第八十二章 次に開く扉
月曜日の放課後。
悠真は帰宅すると、学校から持ち帰ったプリントを机に並べた。
週末にたくさん遊んだせいか、今日は少し眠かった。
それでも、宿題を後回しにするつもりはなかった。
問題を一つずつ解き、最後に答えを確認する。
全部終わったところで、悠真は椅子の背にもたれた。
「終わった……」
母親が部屋の入口から顔をのぞかせた。
「今日は疲れているみたいね」
「ちょっとだけ。でも、宿題は終わったよ」
「そう。無理しないでね」
母親はそれだけ言って、部屋を出ていった。
悠真は少し休んでから、クロスギアを起動した。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:209,572】
週末に比べると、ロビーは落ち着いていた。
悠真はフレンド一覧を確認した。
KAIはオンライン。
RIONは、まだ接続していなかった。
悠真がKAIにメッセージを送ると、すぐに返事が来た。
《旧輸送路、今日も見に行くのか?》
《うん。でも、まだ通れないかもしれない》
《じゃあ、先に別の任務をやろうぜ》
悠真は少し考えてから返事をした。
《分かった。終わったら見に行こう》
二人は通常任務を選択した。
*
任務は、山間部の整備拠点へ交換部品を届けるものだった。
戦闘は少なかったが、輸送経路の途中には細い橋があった。
橋の上では、二台のNPC輸送車両が向かい合って停止していた。
どちらも通行しようとして、道を譲れなくなっているらしい。
「どうするんだ、これ」
KAIが言った。
悠真が近づくと、輸送車両の運転手が説明した。
「先に進みたいのだが、車両が大きすぎてすれ違えない。後方の車両を退避させる必要がある」
悠真たちは周囲を確認した。
橋の手前には、小さな退避スペースがある。
しかし、そこへ入るには、手前に積まれた資材箱を移動させなければならなかった。
「箱をどかせば、後ろの車両を下げられるんじゃないかな」
悠真が言った。
KAIと協力して資材箱を移動させると、NPCの運転手が車両をゆっくり後退させた。
先に進む車両が橋を渡り、続いて後方の車両も動き始める。
数分後、道は再び通行可能になった。
【輸送経路:確保】
【任務進行:再開】
「よし、これで先へ進めるな」
KAIが言った。
悠真は笑った。
「敵を倒すだけじゃない任務も、意外と時間がかかるね」
「でも、こういうのも悪くない」
二人は整備拠点へ部品を届け、任務を完了した。
ロビーへ戻ると、RIONがオンラインになっていた。
悠真は、旧輸送路の状況を確認するために合流を呼びかけた。
*
森林集落へ到着すると、入口付近の景色がまた変わっていた。
以前は通行止めだった区間に、簡易の通行案内が設置されている。
作業員たちは、崩れた斜面の補強を終えたらしい。
ただし、道の奥にはまだ柵が残っていた。
悠真が作業担当のNPCに話しかける。
「今日は先まで行けますか?」
「保守所までは問題ない。だが、その先はまだ確認が終わっていない。今朝、別の作業班が進んだが、途中で地面の崩落を見つけた」
「崩落ですか?」
「ああ。通路の一部が地下へ落ち込んでいる。周囲の安全を確認するまで、通行は許可できない」
悠真は柵の向こうを見た。
ここからでは、崩落した場所は見えない。
「いつ通れるようになりますか?」
「まだ分からない。補強だけで済むか、別の経路を探す必要があるかも、調査してみないと判断できない」
NPCは作業端末を確認し、別の場所へ歩いていった。
「また待ちか」
KAIが言った。
「仕方ないよ。危ないところを無理に進んでも、何もできないし」
RIONは地図を開いた。
「昨日の地図だと、この先で道が南に曲がっている。崩落しているのがその手前なら、迂回路があるかもしれない」
悠真は旧地図を確認した。
確かに、保守所から先には二つの経路が描かれている。
一つは南へ向かう道。
もう一つは、東側の斜面に沿って伸びる細い道だった。
