第七十七章 誰も知らない接続先
水曜日の朝、悠真はいつもどおり学校へ向かった。
前日の夜、港の通信端末について考えていたせいか、朝食の途中で少しぼんやりしてしまった。
「悠真、時間は大丈夫?」
母親の声で我に返った。
「あ、うん。大丈夫」
「考え事をするのはいいけど、学校に遅れないようにね」
「分かってるよ」
悠真は急いで朝食を済ませ、ランドセルを背負った。
学校では、昨日の算数の間違いをもう一度解き直した。
今度は正解だった。
それだけで、少し気分がよくなった。
放課後、友達と少し話してから帰宅する。
宿題を終え、夕食までの時間にクロスギアへログインした。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:207,843】
悠真は保管庫を開いた。
昨日保存した通信端末の記録には、変化がなかった。
【旧接続先:1】
【識別番号:不明】
【応答状態:未確認】
「今日も同じか……」
悠真は記録を閉じた。
通信先が分からない以上、今の段階でできることは少ない。
それなら、別の場所に残っている設備を調べてみるのもいいかもしれない。
そう考えていたところ、RIONからメッセージが届いた。
《昨日の記録を整理してみた》
《何か分かった?》
《まだ結論は出ていない。ただ、港と森林集落の設備は、どちらも旧式の通信規格を使っている》
《じゃあ、同じ通信網だったのかな》
《その可能性はある。でも、同じ規格を使っているだけかもしれない》
悠真は返信した。
《もう一つくらい設備を探してみようか》
《賛成。別の地域でも同じ記録が見つかれば、比較できる》
そこへKAIも合流した。
三人は、まだ十分に探索していなかった東部の旧工業地区へ向かうことにした。
*
東部の旧工業地区は、以前から存在していた場所だった。
ただし、主要な任務の対象ではなく、プレイヤーが訪れる機会は少なかった。
古い工場が並び、使われなくなった搬送路が地面に残っている。
一部の施設では、NPCたちが機械の解体や部品の回収を行っていた。
悠真たちは、工業地区の管理所を訪れた。
受付のNPCは、三人を見ると、古い地図を取り出した。
「通信設備を探しているのか?」
「はい。古い設備が残っていないか、調べたいんです」
NPCは地図の端を指した。
「工業地区の北側に、旧制御棟がある。今は使われていないが、設備の記録が残っているかもしれない」
三人は礼を言い、旧制御棟へ向かった。
建物の中は静かだった。
壁には古い配線が残り、床には細かな金属片が散らばっている。
奥の部屋には、複数の端末が並んでいた。
【旧制御棟】
【稼働状態:停止】
【保守記録:一部保存】
【通信設備:未確認】
悠真は端末を調べた。
最初の二台は電源が入らなかった。
三台目には画面が表示されたが、保存されているのは工場の設備管理記録だけだった。
四台目を操作したとき、ようやく別の項目が見つかった。
【旧設備接続履歴】
【接続先:複数】
【設備識別番号:欠損】
【通信履歴:一部保存】
「これだ」
悠真が声を上げた。
RIONが隣に立ち、画面を確認した。
「通信設備そのものではないけど、接続記録が残っているね」
KAIも覗き込んだ。
「接続先が複数ってことは、ここからいくつかの設備につながっていたのか?」
「そうかもしれない」
悠真は履歴を開いた。
記録の大部分は欠損していたが、いくつかの識別番号が残っていた。
【P-037】
【識別番号:不明】
【識別番号:欠損】
悠真は画面を見つめた。
P-037。
昨日、港で見つけた通信端末と同じ番号だった。
「港の端末だ!」
KAIが言った。
RIONは記録を保存した。
「これで、少なくとも港の端末が、この工業地区の旧設備記録に含まれていたことは分かった」
「じゃあ、ここも同じ通信網だったのかな?」
悠真が尋ねる。
「可能性は高くなったと思う。でも、まだ完全には分からない。記録に名前が残っていない接続先もあるからね」
悠真は頷いた。
新しい情報は得られた。
しかし、分からないことがなくなったわけではない。
むしろ、接続先が複数あったと分かったことで、調べるべき場所が増えていた。
*
三人は旧制御棟の奥へ進んだ。
そこには、壁に埋め込まれた小型の制御装置があった。
【旧通信制御装置】
【状態:停止】
【電源:未接続】
【接続履歴:保存】
悠真は操作を試みたが、装置は反応しなかった。
「電源が必要だね」
RIONが言った。
「でも、ここを動かすための部品はないみたいだ」
