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《ゲームの向こうにいる君へ》 ――世界で一番強い小学生と、ゲームの中に生きる友達の話――  作者: 亀


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第87章 記録の外側

土曜日の朝、悠真はいつもより少し遅く目を覚ました。


昨夜はランキング戦の映像を見直していたが、途中で母親に端末を閉じるよう言われた。


「今日は休みなんだから、朝くらいゆっくりしなさい」


そう言われたことを思い出し、悠真は布団の中で少しだけ迷った。


ゲームに接続するのは楽しみだった。


けれど、昨日の対戦で見つけた課題を考え続けていたせいか、頭がまだ重い。


結局、悠真はもう一度目を閉じた。


次に目を覚ましたときには、部屋の外から食器の音が聞こえていた。


「起きた?」


「うん。今起きた」


「朝ご飯、冷める前に食べてね」


悠真は返事をして、端末には触れずに部屋を出た。


ゲームの世界は逃げない。


そう考えると、少し気が楽になった。


⸻


昼前、悠真はゲームに接続した。


週末のロビーは平日よりも賑わっていた。募集掲示板には通常任務の募集が並び、ランキング戦の参加者も増えている。


カイから連絡が来ていた。


【KAI:今日はどうする?】


【YUMA:旧設備管理路の調査状況を見たい。その前に何か任務をやろう】


【RION:俺は先にログインしてる。ロビーで待ってる】


三人は、NPCの輸送隊を支援する通常任務を受けた。


任務の目的は、物資を運ぶ輸送隊が安全に目的地へ到着できるよう、途中の危険区域を確認することだった。


出発してしばらくすると、輸送隊のNPCが突然、予定されていた道から外れた。


「そっちじゃないぞ」


カイが言った。


悠真もマップを確認した。


指定された経路は北側の道路だった。しかし、輸送隊は南側の細い道へ進もうとしている。


「道が塞がっているわけじゃないよね?」


「マップ上では問題ない」


リオンが周辺情報を調べた。


そのとき、輸送隊の先頭を走っていたNPCが足を止めた。


「北側の橋は、先ほどの点検で通行停止になりました。南側の迂回路を使用します」


任務情報が更新された。


【経路変更】


【変更理由:橋梁点検】


【輸送経路:南側へ変更】


【任務状態:継続】


悠真は少し驚いた。


任務を受けたときには、橋の点検に関する情報は表示されていなかった。


しかし、NPCたちは自分たちの判断で経路を変更し、その理由も説明している。


「こういう変更もあるんだな」


カイが言った。


「任務を受けたときの情報だけで、最後まで進むとは限らないってことか」


悠真はマップを更新した。


南側の迂回路は少し遠回りだったが、通行可能な状態だった。


三人は輸送隊に同行し、途中で小型の敵機を排除した。


任務は予定より時間がかかったものの、無事に完了した。


【任務結果:成功】


【輸送物資:損失なし】


【経路変更:記録済み】


悠真は結果画面を閉じる前に、経路変更の記録を保存した。


プレイヤーが任務を受けた後にも、世界の中では別の事情が動いている。


それを知っているかどうかで、同じ任務でも見えるものが変わるのかもしれなかった。


⸻


森林集落へ向かうと、旧設備管理路の入口には、前日よりも多くの測量用の目印が置かれていた。


作業員たちは基礎の北側を中心に調査を続けている。


悠真たちが近づくと、調査員が声をかけてきた。


「昨日のプレートについて、少し進展があった」


三人は足を止めた。


「刻印の一部が読めるようになった。管理番号ではなく、部品の規格を示す記号らしい」


調査員が画面を見せた。


【金属製プレート】


【刻印:部分復元】


【規格記号:確認】


【管理番号:不明】


【用途:未判定】


「規格が分かったなら、何の部品かも分かるんですか?」


悠真が尋ねた。


「いや。規格は部品の寸法や取り付け方法を示すものだ。どの設備に使われていたかまでは分からない」


調査員は、別の図面を開いた。


「この規格に似た固定方式は、古い設備の中で複数確認されている。ただし、現在残っている記録だけでは、具体的な設置先を特定できない」


カイは腕を組んだ。


「じゃあ、昨日の基礎に取り付けられていた可能性は?」


「否定はできない。だが、まだ証明もできない」


調査員はそう答え、画面を閉じた。


「基礎のほうは、もう少し周囲を調べる必要がある。今は安全確認が終わっていない場所もあるから、君たちは入口付近までにしておいてくれ」


「分かりました」


悠真は素直にうなずいた。


三人は指定された範囲の外側から、作業の様子を見守った。


以前なら、何か新しいものが見つかれば、すぐに答えが出ることを期待していたかもしれない。


しかし、今は違った。


新しい情報が出ても、それがどこまで確かなのかを考えるようになっていた。


