第94章 予定を変えた朝
土曜日の朝。
悠真が目を覚ましたとき、窓の外には明るい日差しが差し込んでいた。
平日よりも遅く起きたせいか、頭はすっきりしている。朝食を食べ、母親の買い物を少し手伝ってから、自分の部屋に戻った。
ゲームを起動すると、オンライン人数は平日よりも増えていた。
ロビーでは、世界BOSSの攻略募集やランキング戦の募集が流れている。新しいイベントの告知もあったが、悠真はまずKAIとRIONに連絡した。
【YUMA:今日はどうする?】
【KAI:世界BOSSの募集がある。先にそっちをやるか?】
【RION:参加人数が多いみたい。報酬条件も確認しておこう】
悠真はイベント情報を開いた。
今回の世界BOSSは、東部の岩山地帯に出現している大型機械だった。制限時間は六十分。推奨参加人数は設定されているが、実際に必要な人数は参加者の行動によって変わる。
【ワールドイベント:岩山の守護機】
【制限時間:60分】
【推奨参加人数:大規模】
【主目標:対象機体の撃破】
【副目標:補給設備の保護】
「補給設備の保護か」
悠真は副目標を確認した。
世界BOSS戦では、敵を攻撃することに集中するプレイヤーが多い。しかし、今回は別の目標も設定されている。
「先に配置を確認しよう。補給設備がどこにあるか分からないまま戦いたくない」
KAIが同意した。
三人はイベントマップへ移動した。
⸻
岩山地帯には、すでに多くのプレイヤーが集まっていた。
巨大な岩の間に、輸送用の車両と補給設備が配置されている。NPCの整備兵たちが物資を運び、戦闘区域の周辺では防衛用の設備を準備していた。
そして、岩山の中央には世界BOSSが立っていた。
四脚型の大型機械。
背中には複数の砲台があり、長い脚部が岩場を踏みしめている。
悠真は少し離れた位置から、敵の動きを観察した。
「前回の西平原のやつとは違うな」
KAIが言った。
「外見も違うし、今のところ動きも普通に見える」
RIONは補給設備の位置を確認していた。
「でも、こっちは副目標がある。攻撃するだけじゃなくて、設備を守る人も必要だね」
イベント開始の通知が表示された。
【ワールドイベント:開始】
プレイヤーたちが一斉に動き出した。
前衛が岩山の中央へ向かい、遠距離型のプレイヤーが射撃位置を確保する。別のグループは補給設備の周囲に残り、接近する敵の小型機を迎撃していた。
悠真たちは、最初はBOSSの側面へ回り込んだ。
KAIが近距離から脚部を攻撃し、悠真は敵の向きに合わせて攻撃位置を変える。RIONは岩場の高所から、装甲の薄い部分を狙って射撃した。
序盤の戦闘は順調だった。
BOSSの耐久値は徐々に減り、補給設備も無事だった。
ところが、開始から十五分ほど経った頃、敵の行動が変わった。
BOSSが突然、補給設備の方向へ体を向けた。
背中の砲台が旋回する。
「補給設備を狙ってる!」
RIONの声とほぼ同時に、砲撃が放たれた。
補給設備の周囲にいたプレイヤーたちは散開したが、設備の一部が被弾した。
【副目標:補給設備】
【耐久値:78%】
「正面から攻撃を続けても、また撃ってくるぞ!」
KAIが叫んだ。
悠真はBOSSの脚部を見た。
敵は補給設備へ向き直る前に、短い動作を挟んでいた。脚部の一つを岩場に固定し、上半身を回転させている。
「向きを変える前に、脚を止められないかな」
悠真が提案すると、KAIはすぐに反応した。
「試してみる。RION、射撃で反対側を牽制できるか?」
「やってみる!」
三人は攻撃位置を変えた。
KAIが脚部へ接近し、悠真が別方向から攻撃する。RIONは砲台の旋回を妨害するように射撃を続けた。
BOSSは補給設備へ向き直ろうとしたが、動作がわずかに遅れた。
その隙に、ほかのプレイヤーたちが集中攻撃を加えた。
【BOSS耐久値:61%】
「止められた!」
悠真は思わず声を上げた。
しかし、BOSSはすぐに別の行動へ移った。
脚部を岩場から引き抜き、周囲の小型機を踏みつぶしながら後退する。背中の砲台は補給設備ではなく、岩山の斜面へ向けられていた。
砲撃によって岩が崩れ、プレイヤーたちの進路が塞がれる。
「こいつ、攻撃する場所を変えているのか?」
KAIが言った。
「補給設備を狙うだけじゃない。俺たちの移動経路も変えようとしているように見える」
悠真は周囲を確認した。
最初に進んできた道は崩落した岩で塞がれていた。反対側には細い迂回路があるが、そこを通ればBOSSの側面へ回り込むまで時間がかかる。
一方、補給設備の耐久値はまだ残っている。
「今は無理に追わない。設備を守る人が足りなくなったら困る」
悠真はそう判断した。
三人は迂回路へ向かうプレイヤーの流れを確認しながら、補給設備の近くに残った。
その判断が正しかったかどうかは、まだ分からない。
BOSSの耐久値は減っている。
しかし、制限時間も同じように減っていた。
⸻
開始から三十五分。
補給設備の耐久値は五十四パーセントまで低下していた。
BOSSの耐久値は三十八パーセント。
プレイヤーたちは攻撃班と防衛班に分かれ、戦闘を続けている。
「このままなら倒せるかもしれない」
RIONが言った。
「ただし、設備が先に壊れなければ、だな」
KAIは補給設備の周囲を見た。
小型機の攻撃は断続的に続いている。防衛班が対応しているものの、攻撃班へ加わる余裕は少ない。
悠真はBOSSの動きを見ながら考えた。
敵の耐久値だけを見れば、戦況は悪くない。
しかし、今回の任務には副目標がある。
BOSSを倒しても、補給設備が破壊されれば評価は下がる。逆に、設備を守ることに集中しすぎれば、制限時間内にBOSSを倒せないかもしれない。
どちらか一つだけを考えても、うまくいかない。
「次の攻撃が来たら、設備の近くにいる小型機を先に処理しよう。BOSSへの攻撃は、ほかの人たちに任せる」
悠真が提案した。
KAIは一瞬だけBOSSを見てから、頷いた。
「分かった。設備を守る時間を作る」
RIONも射撃対象を切り替えた。
三人は小型機の迎撃に集中した。
補給設備へ向かう敵を一機ずつ処理し、NPCの整備兵たちが破損箇所の応急修理を進められるようにした。
耐久値の低下は止まった。
その間に、ほかのプレイヤーたちがBOSSを攻撃する。
【BOSS耐久値:24%】
【補給設備耐久値:51%】
【残り時間:19分】
まだ十分な時間はある。
だが、戦闘が終わる保証もなかった。
悠真は補給設備の周囲を見渡した。
NPCの整備兵は、攻撃が途切れるたびに修理を進めている。プレイヤーが戦っている間も、彼らは自分たちの仕事を続けていた。
ゲームの世界は、戦闘画面だけでできているわけではない。
そう考えた瞬間、BOSSが再び動いた。
今度は補給設備ではなく、攻撃班が集まっている岩場へ向き直った。
「また狙いを変えた!」
KAIが声を上げる。
悠真は敵の向きを見て、すぐに移動を始めた。
次の攻撃がどこへ向かうのか。
まだ、誰にも分からなかった。
そして、世界BOSS戦の残り時間は、十九分を切っていた。




