第八十一章 まだ動いている世界
日曜日の朝。
悠真は朝食を食べ終えると、母親と一緒に食器を片づけた。
そのあと、部屋を掃除し、机の上に積んでいた本を棚へ戻した。
「今日は何時まで遊ぶ予定?」
母親が尋ねた。
「まだ決めてない。昨日の続きも気になるけど、ほかの任務もやりたいし」
「そう。お昼はちゃんと食べてね」
「分かった」
悠真は部屋へ戻り、クロスギアにログインした。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:249,038】
日曜日のロビーは、土曜日よりもさらににぎわっていた。
ランキング戦の募集が流れ、期間限定イベントの情報を確認するプレイヤーもいる。
悠真はまず、森林集落の探索記録を開いた。
旧輸送路の修復は進行中。
保守所の記録媒体は、集落の整備工房へ運ばれる予定になっていた。
「今日は、先に工房を見に行こう」
悠真はKAIとRIONに連絡した。
二人ともオンラインだった。
三人は森林集落へ移動した。
*
整備工房は、集落の中央から少し離れた場所にあった。
入口には、修理を待つ機体の部品や工具が並んでいる。
中では二人のNPCが作業をしていた。
悠真たちが入ると、奥にいた整備士が顔を上げた。
「昨日の保守所の記録媒体だな。ちょうど読み取りを始めたところだ」
作業台の上には、小さな古い媒体が置かれていた。
隣の端末には、読み取り状況が表示されている。
【旧型記録媒体】
【読み取り状態:進行中】
【データ領域:一部損傷】
【復旧可能性:判定中】
「もう少し待ってくれ。すべての記録を取り出せるとは限らない」
整備士はそう言って、再び端末を操作した。
悠真たちは作業台から少し離れた場所で待つことにした。
工房の壁には、修理依頼の一覧が掲示されていた。
機体の関節部品の交換。
輸送車両の駆動系統の点検。
旧輸送路で使用する工具の補充。
その中に、昨日までなかった項目が追加されていた。
【旧輸送路・中継地点調査準備】
【必要資材:確認中】
【作業担当:整備班】
「中継地点の調査も進めるみたいだね」
悠真が言った。
RIONは掲示を確認した。
「道が通れるようになれば、調べられる場所も増える。けど、まだ準備段階だね」
KAIは腕を組んだ。
「先に進みたいけど、こっちの都合だけでは決まらないか」
「うん。修復する人たちにも、やることがあるからね」
悠真は掲示の内容を記録した。
そのとき、作業台の端末から短い電子音が鳴った。
*
【読み取り処理:終了】
整備士が画面を確認した。
「一部だけ復旧できたようだ」
悠真たちは作業台へ近づいた。
画面には、いくつかの項目が表示されている。
【旧輸送路保守所・作業記録】
【保存日時:不明】
【復旧データ:部分】
【記録項目:設備点検】
【記録項目:資材移送】
【記録項目:施設管理】
そこまでは、保守所の用途を考えれば不思議ではない。
だが、その下に一つだけ、ほかとは違う項目があった。
【記録項目:設備引き渡し】
「設備の引き渡し?」
悠真が読み上げた。
整備士は項目を選択した。
しかし、詳細を開こうとすると、画面にエラーが表示された。
【記録詳細:破損】
【関連データ:欠損】
【復旧状態:不完全】
「ここから先は読めないな」
整備士が言った。
「設備を誰かに引き渡した、ということですか?」
「そうかもしれない。ただ、この項目名だけでは、何を引き渡したのかまでは分からない」
RIONが画面を見つめた。
「機材かもしれないし、施設の管理権限かもしれない。あるいは、単に作業を別の担当者へ引き継いだだけかも」
KAIが肩をすくめた。
「結局、まだ分からないことだらけだな」
「でも、記録が残っていたのは確かだよ」
悠真は、復旧できたデータを保存した。
【設備引き渡し:項目確認】
【対象設備:不明】
【引き渡し先:不明】
【関連記録:欠損】
これだけでは、旧型通信設備との関係は分からない。
ただ、保守所では設備の点検だけでなく、何らかの引き渡しに関する記録も扱われていたらしい。
悠真は、その情報を頭の片隅に置いた。
*
工房を出た三人は、旧輸送路の入口へ向かった。
修復作業は昨日よりも進んでいた。
道を塞いでいた岩は取り除かれ、崩れていた路肩には仮設の補強材が設置されている。
ただし、奥の区間はまだ通行できなかった。
