第88章 変わっていく配置
日曜日。
悠真が《クロスギア》に接続すると、ロビーには週末らしい賑わいが戻っていた。
通常任務の募集が次々と更新され、ランキング戦の待機人数も増えている。装備交換所では、昨日まで見かけなかった機体パーツが出品されていた。
悠真は掲示板を眺めながら、今日は何をしようか考えた。
旧設備管理路の調査は気になる。
しかし、調査が進むのを待つだけでは、ゲームの時間を持て余してしまう。
「今日は先にランキング戦をやろうかな」
ロビーで合流したカイにそう伝えると、彼はすぐに返事をした。
「いいぞ。ただし、昨日までと同じ戦い方をするなよ」
「分かってるって」
「本当に?」
「……分かってるつもり」
リオンが二人の会話に割って入った。
「その言い方だと、まだ分かってない気がするけどな」
悠真は反論しようとしたが、うまい言葉が見つからなかった。
結局、三人はそのままランキング戦へ向かった。
⸻
最初の試合では、相手チームは遠距離攻撃を中心とした編成だった。
リオンは射線を切りながら敵の位置を探り、カイは前線を押し上げる。
悠真は二人の動きに合わせて、空いた場所を埋めていった。
試合は序盤から優勢だった。
しかし、中盤に差しかかったところで、敵の一機が突然、後方へ下がった。
悠真は追撃を考えた。
耐久値が減っている。ここで倒せば、相手の戦力を一つ減らせる。
だが、その機体は明らかに悠真を誘っていた。
昨日までの悠真なら、相手の耐久値を見て追いかけていたかもしれない。
今日は違った。
「カイ、前に出すぎないで。リオン、右側の敵を見てくれる?」
「了解」
「分かった」
悠真は追撃をやめ、味方の位置を確認した。
数秒後、後退した敵機の背後から、もう一機が現れた。
悠真が追いかけていれば、二機に挟まれていた可能性が高い。
「なるほどな」
カイが短く言った。
「今のは追わなくて正解だった」
その後、三人は相手の陣形を崩し、試合に勝利した。
【ランクマッチ:勝利】
【チーム連携:良好】
【戦闘記録:保存】
ロビーへ戻った悠真は、勝利の表示を見て笑った。
「今回はうまくいったね」
「今回はな」
カイは相変わらずだった。
「一回うまくいったからって、次も同じとは限らない」
「それは分かってるよ」
「ならいい」
リオンは戦闘記録を閉じた。
「でも、前よりは相手の動きを見ていたと思う。追撃するかどうかを、耐久値だけで決めなかった」
悠真はうなずいた。
勝てたことよりも、昨日とは違う判断ができたことが嬉しかった。
ただし、それを新しい正解として覚えるつもりはなかった。
相手が本当に逃げている場合もある。
味方が援護できない場合もある。
追撃しなければ、逆に不利になる場面もある。
必要なのは、いつでも同じ行動をすることではない。
状況を見て、判断を変えることだった。
⸻
昼過ぎ、三人は森林集落へ向かった。
旧設備管理路の入口では、調査員たちが地図を広げて話し合っていた。
昨日まで地面に置かれていた測量用の目印が、一部移動している。
「何か変わりましたか?」
悠真が尋ねると、調査員が振り返った。
「基礎の周囲を再測量した。最初に想定していた形より、少し東側へ広がっているらしい」
端末に新しい地図が表示された。
【旧設備基礎】
【調査範囲:更新】
【構造推定:再計算中】
【設備本体:未確認】
【用途:不明】
以前の記録では、基礎は比較的小さな構造物だと考えられていた。
しかし、周囲の地面を調べた結果、埋没している部分が想定より広い可能性が出てきたという。
「じゃあ、何か大きな設備があったんですか?」
「まだ何とも言えない。基礎が大きいからといって、設備本体も大きかったとは限らないからな」
調査員は別の画面を開いた。
そこには、周囲の地形と、発見された固定穴の位置が示されていた。
「土が積もったことで、もともとの地形が変わっている可能性もある。古い地図との照合も必要だ」
悠真は地図を見つめた。
地面の上から見れば、ただの金属板が埋まっているだけに見える。
少し掘れば固定穴が見つかり、さらに調べれば、最初に考えていた形とは違う構造が見えてくる。
最初の印象だけでは、全体は分からない。
「全部を掘り出すのは大変そうですね」
「時間はかかるだろう。周囲の地盤も確認しながら進める必要がある」
調査員はそう答え、作業に戻っていった。
三人は、立ち入りが許可されている場所から新しい測量点を確認した。
昨日までの目印とは異なる場所に、いくつかの番号が追加されている。
そのうちの一つには、簡単な説明が付いていた。
【測量点:M-06-B】
【位置:基礎東側】
【地形情報:更新】
【調査状態:継続】
カイが画面を見た。
「M-06-Aの次だから、単純に次の測量点ってことか?」
