第90章 道を直す理由
火曜日の放課後。
悠真が《クロスギア》に接続すると、ロビーの地域情報に新しい通知が表示されていた。
【地域情報更新】
【森林集落・旧設備管理路】
【東側区画:調査継続】
【通行状態:変更なし】
【周辺道路:修復作業中】
悠真は通知を確認し、カイに連絡した。
【YUMA:東側はまだ通れないみたい】
【KAI:なら、今日は別の任務をやるか?】
【YUMA:そうしよう。修復作業も少し気になるけど】
【RION:俺も参加できる。先に任務を終わらせてから見に行こう】
三人は、森林集落と北側の集落を結ぶ資材輸送任務を選んだ。
任務の説明は簡単だった。
指定された資材を輸送車両に積み、途中の検問所を通過して、北側の集落まで届ける。
戦闘が発生する可能性はあるが、危険度は通常だった。
悠真は機体の装備を確認してから出発した。
⸻
輸送車両は、森林集落の資材置き場からゆっくりと動き始めた。
途中の道では、NPCの作業員たちが路面の補修を行っていた。
車両が近づくと、作業員の一人が手を上げた。
「少し待ってくれ。路面の確認をしている」
先頭の輸送車両が停止する。
悠真はマップを確認した。
予定されていた経路に通行止めの表示はない。
しかし、現地のNPCは通行を止めていた。
「任務の経路には問題ないはずだけど……」
「現場で何か見つかったんじゃないか?」
カイが答えた。
やがて作業員が戻ってきた。
「路面の一部が沈んでいる。大型車両を通すと、さらに崩れる可能性がある」
【経路情報更新】
【路面状態:一部不良】
【大型車両:通行保留】
【代替経路:確認中】
輸送隊の責任者が地図を開いた。
「西側の道を使えば、遠回りになるが通行できるはずだ」
別のNPCが反対した。
「西側は修復作業中だ。資材車両が通れば、作業に影響するかもしれない」
二人は地図を見比べながら話し合った。
悠真たちは、その様子を待つことになった。
「プレイヤーが決めるんじゃないんだな」
悠真が小さく言った。
「護衛するのが任務だからな。経路の管理まで全部こっちが決めるわけじゃないだろ」
カイの言葉に、リオンもうなずいた。
しばらくして、輸送隊の責任者が決定を伝えた。
「北側の道は使わない。西側の修復担当と連絡が取れた。作業区域を避ける経路を確保できたので、そちらへ進む」
輸送隊は経路を変更した。
悠真たちは車両の前後に付き、周囲を警戒しながら進んだ。
途中、小型の敵機が現れたものの、三人が連携して撃退した。
輸送車両は予定より遅れて目的地に到着した。
【任務結果:成功】
【輸送物資:損失なし】
【経路変更:記録済み】
【任務時間:延長】
悠真は結果画面を見た。
「道が壊れていたから遠回りした。それだけなんだけど、思ったより時間がかかったね」
「実際に物を運ぶなら、そういうこともあるだろ」
カイが答えた。
「最短の道が、いつでも一番使いやすいとは限らないってことだな」
リオンはそう言って、輸送任務の記録を閉じた。
⸻
任務を終えた三人は、森林集落へ向かった。
旧設備管理路の入口では、道路の修復作業が進んでいた。
前に見た石壁の近くで、NPCたちが崩れた土砂を取り除き、地面の状態を確認している。
ただし、旧設備の調査区域と道路修復区域は、目印によって明確に分けられていた。
悠真は修復担当者に声をかけた。
「この道は、いつごろ通れるようになるんですか?」
担当者は工具を置き、地図を確認した。
「今のところ、通行再開の日時は決まっていない。崩れた場所の地盤を調べて、必要な補強をしてからだ」
「旧設備の調査とは別に進めているんですか?」
「そうだ。こっちは道路の安全を確保する作業だ。設備の用途が分からなくても、道を使う必要はあるからな」
担当者は、道路の向こうを指さした。
「この先には資材置き場や、以前から使われている保守施設がある。道が使えないと、物資の運搬に余計な時間がかかる」
悠真は地図を見た。
旧設備管理路は、古い設備を調べるためだけに存在しているわけではない。
周辺の施設をつなぎ、人や物が移動するための道でもある。
「じゃあ、調査が終わる前に、道路だけ先に直すこともあるんですね」
「必要ならな。ただし、設備の調査を妨げないように、作業する場所は調整する」
修復担当者は再び工具を手に取った。
「どちらも必要な仕事だから、順番を考えて進めているんだ」
三人は作業の邪魔にならない場所へ移動した。
カイが周囲を見回す。
