第八十章 修復される世界
土曜日の朝。
悠真は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。
窓の外は明るく、部屋には静かな朝の空気が流れている。
昨日はゲームを終えたあと、いつもより早く眠った。そのおかげか、頭もすっきりしていた。
朝食を食べ、母親の手伝いを少ししてから、悠真は机に向かった。
学校の宿題は残っていない。
「今日は早くから遊ぶの?」
母親が尋ねた。
「うん。でも、昨日見つけたところの続きだけ。まだ先には行けないかもしれないけど」
「そう。疲れたら休憩するのよ」
「分かってる」
悠真は自分の部屋へ戻り、クロスギアを起動した。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:241,592】
土曜日ということもあり、ロビーは平日よりにぎわっていた。
ランキングの更新を確認するプレイヤー、装備を交換するプレイヤー、仲間を募集するプレイヤー。
その中で、悠真はKAIからのメッセージを見つけた。
《昨日の保守所、気になるな》
悠真は返事を送った。
《ぼくも。今日はもう一度行ってみよう》
RIONも合流し、三人は森林集落へ向かった。
*
旧輸送路の入口に着いたとき、悠真はすぐに違いに気づいた。
昨日まで道を塞いでいた大きな岩が、脇へ移動されていた。
地面には新しい轍が残り、道の両側では作業用の機体が動いている。
「昨日より進めるようになってるな」
KAIが言った。
道の先では、NPCたちが崩れた土を取り除いていた。
一人が資材を運び、別の一人が補強材を設置している。少し離れた場所では、作業の進行状況を確認しているNPCもいた。
悠真たちが近づくと、そのNPCが振り向いた。
「昨日も来ていた者たちだな」
「はい。道の修復が進んだんですね」
「ああ。昨日、保守所の設備を確認したあと、古い作業記録が見つかった。使える資材の保管場所が分かったので、修復を続けられるようになったんだ」
悠真は驚いた。
「ぼくたちが見つけた設備が役に立ったんですか?」
「直接のきっかけは、保守所の位置が確認できたことだな。だが、修復に使った資材は別の場所に保管されていた。すべて君たちのおかげというわけではない」
NPCは淡々と答えた。
その言い方が、悠真には少し面白かった。
プレイヤーが何かを発見すれば、それだけで世界が動くわけではない。
もともと世界には、世界なりの事情がある。
誰かが作業を続け、別の誰かが資材を運び、必要なものがそろえば、止まっていた道も少しずつ使えるようになる。
「奥の施設まで行けるようになったんですか?」
RIONが尋ねた。
「まだだ。途中に崩落している場所がある。通行できるようになるまで、もう少しかかるだろう」
「分かりました」
悠真たちは、作業の邪魔にならないように道の端を通り、保守所へ向かった。
*
保守所に到着すると、昨日は停止していた設備小屋の扉が開いていた。
内部では、NPCの整備士が配電盤を調べていた。
「こんにちは」
悠真が声をかける。
「おや、昨日の探索者か」
整備士は手を止めた。
「この設備を直しているんですか?」
「直せるところからな。蓄電設備は完全に使えなくなっているが、配電盤の一部はまだ生きている。記録媒体も、電源が安定すれば読み出せるかもしれない」
整備士は配電盤を指した。
【旧型配電盤】
【設備診断:進行中】
【H-012:状態確認中】
【H-019:状態確認中】
「昨日は、この番号しか分からなかったんです」
悠真が説明すると、整備士は頷いた。
「H-012は旧輸送路の照明設備、H-019は保守所の予備電源に割り当てられていたようだ。少なくとも、ここでは通信設備の番号ではないな」
悠真は少し考えた。
「じゃあ、通信設備とは関係ないんですか?」
「それはまだ分からない。電源設備の番号と、通信設備の番号が別々に管理されていた可能性もある。ただ、今の情報だけで結びつける理由はないだろう」
RIONが頷いた。
「設備番号が違うから無関係とも、同じ場所にあるから関係があるとも言えない、ということですね」
「そういうことだ」
整備士は再び作業に戻った。
悠真は昨日保存した記録を更新した。
