第95章 守るものと倒すもの
世界BOSSの砲台が旋回した。
狙われていたのは、岩場の中央に集まった攻撃班だった。
プレイヤーたちは散開を始めたが、崩れた岩が移動経路を狭めている。全員が一度に逃げられる状況ではなかった。
「正面から離れろ! 岩壁の裏へ!」
KAIが叫び、自分も岩場の陰へ移動した。
悠真はすぐに敵の砲台を見た。
砲撃が始まるまで、わずかな時間しかない。
BOSSの背中にある砲台は複数の方向を向いているが、すべてが同時に攻撃しているわけではなかった。旋回している砲台と、まだ次の攻撃方向を決めていない砲台がある。
「RION、動いていない砲台を狙える?」
「射線が通れば!」
「無理はしなくていい。俺は右側から注意を引く!」
悠真は岩場の右側へ走った。
敵の攻撃を引きつけられる保証はない。それでも、攻撃班が集中している場所から敵の注意をそらせれば、逃げる時間を作れるかもしれない。
悠真が攻撃を加えると、BOSSの上半身がわずかにこちらを向いた。
その瞬間、RIONの射撃が背中の砲台に命中した。
【BOSS部位損傷:背部砲台】
【攻撃動作:一時中断】
砲撃が遅れた。
攻撃班のプレイヤーたちは、その隙に岩壁の陰へ退避する。
「今のは助かった!」
誰かの声が聞こえた。
しかし、BOSSはすぐに悠真を追い始めたわけではなかった。
上半身を戻すと、今度は岩場の別の位置へ砲台を向けた。
悠真は足を止めた。
「俺を狙ったんじゃない……?」
攻撃を加えたことで一瞬動作が止まっただけなのか、それとも敵が別の優先目標を選んでいるのか。
まだ判断できない。
「悠真、考えるのは後だ! 次が来るぞ!」
KAIの声で、悠真は再び動き出した。
BOSSの攻撃は岩場の一部を崩し、別の進路を塞いだ。
だが、攻撃班は壊滅しなかった。
残り時間は十六分。
BOSSの耐久値は二十パーセントを下回っていた。
⸻
戦場の状況は、少しずつ変化していた。
攻撃班はBOSSの耐久値を削り続けている。一方、防衛班は補給設備を守りながら、小型機への対応を続けていた。
補給設備の耐久値は五十パーセント前後で推移している。
「このまま攻撃を続ければ、時間内に倒せるかもしれない」
RIONが言った。
「でも、次に設備を狙われたらどうする?」
悠真は補給設備の方向を確認した。
現在のBOSSは攻撃班へ向いている。しかし、背部砲台の向きが変われば、補給設備にも攻撃が届く可能性がある。
「全員がBOSSを攻撃する必要はない。設備を守る人数も残しておこう」
KAIが答えた。
「そうだな。倒すことだけに集中して、設備が壊れたら意味がない」
悠真たちは、補給設備の周辺に残ることにした。
しばらくすると、BOSSの動きが変わった。
岩場の中央へ向かっていた機体が、突然、後退を始めたのだ。
「逃げるのか?」
近くのプレイヤーが声を上げた。
しかし、BOSSは戦闘区域から離れようとしているようには見えなかった。
後退しながら脚部の位置を調整し、岩山の斜面へ体を向けている。
「また地形を使うつもりかもしれない」
悠真は、以前の攻撃で崩れた岩場を見た。
敵はプレイヤーの攻撃を受けるだけではなく、周囲の地形も利用しているように見える。
ただし、何を目的に動いているのかまでは分からない。
BOSSが脚部を岩場へ固定した。
背中の砲台が、一斉に動き始める。
今度は複数の砲台が異なる方向を向いていた。
「全員、散開!」
誰かが叫んだ直後、砲撃が始まった。
岩場の数か所で爆発が起こる。
攻撃班のプレイヤーたちは散開したが、岩壁の陰へ向かう途中で進路を失った者もいた。
補給設備の近くにも衝撃が伝わり、整備用の機材が倒れる。
【補給設備耐久値:43%】
「設備の修理が追いつかなくなるぞ!」
悠真は周囲を見渡した。
防衛班の一部が、倒れた機材を戻そうとしている。しかし、まだ小型機も残っていた。
BOSSを攻撃するプレイヤーは多い。
それでも、補給設備の周囲に人がいなければ、戦闘そのものが不利になる。
悠真はKAIとRIONに連絡した。
「俺たちは設備の近くを守る。小型機を先に片づけよう!」
「了解!」
三人は攻撃対象を切り替えた。
KAIが接近してくる小型機を引きつけ、RIONが射撃で数を減らす。悠真は補給設備の周囲を動きながら、近づいてくる敵を一機ずつ迎撃した。
すべてを防ぐことはできなかった。
設備の一部は損傷し、修理には時間がかかった。
それでも、補給物資が失われる事態は避けられた。
【補給設備耐久値:39%】
【設備保護:継続中】
残り時間は九分。
BOSSの耐久値は十一パーセントだった。