KAIは周囲を探した。
「工場の整備士に聞いてみるか?」
三人は管理所へ戻り、工業地区の整備士NPCを訪ねた。
整備士は、通信制御装置の説明を聞くと、少し考えた。
「旧型の制御装置なら、電源を入れるだけでは動かないかもしれない」
「どういうことですか?」
悠真が尋ねた。
「昔の設備は、接続先の情報が登録されていないと、通信機能が制限されるものがあった。装置が動いても、何も送れない可能性がある」
「接続先を登録すればいいんですか?」
「登録するための情報が残っていればな」
整備士は作業台の引き出しから、古い記録媒体を取り出した。
「これは、以前この地区で回収したものだ。中身を確認できるかは分からんが、持っていくといい」
【旧型記録媒体】
【状態:一部破損】
【内容:未確認】
悠真はそれを受け取った。
「ありがとうございます」
「使えるかどうかは保証できないぞ」
「それでも、調べてみます」
三人は記録媒体を持って、旧制御棟へ戻った。
しかし、制御装置に接続しても、読み込みは途中で止まった。
【記録媒体を確認】
【データ復旧:開始】
【データ破損:検出】
【復旧可能データ:一部】
数秒後、画面が切り替わった。
【接続先一覧:部分復旧】
【P-037】
【識別番号:欠損】
【識別番号:欠損】
【接続状態:不明】
港の通信端末と同じ番号が、ここにも記録されていた。
しかし、それ以上の情報は復旧できなかった。
「また、ここで止まるのか」
KAIが言った。
悠真は少し考えた。
「でも、少しずつ分かってきたよ」
「何が?」
「港の端末だけが、偶然残っていたわけじゃないってこと。昔は、いくつかの設備がつながっていた可能性がある」
RIONが頷いた。
「そうだね。今は接続先が分からなくても、記録が増えれば、少しずつ照合できるかもしれない」
三人は復旧した記録を保存した。
【探索記録:更新】
【旧通信設備:追加確認】
【共通識別番号:P-037】
【関連性:確認中】
特別な報酬はなかった。
任務の評価も、通常の範囲だった。
それでも、三人は十分に満足していた。
今日の探索によって、以前の記録に新しいつながりが一つ加わったからだ。
*
その日の夜。
悠真は夕食の時間に、母親へ今日の出来事を話した。
「今日は、古い工場を調べてきたんだ」
「工場?」
「ゲームの中のね。そこに昔の通信記録が残っていたんだよ」
「それで、何か分かったの?」
「港の通信端末と同じ番号が見つかった。でも、どこにつながっていたかは、まだ分からない」
母親は箸を置き、少し笑った。
「すぐに全部分かるわけじゃないのね」
「うん。少しずつだよ」
「それなら、明日も学校があるんだから、今日はちゃんと休みなさい」
「分かってる」
悠真は食事を終え、明日の準備をした。
ゲームの中では、まだ知らない設備が残っている。
でも、今すぐ全部を調べる必要はない。
明日になれば、またログインできる。
そう考えて、悠真はいつもより少し早く布団に入った。
*
クロスギアの運営施設。
東部旧工業地区で取得された記録が、分析システムへ送られていた。
【旧設備接続履歴】
【共通識別番号:P-037】
【関連設備:港湾通信端末】
【接続先情報:欠損】
【関連性:確認中】
担当者は、港と工業地区の記録を並べていた。
「同じ識別番号が、別の地域でも確認されました」
責任者は画面を確認した。
「通信網が存在していた可能性は高くなったな。ただし、すべての設備が同時に稼働していたかどうかは分からない」
「復旧できた記録には、接続先の識別番号が残っていません」
「なら、今はそれ以上の推測をする必要はない。記録を保存して、照合を続けよう」
担当者は頷いた。
画面の端には、別の分析項目が表示されていた。
【旧型通信設備間の関連性】
【設備分布:調査中】
【通信先:未確認】
【最終送信記録:1,892日前】
【応答のない接続先】
そして、その下には新しい記録が追加されていた。
【P-037:複数地域で確認】
【旧通信網:存在可能性あり】
【全体構造:不明】
責任者は画面を閉じた。
「急ぐ必要はない。次の記録が見つかるかもしれないからな」
分析は継続された。
その一方で、クロスギアの世界では、NPCたちが工場の部品を整理し、港では輸送機械が動き、森林集落では新しい建物の工事が進んでいた。
かつて使われていた通信設備が、どこまで広がっていたのか。
その答えは、まだ分からない。
ただ、以前は無関係に見えていた設備の記録が、少しずつ同じ場所へ集まり始めていた。




