第86章 番号のない部品
金曜日の朝、悠真は学校へ行く前に、昨日保存したゲームの記録をもう一度確認した。
旧設備管理路で見つかった金属製プレート。
画面には、発見地点と外観の画像が表示されている。刻印の一部は読み取れたものの、肝心の識別番号は復元されていなかった。
悠真は画像を拡大し、プレートの端にある二つの穴を見比べた。
「これ、何かに固定するためのものだよね……」
もちろん、それだけでは何の設備に使われていたのか分からない。
悠真は端末を閉じた。
学校へ行く時間だった。
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放課後、ロビーに接続すると、カイからメッセージが届いていた。
【KAI:今日も旧設備管理路か?】
【YUMA:そのつもり。でも、先に修理工房に寄りたい】
【RION:昨日見つかったプレートのこと?】
【YUMA:うん。森林集落の修理工房で、古い記録媒体の解析が進んでいるかもしれない】
三人は森林集落へ向かった。
集落の修理工房では、NPCの整備士が作業台に向かっていた。机の上には、以前、旧輸送路保守所から回収された記録媒体が置かれている。
「こんにちは。あの記録媒体、何か分かりましたか?」
整備士は顔を上げた。
「少しだけな。全部は無理だったが、壊れていない部分から作業記録を取り出せた」
端末の画面に、復旧した情報が表示された。
【旧輸送路保守所・作業記録】
【記録項目:設備点検】
【記録項目:資材移送】
【記録項目:施設管理】
【記録項目:設備引き渡し】
【引き渡し先:記録欠損】
【管理区分:一部復旧】
「引き渡し先は分からなかったんですか?」
「肝心な部分が壊れている。番号らしいものも残っていたが、途中で切れていてな」
整備士は別の画面を開いた。
そこには、短い英数字の断片が表示されていた。
【管理区分:H系統】
【番号:H-0□】
【詳細:欠損】
カイが画面を見つめた。
「H-012とかH-019と同じ系列か?」
「そうかもしれない。ただ、同じ文字を使っているだけの可能性もある」
整備士は慎重だった。
「古い設備の番号は、管理する組織や時期によって意味が違うこともある。番号が似ているからといって、同じ設備だと決めるのは早い」
悠真は画面を見ながら考えた。
以前、旧輸送路の調査では、H-012が道路照明、H-019が保守所の予備電源だと確認されていた。
今回の記録も、設備の管理に関するものらしい。
しかし、それ以上は分からない。
「この記録、まだ復旧できそうですか?」
「別の機材があれば、もう少し調べられるかもしれない。ただ、記録媒体そのものが傷んでいる。何でも取り出せるわけじゃない」
「分かりました。ありがとうございます」
三人は工房を後にした。
新しい情報は得られた。
けれど、旧設備管理路の金属製プレートと、この記録媒体がつながっている証拠はない。
悠真はそのことを忘れないよう、端末にメモを残した。
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その後、三人はランキング戦に参加した。
対戦相手は、機動力を重視した編成だった。
カイが前線で敵を引きつけ、リオンが遠距離から援護する。悠真は敵の配置を見ながら、二人の間にできる隙間を埋めようとした。
序盤は互角だった。
しかし、相手チームは途中で戦い方を変えた。
最初はカイを集中攻撃していた二機が、突然、悠真の機体へと向きを変えたのだ。
悠真は回避したものの、逃げ道を塞がれ、機体の耐久値を大きく失った。
「右に抜けろ!」
カイの声が届いた。
悠真はその指示に従わず、いったん後退した。
相手が追ってくるなら、リオンの射線に入る可能性がある。
しかし、敵は追撃してこなかった。
悠真が距離を取った瞬間、二機は再びカイへ向かっていった。
「……そっちが目的だったのか」
悠真はようやく気づいた。
敵は悠真を倒そうとしていたのではない。悠真に回避行動を取らせ、カイへの援護を遅らせようとしていたのだ。
気づくのが遅れた。
その間にカイの機体も大きな損傷を受け、試合は相手チームの勝利で終わった。
【ランクマッチ:敗北】
【個人戦績:支援行動の遅延】
【戦闘記録:保存】
ロビーに戻ると、悠真はしばらく黙っていた。
「また負けたな」
カイが言った。
「うん。今度は、相手が何を狙っていたのか気づくのが遅かった」
「気づいた後も、間に合わなかった」
「それもそうだね」
