第七十六章 動き始めた設備
火曜日の放課後。
悠真は帰宅すると、先に宿題を済ませた。
昨日見つけた港の通信端末が気になっていたが、今日も学校がある。
急いでゲームを進める必要はなかった。
宿題を終え、少し休んでから、悠真はクロスギアにログインした。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:208,461】
ロビーの人数は、昨日より少し減っていた。
悠真はフレンド一覧を開いた。
KAIはオンラインだったが、RIONはまだログインしていない。
《港の通信端末、もう少し調べてみる?》
悠真がメッセージを送ると、KAIから返事が来た。
《いいぞ。昨日の端末は気になってた》
二人は合流し、港湾施設へ向かった。
*
港の倉庫裏では、NPCの整備士が別の機械を修理していた。
悠真たちが近づくと、整備士は顔を上げた。
「また来たのか。昨日の端末が気になるのか?」
「はい。あの端末を動かせる方法はありませんか?」
整備士は工具を置き、倉庫の奥を指さした。
「電源ケーブルが切れている。修理するには、古い規格に対応した部品が必要だ。今の倉庫には残っていない」
「どこにあるんですか?」
「分からん。ただ、昔は港の管理設備から電力を分配していた。そちらが動けば、端末まで電力を送れるかもしれない」
悠真は管理設備の場所を尋ねた。
整備士は港の北側にある建物を教えてくれた。
そこは、以前の輸送記録の照合任務で訪れた管理棟だった。
「まずは、そこを調べよう」
KAIが言った。
二人は港の北側へ向かった。
*
管理棟の中には、古い制御盤が残っていた。
【港湾電力管理装置】
【稼働状態:一部停止】
【電力供給先:未登録設備あり】
【管理記録:一部欠損】
悠真は操作盤を調べた。
電力の供給先には、現在使用されている倉庫や輸送設備のほか、名称が表示されていない接続先がいくつか残っていた。
「未登録設備って、昨日の端末のことかな?」
KAIが画面を覗き込んだ。
「分からない。接続先の名前が消えてる」
悠真は記録を開いた。
【旧接続先:3】
【現行設備との対応:未確認】
【電力供給:停止】
【停止理由:記録欠損】
「三つもあるんだ」
「一つずつ確認するしかないな」
KAIが答えた。
しかし、制御盤から直接電力を送ることはできなかった。
古い接続先を登録し直すには、設備の識別情報が必要だった。
悠真は昨日回収した通信部品の記録を思い出した。
あの部品は、接続先を確認するために使われていた。
もしかしたら、今回も役に立つかもしれない。
二人は一度メインロビーへ戻り、保管庫から通信部品を取り出した。
*
港の通信端末の前。
悠真は部品を取り出し、端末の接続口へ近づけた。
しかし、端末は反応しなかった。
【接続規格:不一致】
【接続試験:中止】
「駄目か」
KAIが言った。
「端末のほうが古いのかもしれない」
悠真は部品をしまい、端末の裏側を確認した。
そこで、小さな識別プレートを見つけた。
表面は傷ついていたが、番号の一部が残っている。
【設備識別番号:P-0□7】
欠けている数字は分からなかった。
悠真は番号を記録した。
「これを管理装置に登録できないかな」
二人は再び管理棟へ戻った。
制御盤には、手動で設備番号を入力する項目があった。
しかし、番号を入力しても、登録候補は表示されなかった。
【設備識別:照合不能】
悠真は少し考えた。
「番号が足りないんだ。ほかの記録があれば、分かるかもしれない」
KAIは周囲を見回した。
「港の設備を全部調べるのか?」
「全部じゃなくてもいいと思う。似た番号が残っているものを探そう」
二人は管理棟の資料棚を調べ始めた。
古い帳簿、設備の配置図、輸送機械の修理記録。
ほとんどは現在の港湾施設に関するものだったが、奥の棚に古い資料が一冊だけ残っていた。
【旧港湾設備・接続一覧】
悠真はページをめくった。
その中に、識別番号の一覧があった。
P-017。
P-027。
P-037。
「これだ!」
悠真は資料を確認した。
昨日見つけた番号は、P-0□7。
候補は三つあった。
「どれが正しいんだろう」
KAIが尋ねた。
「まだ分からない。でも、設備の位置と照らし合わせれば、絞れるかもしれない」
資料には、番号ごとの設置場所も記載されていた。
P-017は北側倉庫。
P-027は管理棟地下。
P-037は港の通信設備。
悠真は顔を上げた。
「P-037だ。昨日の端末は通信設備だから」
「なるほど。じゃあ、登録してみよう」
二人は制御盤へ戻り、P-037を入力した。
【設備識別番号:P-037】
【設備名称:旧港湾通信端末】
【登録状態:確認】
【電力供給:停止】
【再登録を実行しますか?】
悠真は、実行を選択した。
制御盤のランプが点灯する。
【登録処理:開始】
【設備情報:更新】
