第七十八章 途切れた記録
木曜日の放課後。
悠真は帰宅すると、ランドセルを置き、学校から持ち帰ったプリントを机の上に広げた。
明日は金曜日だ。
週末まで、もう少しだった。
宿題を終えたあと、悠真は昨日の探索記録を思い返した。
港の通信端末。
北の旧市街の通信設備。
東部旧工業地区の制御装置。
三つの場所で、古い通信に関係する記録が見つかっている。
そのうち二つには、同じ識別番号が残っていた。
【P-037】
ただし、通信先は分からない。
「今日は、ほかの記録も探してみよう」
悠真はクロスギアにログインした。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:205,672】
ロビーでは、いつものように任務の募集が流れていた。
KAIはオンラインだった。
RIONは少し遅れてログインする予定だという。
悠真はKAIにメッセージを送った。
《昨日の続き、調べてみる?》
《いいぞ。ただ、今日は先に普通の任務を一つやらないか》
《どうして?》
《新しい高難度任務が出てる。そっちも気になる》
悠真は少し考えた。
確かに、古い通信設備ばかり調べているわけではない。
クロスギアには、まだ挑戦していない任務も多く残っている。
《分かった。先に任務をやろう》
二人は高難度任務へ向かった。
*
任務は、旧市街の外れにある補給拠点の防衛だった。
【高難度任務】
【旧市街・補給拠点防衛】
【任務内容:補給設備を一定時間、防衛してください】
【防衛時間:15分】
【推奨参加人数:3人】
現地に到着すると、補給拠点のNPCが説明を始めた。
「北側の通路から敵が来る。設備を破壊されると、補給機能が停止してしまう。できるだけ長く守ってくれ」
KAIは前衛装備を確認した。
「敵が来るなら、俺が前を押さえる」
悠真は機体制御の安定性を重視した装備を選んだ。
「ぼくは拠点の周りを見ておくね」
任務が始まると、小型の敵が次々に現れた。
KAIが前方で敵を引きつけ、悠真は拠点の側面から回り込もうとする敵を迎撃した。
やがて、遠距離攻撃を行う敵が出現した。
その攻撃は、プレイヤーではなく、補給設備を狙っていた。
「設備を狙ってる!」
悠真が叫ぶ。
KAIが前方の敵を押さえている間に、悠真は設備の近くへ移動した。
攻撃を回避しながら、敵の射線を遮る位置を取る。
何度か被弾しそうになったが、装備の制御安定性が役に立った。
最後の一分。
大型の敵が現れた。
KAIが正面から攻撃し、悠真が側面へ回り込む。
二人の攻撃が重なり、敵の耐久値がゼロになった。
【防衛時間:終了】
【補給設備:稼働】
【任務評価:S】
任務は成功した。
「悪くなかったな」
KAIが言った。
「うん。設備を守る任務は、敵だけ見ていればいいわけじゃないね」
悠真は報酬を受け取った。
そのとき、RIONからメッセージが届いた。
《今ログインした。何をしてる?》
《防衛任務が終わったところ。これから通信設備を調べるよ》
《了解。合流する》
三人はメインロビーで合流した。
*
悠真たちは、次に森林集落へ向かった。
以前、旧型通信装置が見つかった場所だった。
集落は以前よりも整備されていた。
道路の脇には新しい倉庫が建ち、NPCたちが木材を運んでいる。
畑では作業員が収穫を行い、集落の入口では二人のNPCが輸送計画について話し合っていた。
悠真は、通信装置があった場所へ向かった。
しかし、装置の周囲には、以前にはなかった木箱や資材が積まれていた。
「ここも変わったな」
KAIが言った。
「うん。前に来たときは、こんなに物がなかった」
悠真は資材を避けながら、装置の前に立った。
【旧型航路通信装置】
【状態:修復済み】
【接続先:なし】
【最終更新:1,892日前】
表示は以前と変わっていない。
悠真は通信履歴を開いた。
以前は、破損した記録が一つだけ残っていた。
今日は、その下に新しい項目が追加されていた。
【通信履歴:更新】
【新規記録:1】
【記録状態:未解析】
「新しい記録?」
RIONが近づいた。
「前に見たときは、こんな項目はなかったはずだよ」
悠真は記録を選択した。
画面が切り替わる。
【受信日時:不明】