規格が似ている。


固定穴の位置が近い。


発見された場所が同じ区域にある。


それらは調査を続ける理由にはなる。


けれど、それだけで同じ設備だったと断定することはできない。


「次は、基礎の全体が分かればいいな」


悠真が言った。


「そうだな」


カイが答えた。


リオンは調査区域の向こうを眺めていた。


「ただ、基礎が分かっても、何に使われていたかは別の話だろうな」


「……確かに」


三人は顔を見合わせた。


答えまでの道のりは、思っていたより長いらしい。


⸻


その日の午後、旧設備管理路では、調査とは別の作業も進んでいた。


道路の一部に崩れた土砂があり、作業員たちが通行の安全を確認していたのだ。


以前から続いていた旧輸送路の修復作業で得られた資材が、ここでも使われていた。


運搬用の車両が停まり、NPCたちが木材や固定具を運び込んでいる。


悠真たちが見ていると、作業員の一人が、別のNPCに道具を渡した。


「その固定具は、先に北側へ持っていってくれ。こっちは地面の状態を確認してからにする」


「分かった。北側の作業が終わったら戻る」


短いやり取りの後、二人は別々の方向へ歩いていった。


特別な演出はなかった。


任務の対象でもなければ、プレイヤーに報酬を与えるための出来事でもない。


ただ、作業を進めるために必要なことが行われていた。


悠真はしばらく、その様子を眺めていた。


「NPCって、プレイヤーがいなくても、こうやって仕事を進めてるんだよな」


「そういう仕組みなんだろうな」


カイが答えた。


「でも、何でも勝手にできるわけじゃない。通行できない場所は通れないし、危険なところは確認しないといけない」


リオンが付け加えた。


「人間と同じってこと?」


悠真が尋ねると、リオンは少し考えた。


「同じかどうかは分からない。ただ、決められた範囲の中で、自分たちの判断をしているようには見える」


悠真はその言葉を聞いて、もう一度作業員たちを見た。


彼らがどこまで自分で考えているのか。


どの程度まで状況に応じて判断を変えられるのか。


プレイヤーの知らないところで、どんな情報を使っているのか。


今の悠真には、まだ分からないことが多かった。


しかし、それを確かめるために、すべての作業に首を突っ込む必要はない。


目の前で起きていることを見て、分かったことを記録しておく。


それも、ゲームを楽しむ方法の一つだった。


⸻


開発側では、その日の任務記録がまとめられていた。


【輸送任務】


【経路変更:発生】


【変更理由:橋梁点検】


【輸送結果:成功】


別の画面には、旧設備管理路の調査記録が表示されている。


【金属製プレート】


【規格記号:部分確認】


【設備基礎との関連性:未確認】


担当者は、二つの記録を確認してから、NPCの作業履歴を開いた。


旧輸送路の修復。


資材の移送。


橋梁の点検。


旧設備管理路の測量。


それぞれに独立した記録が残っていた。


NPCたちの活動は、プレイヤーが参加した任務だけでは完結していない。


ある場所の修復が別の場所の通行に影響し、点検結果が輸送経路の変更につながることもある。


ただし、すべての出来事が一つの目的に向かっているわけではなかった。


担当者は、必要な情報を保存した。


現時点では、通常任務の経路変更と旧設備管理路の調査を結びつける理由はない。


記録は記録として残す。


解釈は、情報がそろってから行う。


⸻


夕方、悠真はログアウトした。


母親は、買い物から帰ってきたばかりだった。


「今日は何か進んだ?」


「古い部品の規格が少し分かった。でも、何に使われていたかはまだ分からない」


「そうなんだ」


母親は買い物袋から野菜を取り出した。


「じゃあ、分かることが増えたんだね」


悠真は少し考えた。


「うん。分からないことも、前より具体的になった」


「それなら、進んでるんじゃない?」


母親の言葉に、悠真は笑った。


確かに、昨日までは刻印が何を示しているのかさえ分からなかった。


今は、少なくとも部品の規格に関係する記号だと分かっている。


それだけでも、次に調べるべきことは少し変わる。


夕食の準備を手伝いながら、悠真は明日やりたいことを考えた。


ランキング戦に再挑戦するのもいい。


まだ受けていない通常任務を探してみるのもいい。


旧設備管理路の調査が進んでいれば、また見に行けばいい。


一つの謎だけを追い続ける必要はなかった。


ゲームの世界には、まだ知らない場所も、やったことのない任務も、出会っていないNPCもいる。


そして、古い設備についても、今はまだ答えが見つかっていないだけだった。


悠真は食卓に料理を並べた。


明日、何が分かるかは分からない。


それでも、明日になれば、また新しい一日が始まる。

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