第85章 地面の下に残されたもの
木曜日の放課後。
悠真はランドセルを机の横に置き、母親が用意してくれたおやつを食べながら、昨日の対戦映像を見返していた。
画面の中では、悠真の機体が敵の動きを読み違え、回避が遅れた瞬間に攻撃を受けていた。
「やっぱり、こっちに来ると思ったんだけどな」
「思ったことと、実際に相手がすることは違うからね」
台所から母親の声がした。
「お母さん、ゲームの話だよ」
「お母さんも、今のはゲームの話をしたつもりだけど?」
悠真は少し笑った。
もう一度映像を再生する。
相手は悠真の機体を追いかけていたのではない。逃げ道を一つずつ狭め、最後に悠真が選ぶ方向を待っていた。
負けた理由は、反応速度だけではなかった。
相手の目的を、自分が想像したものに決めつけていたのだ。
悠真は映像を止め、短くメモを残した。
それから宿題の残りを片づけ、ゲームへの接続を始めた。
⸻
ロビーに入ると、カイからメッセージが届いていた。
【KAI:今日は森林集落に行く?】
【YUMA:行く。昨日の基礎のところ、調査が進んでるかもしれない】
【KAI:その前に一つ任務。昨日の負け方をまだ引きずってないか確認する】
【YUMA:それ、確認する必要ある?】
【KAI:ある】
そこへリオンも合流した。
【RION:二人とも、今日は何をするつもり?】
【KAI:任務を一つ。その後、森林集落】
【RION:なら、俺も行く】
三人はまず、補給車両を護衛する通常任務を選んだ。
道中、敵の小型機が二度にわたって車両を狙ってきた。
一度目、悠真は前に出て敵を引きつけた。
二度目、同じ動きを読んだカイが先回りし、敵の進路を塞いだ。
「今の、昨日の対戦と同じだな」
カイが言った。
「相手が同じ動きをするとは限らないけど、同じ動きを選ぶ理由はある」
悠真は機体を旋回させ、残った敵を追い払った。
任務は無事に完了した。
特別な報酬はなかったが、悠真は戦闘記録を保存した。
負けた対戦も、成功した任務も、あとから見直せば違うものが見えてくる。
それは悠真がゲームを続ける中で、いつの間にか身につけた習慣だった。
⸻
森林集落に到着すると、旧設備管理路の入口には昨日より多くのNPCが集まっていた。
測量用の機材が並べられ、数人の作業員が地面に目印を打っている。
「昨日の場所はどうなりましたか?」
悠真が調査員に尋ねた。
「埋まっていた基礎の周囲を少し掘った。全部を露出させるには、もう少し時間がかかる」
調査員は地図を開いた。
「ただ、基礎の端に固定用の穴が見つかった。そばにあったM-06の接続箱と、寸法が似ている」
カイが地図をのぞき込んだ。
「同じ設備の部品ってことか?」
「まだ分からない。固定用の穴は、いろいろな設備で使われるからな」
調査員はそう答え、二つの記録を並べた。
M-06の接続箱。
そして、地面に埋まっていた旧設備基礎。
穴の間隔には近い部分があった。しかし、基礎の形状は地面に埋もれていて、全体を確認できていない。
「基礎の上に何が設置されていたのか、まだ分からないんですね」
「そういうことだ。設備の本体が残っているかどうかも不明だ」
調査員は地図を閉じた。
「だから、今は調査対象を増やすだけにしている。勝手に設備を動かすつもりはない」
悠真はうなずいた。
何かが似ていることと、同じものだと証明できることは違う。
ゲームの中でも、見た目が似ている機体が同じ性能を持っているとは限らない。装備の規格が同じでも、用途が異なる場合がある。
「もう少し掘ったら、何か出てくるかもしれないね」
悠真が言うと、リオンは地面を見た。
「逆に、何も出てこないかもしれない」
「それもあるね」
三人は調査員の邪魔にならない場所から、基礎の周囲を観察した。
そのとき、少し離れた場所で作業をしていたNPCが声を上げた。
「こっちにも金属片があるぞ!」
作業員たちが集まった。
地表に近い土の中から、細長い金属片が一つ見つかったらしい。
調査員はすぐに作業を止め、周囲の土を慎重に取り除いた。
現れたのは、手のひらほどの大きさの金属製プレートだった。
表面には、文字らしい刻印が残っていた。
ただし、傷や腐食がひどく、読める部分は少ない。
調査員が汚れを落とし、端末で記録を取った。
【旧設備管理路・発見物】
【物品:金属製プレート】
【発見地点:M-06-A付近】
【刻印:一部判読可能】
【識別番号:復元待ち】
【用途:不明】
「これ、基礎に取り付けられていたものかな?」
悠真が尋ねた。
「可能性はある。ただし、別の設備から流れてきた可能性もある。地中の状態だけでは判断できない」
調査員はプレートを保護ケースに収めた。
「まずは刻印を読み取る。基礎の寸法や固定穴の位置も、引き続き調べる予定だ」
三人はその様子を見届けた。
今日分かったのは、地面の下から金属片が見つかったこと。そして、その発見地点が昨日の基礎に近かったこと。
それだけだった。
それでも、昨日まで何も見えていなかった場所に、少しずつ調査の手がかりが増えている。
悠真は端末に記録を残した。
【旧設備基礎:追加調査中】
【金属製プレート:発見】
【M-06との関連性:未確認】
【設備用途:不明】
⸻
同じ頃、開発側の記録室でも、新しい調査データが追加されていた。
【旧設備管理路】
【M-06-A:測量継続】
【旧設備基礎:形状未確定】
【金属製プレート:解析待ち】
【旧型通信設備との関連性:未確認】
担当者は、M-06の記録と新しい発見物の記録を別々の項目に保存した。
「接続箱と基礎の固定穴が似ている、という報告ですね」
「そうだ。今の段階では、それ以上のことは言えない」
「刻印が読めれば、設備の管理番号が分かる可能性はありますか?」
「ある。ただし、番号が分かったとしても、用途まで分かるとは限らない」
担当者は調査履歴を閉じた。
画面の別の欄には、旧型通信設備の記録が残っている。
森林集落。
港湾施設。
北側の旧市街。
それぞれの記録には、未登録の接続先や、応答のない通信履歴が含まれていた。
しかし、今日見つかった金属製プレートには、それらと直接結びつく情報がまだない。
担当者は新しい発見物を既存の通信記録に統合せず、調査対象として保留した。
⸻
ゲームからログアウトすると、悠真は椅子の背にもたれた。
今日は新しい設備の全貌が分かったわけではない。
それでも、調査が一歩進んだことは確かだった。
母親が部屋の入口から顔をのぞかせた。
「今日はもう終わり?」
「うん。新しいものは見つかったけど、何なのかはまだ分からない」
「分からないことが増えたの?」
「……そうとも言えるね」
悠真が苦笑すると、母親も笑った。
「じゃあ、明日また考えればいいんじゃない?」
「そうする」
悠真は端末を片づけ、夕食の準備を手伝いに行った。
ゲームの中では、NPCたちが調査を続けている。
地面を掘る者。
記録を整理する者。
古い地図と現在の地形を照合する者。
プレイヤーが接続していない時間にも、彼らの仕事は続いていく。
地中から出てきた金属製プレートが何を示すのか。
M-06の接続箱と関係があるのか。
そして、かつてこの場所にどのような設備が存在していたのか。
まだ、答えはない。
けれど、誰も知らなかったものを調べるための手順は、少しずつ形になり始めていた。