リオンは対戦映像を開いた。
「でも、相手の狙いが分かったのは最後の数秒だ。最初から正解を当てる必要はない。次に似た状況になったら、違う動きができるかどうかだろ」
悠真は映像を見返した。
勝つための方法が一つ分かったわけではない。
ただ、自分が見落としたものを一つ見つけた。
「次は、もう少し早く気づきたいな」
悠真はそう言って、記録を保存した。
⸻
その頃、旧設備管理路では、NPCの調査チームが作業を続けていた。
昨日見つかった金属製プレートは、すでに保護ケースに収められている。
調査員たちは基礎の周囲を測量し、固定穴の間隔や、地面から露出している部分の形状を記録していた。
やがて、別の作業員が新しい報告を持ってきた。
「基礎の北側で、もう一か所、固定穴らしい跡を確認しました」
「位置を記録してくれ。無理に掘り進める必要はない」
「分かりました」
作業員は測量端末を操作した。
【旧設備基礎】
【北側固定部:確認】
【構造情報:部分更新】
【設備本体:未確認】
【用途:不明】
新しい固定穴の位置は、昨日見つかった金属製プレートの寸法と完全には一致しなかった。
ただし、プレートが別の位置に取り付けられていた可能性もある。
調査員は結論を急がなかった。
「プレートがこの基礎の一部だったとは、まだ言えないな」
「別の設備のものだった可能性もありますね」
「そうだ。周辺の地層と、ほかに残っている部品を確認しよう」
調査チームは調査範囲を少し広げた。
その作業によって、旧設備管理路の地図には新しい測量点が追加された。
しかし、通行可能な範囲はまだ変わっていない。
プレイヤーが立ち入れる場所も、引き続き入口付近に限られていた。
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開発側では、旧設備に関する報告が整理されていた。
【旧設備管理路】
【旧設備基礎:構造情報更新】
【金属製プレート:解析継続】
【旧輸送路保守所記録:部分復旧】
【H系統:断片確認】
【各記録間の関連性:未確認】
担当者は、旧輸送路保守所の作業記録と、旧設備管理路の調査記録を並べた。
どちらにも古い設備の管理に関する情報が含まれている。
しかし、それは同じ仕組みの一部だったことを意味しない。
古い道路には、照明や電源、保守施設など、さまざまな設備があったはずだ。
それらが同じ管理区分に属していた可能性もあれば、別々の時期に設置され、後から同じ場所に残っただけの可能性もある。
担当者は、二つの記録を統合せずに保存した。
「今のところ、分かったのは設備管理の痕跡が複数残っていることだけですね」
「そうだ。何が同じで、何が別なのか。それを判断できるだけの記録が、まだ足りない」
画面には、通信設備に関する別の調査項目も表示されていた。
森林集落の通信設備。
港湾の旧型通信端末。
北側の旧市街に残された設備。
それらについても、確認できていることと、まだ分からないことが混在している。
担当者は新しい調査結果を保存し、画面を切り替えた。
旧設備管理路の調査は、引き続き現地チームに任せることになった。
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夜。
悠真は夕食を終え、翌日の学校の準備をしていた。
母親が洗濯物を畳みながら尋ねた。
「今日はゲームで何か分かったの?」
「古い記録が少し復旧した。でも、まだ何に使われていたのか分からない」
「すぐには分からないんだね」
「うん。いろいろなものが似ているけど、本当に関係があるかは別だから」
母親は畳んだ服を棚にしまった。
「じゃあ、分かったことと、分からないことを分けておけばいいんじゃない?」
悠真は少し考えてから、うなずいた。
「そうだね。あとで混ざると、何が本当に分かったのか分からなくなるから」
その言葉は、今日の調査にも、ランキング戦にも当てはまる気がした。
相手が何を狙っていたのか。
古い設備が何のために設置されていたのか。
目の前にある情報だけでは、まだ答えを出せないことがある。
だからこそ、悠真はゲームを続けていた。
すぐに正解が見つからなくても、次に何を確かめればいいのかは、少しずつ分かってくる。
そして翌日になれば、ゲームの世界では、悠真たちが知らないところでも新しい出来事が起きている。
誰かが道を直し、誰かが記録を読み、誰かがまだ名前のない設備を調べている。
世界は、答えが見つかるまで止まっていてくれるわけではなかった。