【電力供給先:P-037】
【電力供給:開始】
遠くで、機械が動く音がした。
港の倉庫裏にある通信端末へ、電力が送られ始めたのだ。
*
悠真とKAIが通信端末へ戻ると、端末の画面に明かりが灯っていた。
【旧港湾通信端末】
【電源:復旧】
【接続状態:待機】
【通信先:未登録】
「動いた!」
悠真は端末を操作した。
いくつかのメニューが表示された。
【設備状態】
【接続先検索】
【通信履歴】
【保守記録】
悠真は最初に通信履歴を開いた。
【保存記録:一部欠損】
【最終送信記録:1,892日前】
悠真は手を止めた。
一八九二日前。
以前、森林集落で見つけた古い記録にも、同じ日数が表示されていた。
長期間ログインしていなかったプレイヤーの記録。
そのプレイヤーが残した通信装置。
そして、今回の港の端末。
同じ数字が並んだのは、偶然かもしれない。
しかし、悠真は記録を保存した。
KAIも画面を見ていた。
「前に見つけた記録と同じ日数だな」
「うん。でも、同じ理由で更新が止まったとは限らないよ」
悠真は接続先検索を選択した。
【接続先検索:開始】
【登録済み接続先:0】
【旧接続先:検索中】
しばらくして、画面に結果が表示された。
【旧接続先:1】
【識別番号:不明】
【応答状態:未確認】
【通信状態:待機】
端末は、接続先の存在を示していた。
しかし、その場所も、相手の正体も分からない。
悠真はもう一度検索を実行した。
結果は変わらなかった。
【旧接続先:1】
【応答状態:未確認】
「どこかにつながっているのかな」
KAIが言った。
「それとも、昔の記録が残っているだけかもしれない」
悠真は答えた。
端末は動いている。
接続先も一つ見つかった。
だが、通信が成功したわけではなかった。
二人は保守記録を保存し、港湾管理者のNPCに報告した。
管理者は記録を確認すると、満足そうに頷いた。
「これで、古い設備の状態が少し分かった。今すぐ使えるわけではないが、修理を続けることはできそうだ」
【任務完了】
【任務評価:S】
【報酬:通常素材】
任務は終わった。
しかし、通信端末は、まだ待機状態のままだった。
*
RIONがログインしたのは、その少しあとだった。
悠真は通信端末の記録を送った。
《これを見て》
RIONはしばらくして返信した。
《最終送信記録が1,892日前?》
《そう》
《以前の記録と関係している可能性はある。でも、同じ日付の基準なのか、単に経過日数なのか、まだ判断できないね》
《うん。接続先も分からない》
《今は記録を残しておこう。無理に接続しようとして、ほかの設備に影響が出ても困る》
悠真は頷いた。
確かに、分からないものを何でも動かせばいいわけではない。
設備の役割も、接続先も分からないのだから、慎重に調べる必要がある。
三人はそのあと、通常の任務を一つだけこなした。
港の輸送機械の稼働確認だった。
任務自体は簡単で、特別な戦闘もなかった。
それでも、NPCたちが資材を運ぶ様子を見ながら、悠真は以前より多くのことに気づくようになっていた。
運ぶ資材が変われば、輸送経路が変わる。
輸送経路が変われば、別の地域の作業にも影響する。
そして、使われなくなった設備にも、かつての世界の記録が残っている。
クロスギアは、ただ敵を倒して強くなるだけのゲームではなかった。
悠真にとっては、少しずつそういう世界になっていた。
*
その夜。
クロスギアの運営施設では、港湾通信端末の記録が分析されていた。
【旧港湾通信端末】
【電源復旧:確認】
【設備識別番号:P-037】
【接続先:1】
【応答状態:未確認】
【最終送信記録:1,892日前】
担当者が画面を切り替えた。
「以前の記録と、日数が一致しています」
責任者は二つの記録を並べた。
一つは森林集落で見つかった通信装置。
もう一つは、今回の港湾通信端末。
どちらも、最後の送信記録から一八九二日が経過していた。
「同じ時期に停止した可能性は?」
「あります。ただし、両方の記録が同じ時間基準を使っているかどうか、まだ確認できていません」
「なら、そこから調べよう」
責任者は画面を見つめた。
【共通点:最終送信記録】
【経過日数:1,892日】
【通信先:未確認】
【因果関係:不明】
「接続先の情報は?」
「一件ありますが、識別番号は欠損しています。応答もありません」
責任者は少し考えた。
「現在の設備に影響を与えない範囲で、記録の照合を続けてくれ」
「了解しました」
分析システムに、新しい項目が追加された。
【旧型通信設備間の関連性】
【照合状態:継続】
【応答のない接続先】
【未知の相互作用】
画面は、そのまま更新を続けた。
ゲームの世界では、港の通信端末が電力を受け取り、待機状態になっていた。
その先に何があるのかは、まだ誰にも分からない。
そして、端末が次に反応するのがいつなのかも、分からなかった。




