第七章 そこに住んでいる人たち
MVPになってからも、悠真の遊び方は変わらなかった。
ロビーで任務を選ぶ。
出撃する。
敵を倒す。
戻ってくる。
たまにランキングを見る。
それだけだった。
けれど、ゲームの中で過ごす時間が長くなるにつれて、悠真は少しずつ別のものを見るようになった。
任務を終えたあと、すぐにログアウトせず、街を歩くことが増えた。
ゲームの中には、プレイヤーが操作する機体だけが存在しているわけではない。
街には普通に人がいる。
店を開いている者。
整備をしている者。
道を歩いている者。
子供を連れている者。
兵士。
商人。
技術者。
それぞれが自分の生活をしている。
悠真は最初、それらを単なる背景だと思っていた。
ゲームを進めるために配置されたキャラクター。
話しかければ決められた文章を返す。
任務を受ければ必要な情報を教える。
それがゲームというものだと思っていた。
ある日のことだった。
悠真は小さな町に立ち寄った。
整備工場の前で、一人の機体が作業をしていた。
悠真が近づく。
「こんにちは」
「おう」
機体は顔を上げた。
「今日はどうした?」
「ちょっと通っただけ」
「そうか」
それだけだった。
悠真もそのまま離れようとした。
すると、相手が言った。
「この前の戦い、見てたぞ」
「え?」
「お前、無茶するな」
「……見てたの?」
「見てたよ。街の中で戦ってただろ」
悠真は少し驚いた。
これまで、NPCが自分の戦いについて具体的に話すことはほとんどなかった。
「怖くなかったの?」
「怖いさ」
相手は当たり前のように答えた。
「俺たちだって死にたくない」
悠真は黙った。
ゲームのキャラクターなら、そんな答え方をする必要はない。
そう思った。
けれど、相手は続けた。
「それでも、街が壊されたら困るからな」
「……そうだね」
「お前たちプレイヤーは、終わったら帰れるだろ」
「うん」
「俺たちは、ここで暮らしてる」
悠真は返事ができなかった。
その言葉は、妙に残った。
俺たちは、ここで暮らしてる。
当たり前のことのように言った。
悠真はその日、いつもより長く街にいた。
夕方になる。
店が閉まる。
整備工場の灯りが消える。
街の中を歩く機体の数も減っていく。
ゲームの時間が夜になったのだ。
悠真は空を見上げた。
ゲームの空にも夜がある。
月がある。
星がある。
最初は、それもただの演出だと思っていた。
けれど、街の人たちは本当に一日を終えていた。
家へ帰る。
明日の仕事の話をする。
食事をする。
眠る。
そして翌日になる。
悠真は初めて、それを不思議だと思った。
「……ここって、本当にゲームなのかな」
独り言だった。
誰にも聞かれていない。
次の日。
悠真は別の街へ行った。
そこでは子供たちが道路の端で遊んでいた。
悠真が近づくと、一人が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、プレイヤー?」
「うん」
「強い?」
「まあ……少し」
「じゃあ、今度うちの街も守ってよ」
悠真は笑った。
「うん」
軽く答えた。
そのときは、それだけの約束だと思っていた。
けれど、その言葉を言ったあと。
悠真は少しだけ考えた。
自分がログアウトしても。
この子たちはここに残る。
自分がゲームをやめても。
この街は続いていく。
ワールドボスが終わっても。
この世界では次の日が来る。
悠真はロビーへ戻った。
そこには大勢のプレイヤーがいた。
いつもの光景だった。
チャットも流れている。
ランキングもある。
イベントもある。
けれど、さっきまでいた街のことが頭から離れなかった。
ゲームの中では、プレイヤーが中心だと思っていた。
プレイヤーがログインして。
任務を受けて。
敵を倒して。
報酬をもらう。
ゲームはそのために存在している。
少なくとも、悠真はそう思っていた。
でも。
街にいる人たちは、プレイヤーがいなくても生活している。
彼らにとっては、プレイヤーが来る前から街があった。
そしてプレイヤーが帰ったあとも、街は残る。
悠真はロビーの中央で立ち止まった。
周囲を見回す。
何百人ものプレイヤーがいる。
その向こう側には、ゲームの世界がある。
悠真はまだ、その二つを別々のものとして考えていた。
プレイヤーの世界。
ゲームの世界。
けれど、その境界が本当にそこにあるのか。
そのときの悠真には、まだ分からなかった。




