第八十三章 開かれた保守路
火曜日の放課後。
悠真がクロスギアにログインすると、メインロビーに新しい通知が表示されていた。
【地域情報更新】
【森林集落・旧輸送路】
【道路修復状況:更新】
【旧設備管理路:調査開始】
「調査が始まったんだ」
悠真は思わず画面に顔を近づけた。
週末から何度か訪れていた場所だ。昨日までは進入できなかった道に、ようやく変化があったらしい。
悠真はKAIにメッセージを送った。
《旧設備管理路の調査が始まったみたい》
返事はすぐに来た。
《見に行こうぜ》
RIONも合流し、三人は森林集落へ向かった。
【現在のオンライン人数:211,306】
平日のロビーは週末ほど混雑していなかったが、地域情報を確認するプレイヤーは少なくなかった。
旧輸送路の修復は、通常の任務とは違う形で世界に変化をもたらしている。
プレイヤーが新しい敵を倒したわけでも、特別なイベントをクリアしたわけでもない。
ただ、止まっていた道が少しずつ使えるようになっている。
悠真は、その変化を自分の目で確かめたかった。
*
森林集落に到着すると、旧輸送路の入口に新しい案内板が設置されていた。
【旧輸送路】
【通行可能区域:保守所まで】
【旧設備管理路:入口調査中】
その先では、NPCの作業員たちが地面を調べていた。
一人が測量機器を設置し、別の一人が地形データを端末へ入力している。
悠真たちに気づいた整備士が近づいてきた。
「昨日、管理路の入口を見つけた探索者だな」
「はい。今日は入れるようになったんですか?」
「入口付近の安全確認は終わった。ただし、奥まで通れるようになったわけではない。途中の地面が不安定だから、調査できる範囲は限られている」
整備士は管理路の入口を指した。
「歩いて確認するだけなら構わない。作業区域には入らないでくれ」
「分かりました」
三人は案内に従って、旧設備管理路へ進んだ。
*
石段を上ると、木々の間に細い道が続いていた。
旧輸送路よりも幅が狭く、車両が通ることを想定した道には見えない。
道の両側には、一定の間隔で小さな金属製の標識が設置されていた。
文字は消えかけていたが、番号らしいものは残っている。
【M-04】
【M-05】
【M-06】
悠真は順番に記録した。
「また別の番号だね」
RIONが言った。
「うん。H-012やH-019とも違う」
KAIは道の先を見た。
「この番号が何なのか、分かるものはないのか?」
三人は周囲を調べたが、標識以外に目立った設備はなかった。
道はしばらく続き、その先で小さな平地に出た。
平地の中央には、低いコンクリートの台座が残っている。
その脇には、金属製の箱が固定されていた。
悠真が近づくと、画面に情報が表示された。
【旧設備管理路・第一区画】
【設備状態:休止】
【電源:なし】
【管理番号:M-06】
「ここがM-06か」
KAIが言った。
悠真は箱の表面を確認した。
正面には古い蓋があり、その横に小さな接続口がある。
通信端末に似ているようにも見えたが、画面も操作部もない。
「通信設備なのかな?」
悠真が尋ねる。
RIONはすぐには答えなかった。
「外見だけでは分からないね。電源がないし、何につながっていたのかも表示されていない」
悠真は設備の情報を保存した。
【M-06】
【用途:不明】
【接続先:未確認】
【設備分類:未判定】
そこまで記録したところで、背後から声がした。
「それは管理用の接続箱だ」
振り返ると、NPCの整備士が立っていた。
「何の管理に使っていたんですか?」
悠真が尋ねた。
「まだ分からない。少なくとも、今の設備とは規格が違う。記録が残っていれば判明するかもしれないが、この箱は開けられない状態だ」
整備士は接続口を確認した。
「無理に開けると、中の部品を壊す可能性がある。今日は位置と外観だけ記録しておこう」
悠真は頷いた。
調べられることには限りがある。
目の前に設備があっても、すぐに中身まで分かるわけではなかった。
*
三人は平地の周囲を歩いた。
そこから先は、道が二つに分かれていた。
左側は斜面に沿って上へ向かい、右側は森の中へ下っている。
どちらにも古い標識が立っていた。
左側の標識には、かすれた文字が残っていた。
【管理路・北側】
右側は、番号だけが確認できた。
【M-08】
悠真は地図を開いた。
旧地図には、管理路の先が描かれている。しかし、現在の地形と一致するかどうかは分からなかった。
「M-08のほうは、まだ調査されていないみたいだね」
RIONが言った。
「北側の道も気になるな」
KAIが続けた。
悠真は少し迷った。
どちらも先へ進んでみたい。
しかし、整備士は、調査できる範囲が限られていると言っていた。
「今日はここまでにしよう。先の道は、作業員の人たちが確認してからのほうがいいと思う」
KAIは一瞬だけ不満そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「まあ、そうだな。壊れた設備しか見つからなかったら、結局戻ることになるし」
三人は、見つけた標識と接続箱の位置を保存して戻った。
帰り際、NPCの作業員たちは、平地の周囲に新しい目印を設置していた。
彼らはプレイヤーが発見した設備を確認しながらも、自分たちの調査を続けている。
悠真はその様子を見てから、森林集落へ戻った。
*
メインロビーへ戻ると、RIONが共有した地図を確認していた。
「今日見つけた設備だけど、旧輸送路の地図とは別に管理路の地図があるみたいだよ」
「別の地図?」
悠真が尋ねる。
「うん。現在の地域地図には載っていないけど、古い地図の中では独立した経路として描かれている。輸送路の補助経路だった可能性はあるけど、確定はできない」
KAIが地図をのぞき込んだ。
「じゃあ、あの箱も輸送路とは関係ない可能性があるのか?」
「関係があるかもしれないし、ないかもしれない。少なくとも、今は用途が分からない」
悠真は地図を保存した。
【旧設備管理路】
【確認済み設備:M-06】
【分岐路:北側・東側】
【用途:不明】
【関連設備:未確認】
それから三人は、それぞれ別の遊び方へ戻った。
KAIはランキング戦へ向かい、RIONは装備の研究を始めた。
悠真も通常任務を一つだけこなし、その日は早めにログアウトした。
*
同じ夜。
運営施設では、旧設備管理路の調査記録が共有されていた。
【旧設備管理路】
【確認済み設備:M-06】
【用途:未判定】
【分岐路:複数】
担当者が報告した。
「管理路の入口と第一区画が確認されました。設備の用途は不明ですが、外部接続口らしい構造が残っています」
責任者は画像を確認した。
「通信設備だと判定できる材料はあるか?」
「現時点ではありません。接続口の形状だけでは分類できず、電源も停止しています」
「では、通信設備の一覧には確定情報として加えないでくれ。別の設備として記録し、追加情報を待とう」
担当者は記録を更新した。
【M-06:用途未判定】
【旧型通信設備との関連性:未確認】
【追加調査:継続】
別の画面では、旧輸送路の修復状況が表示されていた。
修復班は、崩落した区間の地形調査を続けている。
旧設備管理路でも、NPCたちが標識を調べ、設備の状態を確認していた。
それぞれの作業は、今も進んでいる。
しかし、旧型通信設備の記録とのつながりは、まだ見つかっていなかった。
世界に残された古いものが、すべて同じ目的で作られたわけではない。
その当たり前の可能性を残したまま、調査は続けられていた。