「道路を直す人と、設備を調べる人が別々にいるんだな」
「仕事が違うからじゃない?」
悠真が答えた。
「同じ場所にいても、やることは違うんだろうね」
リオンは地面に並べられた資材を見ていた。
「それに、道路を直す理由は設備の謎を解くことじゃない。通れないと困る人がいるからだ」
悠真はうなずいた。
目の前の作業員たちは、古い設備の正体を知っているわけではない。
それでも、自分たちの仕事を進めている。
世界にあるすべての問題が、一つの謎を解けば解決するわけではなかった。
⸻
そのとき、入口付近にいた別のNPCが、修復担当者へ声をかけた。
「北側の資材置き場から連絡が来た。補修用の固定具が足りないそうだ」
「どれくらい必要だ?」
「予定していた分では足りない。路面の状態が想定より悪かったらしい」
修復担当者は、手元の記録を確認した。
「分かった。資材管理の担当に追加分を確認してもらおう。こちらの作業は、必要なら順番を変える」
その会話を聞いた悠真は、少し前に受けた輸送任務を思い出した。
路面の状態が悪くなり、輸送経路が変更された。
その影響で、予定していた作業にも変更が生じている。
もちろん、同じ出来事が直接つながっているとは限らない。
しかし、道路の状態や資材の量、作業の順番によって、現地の仕事が変わることはある。
悠真は地域情報を確認した。
新しい任務はまだ表示されていない。
修復作業の完了時刻も分からない。
それでも、NPCたちは足りない資材を確認し、作業の順番を調整しようとしていた。
「何か手伝えることはありますか?」
悠真が尋ねると、担当者は首を横に振った。
「今は資材の確認が先だ。必要になれば、輸送の依頼を出す」
「分かりました」
三人は無理に仕事へ入り込まず、入口を離れた。
今日のところは、調査にも修復にも大きな進展はなかった。
それでも、現地の状況は少しずつ変化している。
⸻
開発側では、通常任務と地域活動の記録が更新されていた。
【資材輸送任務】
【経路変更:発生】
【変更理由:路面状態】
【輸送結果:成功】
【任務時間:延長】
別の項目には、旧設備管理路の修復記録が表示されていた。
【道路修復】
【補修用資材:不足】
【資材追加確認:開始】
【作業順序:調整中】
担当者は二つの記録を確認した。
「輸送任務と道路修復の記録が、どちらも経路や資材の変更を含んでいますね」
「ただし、これだけで同じ作業計画に属しているとは限らない。場所と時間、担当組織を照合してから判断しよう」
「分かりました」
担当者は記録を保存した。
NPCの活動は、個々の任務だけでは完結していない。
しかし、関連しているように見える出来事を、すべて同じ計画にまとめることもできない。
確認できる情報を残し、関係が分からないものは保留する。
その手順は、旧設備の調査でも変わらなかった。
⸻
ログアウトした悠真は、母親と一緒に夕食の準備をしていた。
「今日は古い設備のこと、分かった?」
「設備のことは、あまり進んでないよ。でも、近くの道路を直している人たちの話を聞いた」
「道路を?」
「うん。古い設備を調べるのとは別に、道を使えるようにする必要があるんだって」
悠真は野菜を皿に並べた。
「道が使えないと、資材を運ぶのも大変になるから」
母親はうなずいた。
「それなら、設備の謎が解けるまで待っているわけにはいかないね」
「そういうこと。必要な仕事は、必要な仕事として進めているんだと思う」
母親は料理を運びながら言った。
「全部が分かってから動くわけじゃないのね」
悠真は少し考えた。
「分からないことがあっても、できることはあるからね。ただ、危ないところは確認しないといけないし、勝手に進めていいわけでもない」
「それなら、今日のゲームは勉強になった?」
「……たぶん」
二人は笑った。
夕食の後、悠真は端末を片づけた。
旧設備管理路の謎は、まだ解けていない。
東側の通路も、通行できる状態にはなっていない。
けれど、道を直す人たちは、設備の正体が分かるのを待ってはいなかった。
彼らには、彼らが解決しなければならない問題がある。
悠真は、今日の出来事を思い返した。
一つの場所で起きていることにも、違う立場から見れば、違う理由がある。
そして、その理由が違うからといって、必ずしも互いに無関係とは限らない。
まだ何も決めつける必要はなかった。
明日もまた、ゲームの世界では、それぞれの仕事が続いていく。