「たぶんね。でも、番号が続いていることと、設備の番号がつながっていることは別だよ」
悠真が答えると、リオンが小さく笑った。
「最近、そういうことをよく言うようになったな」
「だって、前にそれで勘違いしそうになったから」
悠真は地図を保存した。
新しい測量点が増えた。
基礎の形状について、これまでの推定が修正された。
それ以上のことは、まだ分からない。
しかし、調査範囲は少しずつ具体的になっていた。
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調査員たちが作業を続ける一方で、森林集落の別の場所では、NPCの修理工たちが運搬用の荷車を修理していた。
荷車の車輪を交換し、荷台の板を固定し直している。
近くでは、資材を運んできたNPCが、修理の終わるのを待っていた。
「この荷車、昨日も修理していなかった?」
悠真が尋ねると、近くの作業員が答えた。
「昨日は左側の車輪を直した。今日は荷台の固定具を交換している」
「同じ荷車なのに、別々に修理するんだ」
「車輪と荷台では、壊れる場所が違うからな」
作業員は固定具を締め直し、荷車を押して動きを確かめた。
「これなら、しばらく資材を運べるだろう」
修理が終わると、荷車は資材置き場へ向かっていった。
悠真は、その様子を見送った。
旧設備の調査も、道路の修復も、荷車の修理も、同じ世界の中で起きている。
しかし、それぞれの作業には別々の理由があり、別々の手順がある。
古い設備の謎を解けば、すべてが一度に分かるわけではない。
むしろ、世界には謎とは関係のない仕事も、毎日続いている。
悠真は、そういうところも《クロスギア》の面白さだと思っていた。
⸻
その日の夕方、開発側では新しい調査記録が追加された。
【旧設備基礎】
【調査範囲:拡張】
【構造推定:更新】
【用途:未判定】
【旧型通信設備との関連性:未確認】
担当者は以前の地図と、新しい測量結果を重ねて表示した。
基礎の推定範囲は、最初の記録より東側へ広がっている。
しかし、その位置にどのような設備が存在していたのかは、依然として分からない。
別の画面には、M-06の接続箱と金属製プレートの情報が表示されていた。
プレートの規格記号は一部判読できたが、具体的な設置先は特定されていない。
「基礎の範囲が変わったことで、プレートの発見位置との関係も見直す必要がありますね」
担当者が言った。
「そうだ。以前の推定を、そのまま前提にしないようにしてくれ」
「分かりました」
担当者は調査記録を更新した。
新しい情報が出れば、以前の推定が変わることもある。
それは、以前の調査が無意味だったということではない。
その時点で得られた情報から考えた結果が、追加の情報によって修正されたということだった。
記録室の画面には、修正前と修正後の地図が並んでいた。
まだ設備本体は見つかっていない。
用途も不明のままだ。
ただ、地面の下に残されたものの形は、昨日よりも少しだけ具体的になっていた。
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悠真がログアウトすると、母親がリビングで洗濯物を畳んでいた。
「今日は長かった?」
「そんなに長くないよ。ランキング戦をやって、そのあと古い設備を見に行った」
「また、あの調査?」
「うん。基礎が思っていたより広いかもしれないんだって」
母親は手を止めた。
「じゃあ、最初に考えていたことが変わったの?」
「そう。最初の地図だけでは、全部は分からなかったみたい」
「調べてみたら違った、ということね」
「うん。でも、まだ何なのかは分からない」
母親は畳み終えた服を重ねた。
「分からないことがあっても、すぐに決めなくていいんじゃない?」
悠真は笑った。
「最近、カイにも似たようなことを言われるよ」
「それは、ゲームの中で?」
「そう。相手が逃げていると思って追いかけたら、逆に罠だったりするから」
「それなら、ゲームの中でも外でも、よく見てから決めたほうがいいのかもね」
悠真は少し考えた。
「でも、ずっと考えていたら、何もできなくなることもあるよ」
母親はうなずいた。
「そうね。だから、分かるところまで調べて、それから動けばいいんじゃない?」
悠真は、その言葉を聞いて、明日の予定を考えた。
ランキング戦には、また参加するつもりだった。
旧設備管理路の調査も、進んでいれば見に行きたい。
ただし、どちらも今日と同じ結果になるとは限らない。
勝てる試合もあれば、負ける試合もある。
調査が進む日もあれば、何も新しいものが見つからない日もある。
それでも、ゲームの世界は動き続ける。
悠真は端末を片づけ、夕食の準備を手伝い始めた。
明日になれば、また別の場所で、別の何かが変わっているかもしれなかった。