【送信元:識別不能】
【内容:データ破損】
【受信状態:不完全】
【復旧可能データ:0%】
しばらく待っても、復旧率は変わらなかった。
「受信した記録なのかな?」
KAIが尋ねた。
「表示だけを見ると、そう見えるね。でも、日時も送信元も分からない」
RIONは記録の詳細を確認した。
「新しい記録といっても、今日受信したとは限らない。装置の電源を入れ直したことで、以前から残っていたデータが表示された可能性もある」
悠真は頷いた。
それは十分に考えられる。
昨日、港の通信端末を復旧させたときにも、古い記録が表示された。
今回も、同じようなことが起きただけかもしれない。
「ほかの情報はないかな」
悠真は画面を切り替えた。
【記録形式:旧式】
【通信規格:旧式】
【送信先識別:欠損】
【受信先識別:欠損】
【解析状態:保留】
そこには、通信先を特定できる情報が残っていなかった。
*
三人は、通信装置の周囲を詳しく調べた。
装置の裏側には、古いケーブルが何本も接続されていた。
そのうち一本は、集落の外へ延びている。
悠真はケーブルをたどった。
道沿いに進むと、小さな保守用の設備が見つかった。
【旧型中継設備】
【状態:停止】
【電源:未接続】
【接続先:不明】
「これも通信関係の設備かな」
KAIが尋ねた。
「たぶん。でも、電源が入っていない」
RIONは設備の表示を確認した。
「今の状態では、通信装置から先へ信号が届いているかどうかも分からないね」
悠真は設備の記録を保存した。
【旧型中継設備:発見】
【関連設備:旧型航路通信装置】
【接続状態:未確認】
そのとき、近くで作業をしていたNPCが声をかけてきた。
「その設備を調べているのか?」
「はい。何か知っていますか?」
NPCは少し考えた。
「昔は、このあたりにも輸送路があったらしい。だが、今の道路とは違う場所を通っていたそうだ」
「どこにつながっていたんですか?」
「詳しくは知らない。私がここで働き始めたころには、もう使われていなかったからな」
NPCは作業へ戻った。
悠真は地図を開いた。
現在の輸送路は、港と北の旧市街を結んでいる。
森林集落も、そこから分岐する道路でつながっていた。
しかし、古い地図には、今は使われていない道が何本か描かれている。
そのうち一本は、森林集落から東へ向かっていた。
「この道、今は通れないのかな」
悠真が言った。
RIONは地図を拡大した。
「入口は残っているみたいだ。ただ、通路の状態は分からない」
KAIが笑った。
「じゃあ、次はそこを調べようぜ」
悠真は頷いた。
今日の探索は、ここまでにすることにした。
まだ分からないことは多い。
だが、次に向かう場所は決まった。
*
その夜。
クロスギアの運営施設では、森林集落の通信装置に関する記録が分析されていた。
【旧型航路通信装置】
【新規記録:1】
【記録状態:未解析】
【送信元:識別不能】
【受信日時:不明】
担当者が報告した。
「通信履歴に新しい項目が表示されました。ただし、記録そのものが新しく生成されたのか、以前から保存されていたものが再表示されたのかは判定できません」
責任者は画面を確認した。
「受信記録と断定するのは早いな。保存形式を調べてくれ」
「了解しました」
別の画面には、港湾通信端末と旧工業地区の接続履歴が表示されていた。
【P-037】
【旧型通信設備:複数確認】
【接続先:未確認】
【通信履歴:欠損】
責任者は、それらの記録を並べた。
「森林集落の装置も含め、旧式設備の配置を地図に重ねてくれ。現在の道路だけでなく、旧地図も使ってほしい」
「現在は使われていない道路も含めるのですか?」
「ああ。設備がどこにつながっていたのかを知るには、今の地図だけでは足りないかもしれない」
担当者は指示を記録した。
【旧型通信設備の分布】
【旧輸送路との照合:開始】
【記録の時系列:再確認】
【通信先:未特定】
分析画面が更新されていく。
森林集落の装置に表示された記録が、いつ、どこで作られたものなのか。
それはまだ分からない。
ただ、旧型設備の記録は、現在の道路網だけでは説明できない場所にも残っていた。
そして、その場所の一つを、悠真たちは次に調べようとしていた。




