第92章 通路の向こう側
木曜日の放課後。
悠真は帰宅すると、ランドセルを置き、宿題を済ませてからゲームを起動した。
昨日、旧設備管理路の東側通路が一部だけ開放された。
まだ安全確認は終わっていない。新しい設備が見つかったわけでもない。
それでも、以前は封鎖線の向こうに隠れていた場所を、もう少し詳しく見られるようになったのは確かだった。
ロビーでKAIとRIONに連絡すると、二人ともすぐに応じた。
【KAI:先に任務を一つやろう】
【RION:賛成。昨日は運搬の手伝いだけだったし、今日は少し戦闘もしたい】
【YUMA:じゃあ、補給拠点の防衛任務にする?】
三人は、森林集落の南にある補給拠点へ向かった。
任務内容は、一定時間、物資保管施設を敵機から守ることだった。
施設の周囲には防衛用の設備が設置されているが、一部は老朽化しており、すべてが正常に動くわけではない。
任務開始直後、敵機が正面から現れた。
KAIが前に出て敵を引きつけ、悠真が施設の入口付近を守る。RIONは高所に移動し、敵の進行方向を確認しながら射撃した。
最初の攻撃は順調に防げた。
しかし、二度目の攻撃では、敵の一部が正面を避けて側面へ回り込んできた。
「右側!」
RIONの声に、悠真はすぐに向きを変えた。
一機を撃退したものの、もう一機は施設の外壁に攻撃を加えた。
耐久値がわずかに減少する。
悠真は追撃しようとしたが、敵はすでに後退を始めていた。
「追うな!」
KAIが叫んだ。
「そいつを追ったら、入口が空く!」
悠真は足を止めた。
敵を倒すことだけに集中していた。
相手が逃げ始めたからといって、追いかける必要はない。施設を守る任務では、守るべき場所から離れないことも重要だった。
三人は配置を立て直し、残りの攻撃をしのいだ。
任務結果はA。
外壁の損傷が減点対象になったが、物資はすべて守り切った。
「昨日の対戦と同じだな」
ロビーへ戻る途中、悠真が言った。
「目の前の相手に反応して、目的を忘れかけた」
「気づいて戻れたなら、次に直せる」
KAIは短く答えた。
RIONも続けた。
「相手の動きを見るのと、自分の目的を忘れないのは別の話だからね」
悠真はその言葉を記憶してから、三人で旧設備管理路へ向かった。
⸻
現地では、昨日よりも多くの作業員が動いていた。
東側通路の入口には新しい支柱が設けられ、崩れやすい壁の一部が補強されている。
調査班のNPCが地面を測り、別の作業員が壁の継ぎ目を確認していた。
「今日は先へ進めるのか?」
KAIが尋ねると、作業員は手元の記録を確認した。
「入口から少し先までは確認できた。ただし、奥の床面はまだ不安定だ。通路全体の開放には時間がかかる」
「昨日よりは進んだんだな」
「そうだ。資材が届いたからな。だが、補修が終わった場所と、まだ調べていない場所を同じ扱いにはできない」
作業員は、通路の手前に設置された地図を指した。
【旧設備管理路・東側区画】
【入口付近:補修済み】
【第一通路:安全確認中】
【奥側地形:未確認】
【全区画開放:未定】
悠真は地図を眺めた。
通路は、現在の道路から外れた場所を通り、古い設備の基礎が見つかった地点の近くまで伸びている。
しかし、古い地図の線は途中で途切れていた。
「この先の道は、昔はどこにつながっていたんですか?」
悠真が尋ねると、作業員は首を横に振った。
「今の記録だけでは分からない。古い地図には道が描かれているが、当時の用途や終点まで記録されているわけではないんだ」
「設備を管理するための道じゃなかった可能性もある?」
「もちろんある。物資の運搬に使われていたのかもしれないし、別の施設へ向かう道だったのかもしれない。名前だけでは決められないよ」
悠真は頷いた。
名前が残っていても、実際に何に使われていたかは分からない。
それは、今まで見つけた部品や記録媒体と同じだった。
⸻
しばらくして、調査班から短い連絡が入った。
入口から先の路面を確認したところ、通路の左側に小さな空間が見つかったという。
