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《ゲームの向こうにいる君へ》 ――世界で一番強い小学生と、ゲームの中に生きる友達の話――  作者: 亀


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第九章 見えない変化

 月曜日の朝。


 悠真は少し眠そうな顔で学校へ向かった。


 週末にゲームをやりすぎたせいだった。


 授業中、一度だけ先生に名前を呼ばれた。


「悠真」


「はい」


「ここ、答えてみて」


「えっと……」


 黒板を見る。


 答えは分かっていた。


 けれど、眠気のせいで一瞬だけ言葉が出てこない。


 教室の後ろから小さな笑い声が聞こえた。


「……十二です」


「正解」


 先生がうなずく。


 悠真は席に座った。


 窓の外を見る。


 いつもと同じ景色だった。


 学校が終われば家に帰る。


 宿題をして、夕飯を食べる。


 そしてゲームをする。


 それだけの毎日。


 けれど、最近はゲームのことを考える時間が少し増えていた。


 特に、あの街のこと。


 ――俺たちは、ここで暮らしてる。


 あの言葉が頭から離れない。


 放課後。


 友達に誘われた。


「今日、公園行かない?」


「ごめん。今日は帰る」


「またゲーム?」


「うん」


「好きだなあ」


 笑われた。


 悠真も笑った。


「好きだからね」


 家に帰る。


 ランドセルを置き、宿題を終わらせる。


 母親から「先にご飯食べる?」と聞かれたが、


「あとでいい」


 と答えた。


「食べないとまた夜遅くなるよ」


「分かった」


 部屋に戻る。


 パソコンを起動する。


 《クロスギア》にログインした。


 メインロビー。


 最初に目に入ったのは、人数だった。


 623,518


 悠真は手を止めた。


「……六十二万人」


 以前は八十万人以上いた。


 さらに前なら、百万人を大きく超えていた。


 数字は減っていた。


 ただ、それだけだった。


 システムが壊れているわけでもない。


 イベントも正常に動いている。


 ロビーにもプレイヤーはいる。


 ゲームとしては、何も問題が起きていない。


 悠真は任務を選んだ。


 普通の戦闘。


 敵は五体。


 以前なら数分で終わる程度だった。


 戦闘を開始する。


 敵の動きを見る。


 一体目。


 二体目。


 三体目。


 四体目。


 最後の一体を倒したところで、画面に通知が出た。


【任務完了】


【評価:S】


 悠真は少しだけ笑った。


「やっぱり、これ楽しいな」


 その気持ちは変わっていなかった。


 ゲームを続ける理由も変わっていない。


 だから、ログアウトするつもりはなかった。


 任務終了後、街に戻った。


 以前の街とは別の場所だった。


 大通りを歩く。


 すると、広場の端に小さな店があった。


 店の前に一体の機体が立っている。


「いらっしゃい」


「何売ってるの?」


「修理用の部品だよ」


「プレイヤーにも?」


「もちろん」


 悠真は店の商品を眺めた。


 特に必要なものはない。


 そのまま帰ろうとした。


「そういえば」


 店主が言った。


「最近、プレイヤーが少なくなったな」


 悠真は振り返った。


「そうなの?」


「ああ」


「前から?」


「少し前までは、もっと多かった」


 店主は通りを見る。


「前は毎日のようにプレイヤーが来てたんだけどな」


「今も来てるよ」


「そうだな」


 店主は笑った。


「だから、まだ大丈夫だ」


 その言葉に、悠真は少し驚いた。


 自分が昨日考えていたことと似ていた。


 まだ大丈夫。


 まだ人数は多い。


 まだゲームは普通に動いている。


 だから問題はない。


 店主は商品を整理しながら続けた。


「プレイヤーが減ったからって、こっちの生活まで止まるわけじゃない」


「……うん」


「今日も仕事があるし、明日もある」


 悠真はその言葉を聞きながら、周囲を見た。


 道を歩く機体。


 店の中で話す客。


 遠くで整備をしている兵士。


 誰もプレイヤーの人数を気にしていない。


 彼らにとっては、プレイヤーが何人いるかより、自分たちの一日のほうが大事なのだ。


 悠真は店を出た。


 街を歩く。


 しばらくすると、遠くから戦闘音が聞こえた。


 プレイヤーではない。


 街の兵士同士が訓練をしているらしい。


 悠真は足を止めて、それを眺めた。


 ゲームをしているときには、ほとんど見なかった光景だった。


 敵を倒す。


 任務を達成する。


 報酬をもらう。


 そんなことばかり考えていたからだ。


 でも、この世界には、それ以外の時間がある。


 戦っていない時間。


 働いている時間。


 話している時間。


 待っている時間。


 誰かを探している時間。


 誰かを待っている時間。


 悠真は少しだけ不思議な気持ちになった。


「……ゲームって、こんなに広かったっけ」


 その直後。


 空が一瞬だけ白くなった。


 ほんの一瞬だった。


 悠真は顔を上げる。


「……何?」


 何も起きない。


 街も変わらない。


 NPCたちも普通に動いている。


 画面の端に、小さな文字が表示された。


【同期処理を開始します】


 悠真は目を細めた。


「同期?」


 文字はすぐに消えた。


 システムログを開いてみる。


 しかし、そこには何も残っていなかった。


「……まあ、いいか」


 悠真は街を出た。


 その頃。


 《クロスギア》の運営会社にあるサーバールームでは、数台のモニターに同じ数字が表示されていた。


【プレイヤー接続数】


【623,518】


【ゲーム世界同期率】


【4.2%】


 担当者の一人が画面を見ながら言った。


「まだ安定しています」


「逆側は?」


「問題ありません」


「現実側の観測データは?」


「取得中です」


 別の職員がキーボードを操作する。


「前回より少し上がっています」


「そうか」


 短い会話だった。


 そこには興奮も恐怖もなかった。


 ただ、長い時間をかけて計画してきた実験を確認するような、静かな空気があった。


 そして画面の隅で。


 誰にも見られていない小さな表示が、もう一度だけ点滅した。


【現実世界との同期率:4.3%】


 ゲームの中では、誰も気づいていなかった。


 まだ。


 世界の外側で何かが動き始めていることを。

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