【H-012:旧輸送路照明設備】
【H-019:保守所予備電源】
【通信設備との関連性:未確認】
これで、少なくとも二つの番号については意味が分かった。
通信網の手がかりが増えたわけではない。
それでも、分からなかったものの一部が、別のものだと確認できた。
悠真はそれを無駄だとは思わなかった。
*
三人は保守所の端末をもう一度調べた。
電源はまだ入らなかったが、整備士が装置の裏側を確認したことで、記録媒体の取り外しが可能になった。
「読み出しには専用の設備が必要だ。ここでは無理だな」
整備士は小さなケースに記録媒体を収納した。
「集落の整備工房に古い読み取り機がある。そちらへ運んでおこう」
「ぼくたちも見に行っていいですか?」
「構わない。ただし、修復作業が終わるまで、結果が出るとは限らないぞ」
悠真たちは礼を言った。
保守所を出ると、KAIが口を開いた。
「今日は通信設備の新しい情報は出なかったな」
「うん。でも、保守所の記録媒体を調べられるようになった」
「いつ解析できるかは分からないけどね」
RIONの言うとおりだった。
三人が見つけたものは、すぐに答えを与えてくれるとは限らない。
装置が動かないこともある。
記録が壊れていることもある。
そして、調べた結果、通信とは関係のない設備だと分かることもある。
それでも、少しずつ確認していけば、少なくとも最初よりは正確な地図ができる。
悠真は地図を保存した。
次に来るときには、道がもう少し先まで開通しているかもしれない。
*
午後、悠真たちはいったんメインロビーへ戻った。
KAIはランキング戦へ向かうと言い、RIONは遠距離装備の調整を始めた。
悠真も、しばらく考えてから通常任務を選んだ。
通信設備の調査ばかりでは、ほかの遊び方を忘れてしまう。
今日の任務は、森林集落の近くで行う資材輸送の護衛だった。
輸送車両を守りながら、指定された地点まで移動する。
任務が始まると、NPCの輸送担当者が車両の速度を調整し、途中の障害物を避けながら進んだ。
途中、道が狭くなった場所で車両が止まった。
「前方の障害物を除去する。少し待ってくれ」
NPCがそう告げると、別のNPCが車両を降り、道路脇の木材を移動させ始めた。
悠真は周囲を警戒しながら待った。
以前なら、プレイヤーが何もしない時間は、ただの待ち時間だと思っていたかもしれない。
しかし、今は少し違う。
NPCたちは、プレイヤーが操作しなくても、自分たちの仕事を続けている。
障害物が取り除かれると、輸送車両は再び動き始めた。
任務は大きな戦闘もなく、無事に完了した。
【任務達成】
【輸送物資:到着】
【輸送車両:無傷】
【報酬:獲得】
悠真は報酬を確認し、満足そうに頷いた。
特別な発見がなくても、こういう任務にはこういう任務の面白さがある。
*
その夜、運営施設では、旧輸送路の修復記録が更新されていた。
【旧輸送路】
【修復状態:進行中】
【保守所:調査継続】
【旧中継施設:未到達】
担当者が報告した。
「プレイヤーが発見した保守所について、NPC側の修復作業が進んでいます。旧作業記録から資材の保管場所が確認され、道路の一部が通行可能になりました」
責任者は記録を確認した。
「通信設備の調査は?」
「新しい通信先は見つかっていません。H-012とH-019についても、保守所の照明設備と予備電源だと確認されています」
「分かった。無関係な記録まで同じものとして扱わないように」
責任者は画面を切り替えた。
旧型通信設備の一覧には、依然として複数の不明項目が残っている。
港湾設備のP-037。
森林集落の通信装置。
旧工業地区の制御装置。
それぞれの情報は、まだ一つの構造として説明できる段階にはなかった。
「道路の修復は、そのまま進めていい。プレイヤーの調査結果とは別に、NPC側の作業記録も残しておいてくれ」
「了解しました」
記録が更新される。
【旧輸送路の修復:継続】
【旧型通信設備の照合:継続】
【両者の関連性:未確認】
二つの作業は、同じ世界の中で進んでいた。
だが、同じ世界で起きているからといって、必ずしも同じ目的を持っているわけではない。
今のところ、誰にもそれを断定する材料はなかった。