ただし、東側の道には途中で線が途切れている部分がある。
「こっちも調べてみようか」
悠真が言った。
三人は、通行が許可されている範囲内で、東側の道の入口を探すことにした。
*
道の入口は、保守所から少し戻った場所にあった。
草木の間に、古い石段が残っている。
入口には標識があったが、文字はほとんど読めなかった。
RIONが周囲を確認する。
「地図にある道と位置は合っている。ただ、現在の通行可能区域には含まれていないね」
KAIは石段の先を見た。
「入れないのか?」
悠真が近づくと、画面に表示が出た。
【未開放区域】
【通行状態:調査待ち】
【現在の進入:不可】
「やっぱり駄目みたい」
悠真は残念そうに言った。
だが、すぐに画面の下に別の項目があることに気づいた。
【区域情報:部分確認】
悠真が選択すると、短い説明が表示された。
【旧設備管理路】
【用途:不明】
【管理記録:未確認】
「設備管理路……」
RIONが読み上げた。
「旧輸送路とは別の道かもしれないね」
KAIが言った。
「あるいは、輸送路の設備を管理するための道かもしれない」
悠真は表示を保存した。
【旧設備管理路:存在確認】
【通行状態:未開放】
【用途:未特定】
新しい道は見つかった。
しかし、そこへ進むことはできなかった。
三人は無理に突破しようとはせず、保守所まで戻ることにした。
*
帰り道、悠真は保守所の周囲をもう一度見回した。
NPCの整備士が、建物の外に新しい部品箱を並べていた。
「こんにちは」
悠真が声をかける。
「また来たのか。今日は通路の先へ行けなかったようだな」
「崩落しているって聞きました」
「ああ。こちらでも、迂回路がないか調べる予定だ。古い地図には、今は使われていない道がいくつか描かれているからな」
悠真は、先ほど見つけた旧設備管理路のことを伝えた。
整備士は少し考えた。
「管理路か。確かに、そういう道があってもおかしくはない。ただ、今の段階では安全に通れるかどうかも分からない」
「調査するんですか?」
「修復班と相談してみる。通れる見込みがあれば、入口から確認することになるだろう」
整備士は部品箱を持ち上げ、建物の中へ運んでいった。
悠真はその後ろ姿を見送った。
自分たちが見つけた道を、NPCたちも調査するかもしれない。
だが、いつ調査が始まるかは分からない。
それに、調査の結果、道が通れないと判断される可能性もある。
悠真は地図を保存し、メインロビーへ戻った。
*
その夜、運営施設では旧輸送路の進行状況が確認されていた。
【旧輸送路】
【保守所までの通行:可能】
【前方区間:崩落確認】
【迂回路:未確認】
【旧設備管理路:入口確認】
担当者が報告した。
「プレイヤーが旧設備管理路の入口を発見しました。ただし、区域は未開放で、進入はできません」
責任者は地図を確認した。
「旧地図との照合は?」
「位置はおおむね一致しています。用途については、現時点では判断できません」
「修復班の作業は続けていい。ただし、プレイヤーが発見したという理由だけで区域を開放する必要はない。安全確認と地形調査を優先してくれ」
「了解しました」
画面には、旧輸送路の周辺地図が表示されていた。
保守所から南へ向かう道。
東側へ延びる旧設備管理路。
その先には、まだ確認されていない区域が残っている。
責任者は、別の画面に目を向けた。
旧型通信設備の調査記録は、相変わらず断片的だった。
新しい通信先は見つかっていない。
旧設備管理路が通信設備と関係している証拠もない。
「こちらは引き続き別系統で調べよう」
担当者が記録を更新した。
【旧型通信設備の照合:継続】
【旧輸送路の修復:継続】
【旧設備管理路との関連性:未確認】
二つの調査は、まだ別々に進んでいた。
悠真たちが次にログインするまでにも、NPCたちは道路の補強を続け、設備を点検し、必要な資材を運ぶだろう。
そして、次に通れるようになる道がどこなのかは、まだ誰にも分からなかった。