⸻
戦場の空気が変わった。
敵の耐久値が減るにつれ、攻撃班のプレイヤーたちは再び集まり始めた。
「あと少しだ!」
「全員で攻撃すれば間に合う!」
そんな声がロビーの戦闘通信に流れる。
悠真もBOSSを見ていた。
確かに、あと少しで倒せる可能性はある。
だが、補給設備の耐久値は低いままだ。
「KAI、どうする?」
悠真が尋ねると、KAIはBOSSと補給設備を交互に見た。
「今の人数なら、俺たちが攻撃に戻らなくても、BOSSを削れるかもしれない。ただし、設備がまた狙われたら戻る」
「分かった」
RIONも同意した。
「私はここからでも射線が通る。設備を守りながら、攻撃できる範囲だけ狙うよ」
三人は位置を調整した。
悠真は無理にBOSSへ接近せず、補給設備への経路を確保する。KAIは防衛線の前方に立ち、RIONは安全な位置から射撃を続けた。
BOSSの耐久値が七パーセントまで減った。
そのとき、敵が再び上半身を回転させた。
砲台が補給設備の方向を向く。
悠真はすぐに動いた。
「来るぞ!」
しかし、今回は砲撃が放たれる前に、攻撃班のプレイヤーたちが集中攻撃を加えた。
複数の攻撃が背部へ命中し、砲台の一つが大きく傾く。
BOSSの動きが止まった。
【BOSS耐久値:3%】
戦場全体から攻撃が集中した。
近接武器が脚部を捉え、遠距離射撃が装甲の隙間へ突き刺さる。
そして、残り時間が二分を切る直前。
巨大な機体が岩場へ崩れ落ちた。
【ワールドイベント:討伐成功】
【主目標:達成】
【副目標:達成】
【補給設備:残存】
【イベント評価:A】
戦闘区域に、勝利を知らせる通知が流れた。
悠真は息を吐いた。
「間に合った……」
KAIは武器を収めた。
「今回は、守るものを残したまま倒せたな」
RIONも周囲を見渡した。
「設備も残ったし、報酬条件も達成できた。よかった」
三人は報酬を受け取り、戦闘区域からロビーへ戻った。
⸻
ロビーでは、今回の世界BOSS戦について多くの書き込みが流れていた。
【補給設備を守った人たち、ありがとう】
【最後の集中攻撃、間に合ってよかった】
【攻撃班だけなら設備が壊れていたかもしれない】
【次はもっと早く役割を分けた方がいい】
勝利を喜ぶ声もあれば、戦闘中の判断を振り返る声もある。
悠真はイベント映像を保存し、最後の数分を再生した。
自分たちが補給設備を守っている間、別のプレイヤーたちはBOSSへの攻撃を続けていた。
全員が同じことをする必要はなかった。
それぞれが異なる役割を担ったことで、主目標と副目標の両方を達成できたのだ。
「今日はうまくいったな」
悠真が言うと、KAIは答えた。
「うまくいったからこそ、次も同じになるとは限らない。今回のBOSSが設備を狙った理由も、まだ分からないしな」
「確かに」
悠真は映像を止めた。
勝利したことと、敵の行動を理解したことは別だった。
今回の戦闘では、攻撃班と防衛班の役割分担がうまく機能した。
だが、BOSSがなぜ攻撃対象を変えたのか、どこまで地形を利用していたのか。それらは、映像を見直しても簡単には分からない。
悠真は、疑問点を別のメモに残した。
⸻
運営側では、今回のイベント結果が保存されていた。
【ワールドイベント:岩山の守護機】
【討伐結果:成功】
【副目標:達成】
【補給設備:残存】
【戦闘記録:保存完了】
攻撃対象の変更、砲台の旋回、地形の破壊、プレイヤーの配置転換。
それぞれの行動が記録されていく。
一方、以前の西平原で発生した未討伐イベントの記録も、別の項目に残されていた。
両方の戦闘には、敵が複数の攻撃対象を選んだという共通点がある。
しかし、外見も行動も異なり、現時点で同じ仕組みだと判断する根拠はなかった。
記録は保存された。
結論は、まだ出されていない。
⸻
ログアウトする前、悠真は母親に世界BOSSを倒せたことを話した。
「今日はちゃんとクリアできたよ」
「よかったね。疲れていない?」
「少し疲れたけど、前よりは大丈夫」
母親は悠真の顔を見てから言った。
「じゃあ、今日はここまでにしておこう。明日も遊べるんだから」
悠真は端末を閉じた。
今回の戦闘は勝利で終わった。
守るべき設備を残し、制限時間内に敵を倒すこともできた。
それでも、分からないことは残っている。
勝ったからといって、すべてを理解できたわけではない。
悠真は夕食の準備を手伝いながら、明日は今日の映像をもう少し詳しく見直そうと考えていた。
ゲームの世界は、今日も動き続けている。
そして、次に何が起こるのかは、まだ誰にも分からなかった。




