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《ゲームの向こうにいる君へ》 ――世界で一番強い小学生と、ゲームの中に生きる友達の話――  作者: 亀


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第八章 帰る場所

土曜日の朝。


 悠真は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。


 カーテンの隙間から、薄い光が入っている。


 しばらく布団の中で天井を眺めていたが、母親が台所で食器を並べる音が聞こえてきた。


「悠真、起きてる?」


「起きてる」


「じゃあ、顔洗ってきなさい。朝ご飯できるよ」


「うん」


 悠真は布団から出た。


 洗面所で顔を洗い、居間へ行く。


 テーブルにはご飯と味噌汁、それから焼いた魚が置かれていた。


「今日はゲームするの?」


「する」


「宿題は?」


「朝ご飯のあとやる」


「本当に?」


「本当に」


 母親は少しだけ悠真を見る。


「昨日もそう言ってたけど」


「昨日は……ちょっと長くなった」


「ゲーム?」


「うん」


「まあいいけど、先にやることやってね」


「分かってる」


 いつもの会話だった。


 悠真にとっては、それも大切な一日の一部だった。


 朝ご飯を食べる。


 宿題をする。


 終わったらゲームをする。


 それから昼ご飯。


 午後も少し遊ぶ。


 夕方になったら母親に呼ばれる。


 ゲームの中とは違う。


 こちらには学校があり、家があり、家族がいる。


 悠真はそんなことを考えながら、宿題を終わらせた。


 時計を見る。


 午前十時二十三分。


「よし」


 自分の部屋に戻り、パソコンの電源を入れる。


 《クロスギア》を起動した。


 画面が切り替わる。


 ログイン画面。


 いつもの音楽。


 そして――


 メインロビー。


 悠真は少し驚いた。


 昨日より静かだった。


 もちろん、まだ大勢いる。


 チャットも流れている。


 装備を確認しているプレイヤーもいる。


 新しい任務を探している人もいる。


 それでも、以前とは違った。


 少し前までは、ログインした瞬間に大量の通知が表示されていた。


 今は、その数が明らかに少ない。


 画面の隅を見る。


 オンラインプレイヤー。


 842,316


「……八十万人」


 悠真は数字を口にした。


 以前は百万人を超えていた。


 それでも八十万人以上いる。


 まだ十分多い。


 そう思った。


 ランキングを開く。


 自分の名前が一番上にある。


 1 YUMA


 その下に、見覚えのある名前が並んでいる。


 けれど、以前一緒に戦ったプレイヤーの名前がいくつも消えていた。


 引退したのかもしれない。


 別のゲームへ移ったのかもしれない。


 忙しくなったのかもしれない。


 理由は分からない。


 悠真はランキングを閉じた。


 そのとき、チャット欄に一つの文章が流れた。


『今日のワールドボス、参加する?』


『たぶん』


『最近きつくない?』


『きつい』


『でもYUMAいるなら何とかなるでしょ』


 悠真は画面を見つめた。


 少しだけ嫌な感じがした。


「……僕が?」


 別のプレイヤーが返事をする。


『最近YUMA頼みになってるよな』


『まあ、実際強いし』


『俺は今日はやめとく』


 その文章のあと、名前がロビーから消えた。


 ログアウトしたのだろう。


 悠真は何も言わなかった。


 昼過ぎ。


 ワールドボスの予告が表示された。


【緊急世界イベント】


【ワールドボス出現まで 10:00】


 ロビーが少し騒がしくなる。


 悠真も準備を始めた。


 装備を確認する。


 回復アイテム。


 エネルギー。


 武器。


 全部問題ない。


 カウントダウンが始まる。


 十。


 九。


 八。


 悠真は画面を見つめた。


 七。


 六。


 五。


 四。


 三。


 二。


 一。


【ワールドボスへの転送を開始します】


 画面が白くなる。


 次の瞬間。


 巨大な戦場が現れた。


 大勢のプレイヤーが一斉に出現する。


 空には巨大な敵。


 地上には無数の機体。


 戦闘が始まった。


 以前なら、悠真もその熱気を楽しんでいた。


 けれど今日は違った。


 戦いながら、さっきのチャットが頭に残っていた。


 ――YUMAがいるなら何とかなる。


 敵の攻撃を避ける。


 反撃する。


 別のプレイヤーを助ける。


 いつもの動きだった。


 だが、戦場を見渡してみる。


 人数が少ない。


 以前は画面いっぱいに機体がいた。


 今は、ところどころに空白がある。


 戦いは一時間もかからず終わった。


【ワールドボス討伐成功】


【参加人数:42,781】


 悠真はその数字を見た。


「四万人……」


 以前は十万人を超えていた。


 それでも四万人いる。


 十分だ。


 そう思おうとした。


 だが、今度は少しだけ違った。


 ロビーに戻る。


 参加者たちが一斉に戻ってくる。


『お疲れ』


『今回きつかった』


『次はもう無理かも』


『俺も』


 そんな言葉が流れていく。


 そして、一人、また一人とログアウトしていく。


 悠真はしばらく動かなかった。


 ロビーの中央に立ったまま、周囲を見る。


 そのとき。


 遠くに見覚えのある名前が表示された。


 以前、一緒に戦ったプレイヤーだった。


 悠真はチャットを送った。


『久しぶり』


 しばらく返事がなかった。


 やがて返ってくる。


『久しぶり』


『最近どうしてる?』


『普通だよ』


『また一緒にやろうよ』


 少し間があった。


『……どうかな』


『ゲーム、嫌いになった?』


『嫌いじゃない』


 そこで止まった。


 しばらくして、もう一度文章が届く。


『ただ、ゲームのために時間を使うのが、前ほど楽しくなくなった』


 悠真は画面を見つめた。


『そっか』


 それしか返せなかった。


『悠真はまだ続けるの?』


『うん』


『そっか』


 その人は、それだけ言ってログアウトした。


 悠真はロビーに残った。


 画面の隅に表示されている数字を見る。


 801,204


 いつの間にか、また減っていた。


 悠真は椅子にもたれた。


 ゲームを続ける理由は、まだある。


 楽しいから。


 それだけだった。


 でも。


 自分が楽しいと思っているものを、他の人も同じように楽しいとは限らない。


 その当たり前のことが、今日は少しだけ重く感じられた。


 その日の夜。


 ゲームを終えてパソコンを閉じる前に、悠真は一度だけロビーを振り返った。


 たくさんのプレイヤーがいる。


 それなのに。


 なぜか、少し広く見えた。


 まるで、誰かがいなくなった場所だけが、はっきり見えるようになったかのように。


 悠真は電源を切った。


 そして、いつものように母親のいる居間へ向かった。


「悠真、ご飯冷めるよ」


「今行く」


 ゲームの外では、何も変わっていなかった。


 それが、その夜は少しだけ安心できた。

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