三人は作業員の案内で、補修済みの範囲まで進んだ。
そこは、石壁がわずかに後退した場所だった。
壁の下には、四角い窪みが二つ並んでいる。
窪みの周囲には金属の縁が残っていたが、中には何もなかった。
【旧設備管理路・第一通路】
【構造物:壁面窪み】
【確認数:2】
【残存部品:なし】
【用途:不明】
【追加調査:必要】
「何かを取り付けていた跡かな」
悠真はしゃがみ込まず、少し離れた位置から観察した。
KAIが窪みの大きさを確認する。
「部品を置く場所にしては浅いな。何かを固定していた可能性はあるけど」
RIONは周囲の壁と床を見比べた。
「左右の間隔はほぼ同じ。でも、これだけじゃ何を固定していたかまでは分からない」
窪みの下には、細い溝が伸びていた。
ただし、溝は途中で途切れ、反対側へ続いているかどうかも確認できない。
悠真は記録画面を開き、見つけたものを保存した。
【壁面窪み:2】
【間隔:記録】
【接続構造:未確認】
【用途:未判定】
「これも、何かの設備とは限らないんだよな」
「そうだな」
KAIは窪みから目を離した。
「壁を作るときの構造かもしれない。別の部品を固定するためのものかもしれない。今は候補を増やすだけでいい」
調査班のNPCも、二つの窪みを別々に測量していた。
彼らは何かを発見したと騒ぐこともなく、記録を取ったあと、周囲の安全確認へ戻っていった。
悠真たちは、その先へ進まなかった。
通路の奥には、まだ調査されていない場所が残っている。
今の段階で入れば、足場を崩す可能性もあった。
⸻
その後、三人は森林集落へ戻り、装備を整理した。
RIONは補給拠点の防衛任務で使った武器の射撃記録を見直していた。
KAIは近接武器の耐久値を確認している。
悠真は、今日保存した壁面窪みの記録を、これまでの旧設備関連の情報と並べて表示した。
旧型通信設備。
埋没した設備基礎。
管理番号の欠けた金属製プレート。
旧輸送路保守所の作業記録。
そして、今回見つかった二つの窪み。
どれも古い時代のものらしいが、同じ用途だったと判断できる情報はなかった。
「全部、同じ時代のものなのかな」
悠真が言うと、RIONは少し考えた。
「そこもまだ分からない。古いというだけで、同じ時期に作られたとは限らないから」
「修理や交換があったかもしれないしな」
KAIも付け加えた。
悠真は画面を閉じた。
情報が増えるほど、何か一つの答えに近づいているように感じることもある。
けれど、増えた情報の中には、互いに関係のないものもあるかもしれない。
それを無理につなげてしまえば、間違った答えを作ることになる。
「次は、通路の奥が安全になってからだな」
悠真の言葉に、二人が頷いた。
⸻
運営側では、新たな地形情報が保存されていた。
【旧設備管理路・第一通路】
【新規構造物:壁面窪み】
【確認数:2】
【用途:未判定】
【旧型通信設備との関連性:未確認】
調査範囲が広がったことは記録された。
しかし、通信設備の記録とは別の項目として管理されていた。
現在の情報だけでは、両者を関連づける根拠がない。
その判断は変わらなかった。
⸻
ログアウトの時間が近づいた頃、悠真は母親に今日の任務について話した。
「ゲームの中で、古い通路を少し調べたんだ。壁に何かを取り付けていた跡があった」
「それで、何だったの?」
「まだ分からない。調べる場所が増えただけ」
母親は少し笑った。
「すぐに答えが出るとは限らないものね」
「うん。でも、無理に進むと危ないから、通れるようになるまで待つことにした」
「それならいいんじゃない。急いでけがをする必要はないでしょう?」
悠真は頷いた。
ゲームの中でも、現実でも、先へ進むことだけが正しいわけではない。
今できることを確認して、分からないことは分からないまま残す。
そして、次に進めるときが来たら、また調べればいい。
悠真は端末を片づけ、夕食の準備を手伝いに行った。
旧設備管理路の奥は、まだ閉じられたままだった。
その先に何があるのか。
答えは、まだ誰も知らなかった。




