話しましょうか。そろそろ出発しましょう」

「ん、そうね。それじゃあ──」


 ヤエザクラが軽く首を振った。桃色のポニーテールがふわりと宙を舞い、薔薇の花飾りの花弁が艶やかに揺れる。


「いざ、メインクエスト第1章へ! ってトコかしら」



────────────



 ところはアインシアの東門を出た先にある平原、そこから更に進んだ先の森、その中頃。

 街を出発したヤエザクラとオケアノスは、順調に森の中を進んでいた。

 ここ1週間のレベリングによって、2人のレベルは15を超えている。物理アタッカーと盾役(タンク)のコンビであれば、十分に適正レベルと言えよう。


「──せいっ!」


 ヤエザクラの一閃によって、ジャイアント・スネークは全身を真っ二つに切り裂かれた。ポリゴンの欠片に転じ弾け飛び、戦闘終了を示す経験値配布のSE(サウンドエフェクト)が鳴り響く。

 残心を忘れる事なく、周囲を警戒するヤエザクラ。彼女の動きに合わせて刀が揺れ動き、刀身が帯びる紫色の輝きが光の軌跡(ライン)を宙に残す。


「お疲れ様でしたヤエ。さ、目的地はすぐそこですよ」

「はーい。この辺のMOBなら簡単にやっつけられるようになったね」


 周りに敵がいない事を確認し、ヤエザクラは銘刀・うみへび丸を手早く納刀。オケアノスもまた戦闘態勢を解除し、ショートソードを鞘に戻しながらカイトシールドを下げる。

 そんな中でのヤエザクラの発言に、オケアノスは苦い敗北の記憶を脳裏に映し出した。


「そうですね。……まぁ、あの時のフィールドボスに勝てる日はまだまだ遠そうですが」


 自分の力不足を思い出しながら、やや暗い顔をするオケアノス。そんな彼の背中を軽く叩き、ヤエザクラは明るい笑顔を見せた。


「だいじょーぶ! 今は勝てないかもしれないけど、いつかは必ず勝つ! そうでしょ?」

「そう……ですね。うん、きっとそうだ。いつか、僕とヤエで挑んで勝ちましょう」

「その調子その調子! さて……」


 ヤエザクラがある一点を見据える。オケアノスも、同じ方向を見つめていた。


「あそこ、ね」


 2人の視線の先。そこには、小さな小さな教会が建てられていた。

 現実の教会が十字架を掲げているであろう部分には、煌めく星の意匠が取り付けらており、優し気な木洩れ日がその教会の神秘性を引き立てている。


 顔を見合わせるヤエザクラとオケアノス。お互いに頷き合う。

 ここから、本格的にスターライト・オンラインが始まるのだという確信。それを胸に、2人は迷う事なく教会へと歩き出した。

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