入口付近で作業していたNPCが、三人に声をかけた。
「中継地点へ向かうつもりか?」
「はい。でも、まだ通れないんですよね?」
悠真が尋ねた。
「ああ。先の斜面が崩れている。安全に通れるようにするには、もう少し時間が必要だ」
NPCは作業用端末を確認した。
「今日はこの区間の補強を終わらせる予定だ。明日以降の作業は、資材の到着次第だな」
「分かりました」
悠真たちは、無理に先へ進もうとはしなかった。
代わりに、通行可能になった区間を歩いて確認した。
道沿いには、古い標識がいくつも残っていた。
その一つには、かすれた文字で「第三保守区」と記されている。
悠真は地図を開いた。
現在の地図には、その名称は存在しない。
「第三保守区……。保守所とは別の場所なのかな」
RIONが標識を調べた。
「そうかもしれない。ここが区画の境界だった可能性もあるし、単に作業区域を示していたのかもしれない」
KAIは標識の根元を見た。
「場所は記録しておこうぜ。今すぐ分からなくても、あとで役に立つかもしれない」
悠真は位置情報を保存した。
【第三保守区:表示確認】
【現在の地図への登録:なし】
【区域の用途:不明】
三人はさらに周囲を歩いたが、それ以上の手がかりは見つからなかった。
*
午後、悠真は探索を切り上げ、通常の協力任務へ参加した。
任務は、山間部の採掘拠点から資材を回収するものだった。
採掘拠点には、すでに数人のNPC作業員がいた。
彼らはプレイヤーが到着する前から、回収した資材を分類していた。
「この箱は輸送車両へ。こちらは修理用の資材だ」
作業員が仲間に指示を出す。
悠真たちは敵の接近を警戒しながら、資材の運搬を手伝った。
途中で小型の敵が現れたが、戦闘は短時間で終わった。
資材を積み終えると、輸送車両は自動的に出発準備へ入った。
【資材回収:完了】
【輸送準備:完了】
【帰還経路:確定】
任務を終えた悠真は、報酬を受け取った。
クロスギアの中には、古い記録を追いかける時間もあれば、ただ戦って、資材を運び、報酬を得る時間もある。
すべての行動が大きな発見につながるわけではない。
それでも、いろいろな任務を遊んでいると、世界の仕組みを少しずつ知ることができる。
悠真はその感覚が好きだった。
*
夕方、悠真はログアウトした。
母親と一緒に夕食を食べながら、今日の探索について話した。
「古い機械の記録を調べたんだけど、途中で壊れていて、全部は読めなかったんだ」
「そうなの。直せそうなの?」
「分からない。でも、別の場所に行けば、何か分かるかもしれない」
母親は少し笑った。
「急がなくてもいいんじゃない? 遊びなんだから、ゆっくり調べればいいでしょう」
「うん」
悠真は頷いた。
答えがすぐに出ないことは、少しもどかしい。
けれど、分からないからといって、すべてが無意味になるわけではない。
今日も、新しい記録を一つ見つけた。
それだけで十分だった。
*
同じ夜。
運営施設では、復旧された記録の解析が続いていた。
【旧輸送路保守所】
【記録項目:設備引き渡し】
【対象設備:不明】
【引き渡し先:不明】
担当者が報告した。
「記録の存在は確認できましたが、内容は復旧できませんでした。現時点では、引き渡された設備の種類も、相手先も不明です」
責任者は画面を確認した。
「関連する記録は残っていないか?」
「同じ媒体内では、ほかの項目にも破損が見られます。別の施設に記録が残っている可能性はありますが、まだ照合できていません」
「では、該当する記録だけを保留にしておこう。意味を推測して埋める必要はない」
担当者は指示に従った。
【設備引き渡し:記録保留】
【対象設備:未特定】
【関連施設:未確認】
【追加調査:継続】
別の画面では、旧型通信設備の照合が続いていた。
森林集落、港湾地区、北の旧市街、東部旧工業地区。
それぞれの場所で見つかった記録には、まだ欠損が多い。
それらをつなげれば一つの構造が見えてくるのか。
それとも、異なる時期に設置された設備が、たまたま似た形式で残っているだけなのか。
現時点では、どちらとも決められなかった。
責任者は画面を閉じた。
世界の中では、NPCたちが道を修復し、設備を点検し、次の作業に備えている。
プレイヤーが知らないところでも、世界は止まっていない。
そして、その変化のすべてが、プレイヤーの発見のために起きているわけでもなかった。




