第七十五章 返事のない通信
月曜日の朝、悠真は少し眠そうな顔で朝食を食べていた。
日曜日にゲームを長く遊んだわけではない。
それでも、学校へ行く前の時間は、いつも少し慌ただしい。
「忘れ物はない?」
母親に聞かれ、悠真はランドセルの中を確認した。
「大丈夫」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
学校では、算数の授業があった。
先生が黒板に問題を書き、順番に生徒を指名していく。
悠真は答えを出せたものの、途中で計算を一つ間違えていた。
「惜しいな。最後まで確認するように」
「はい」
席に戻りながら、悠真は間違えた箇所を見直した。
ゲームの中では、失敗した理由を考えることが多い。
しかし、学校の勉強でも、間違えた理由を見つけることは同じだった。
答えを覚えるだけでは、次に同じ問題が出たとき、また間違えるかもしれない。
悠真はノートに正しい計算を書き直した。
放課後、友達から声をかけられた。
「昨日もクロスギアやってた?」
「うん。ちょっと探索してた」
「俺は最近、あまりログインしてないな。前に負け続けて疲れたし」
「そうなんだ」
「嫌いになったわけじゃないんだけどね。家で動画を見るだけでも、けっこう楽しいし」
悠真は頷いた。
「また遊びたくなったら、やればいいんじゃない?」
「まあ、そうだな」
二人はそのまま別れた。
帰宅した悠真は、宿題を終わらせてからログインした。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:211,638】
日曜日よりも人数は減っていた。
ロビーでは、いつものように任務の募集が行われている。
悠真は保管庫を開き、昨日の通信設備の記録を確認した。
【送信記録:1】
【受信記録:0】
変化はなかった。
「返事は来てないか」
昨日、通信設備を動かしたときには、少し期待していた。
どこかにつながっているなら、何か反応があるかもしれない。
だが、今のところは何もない。
悠真は記録を閉じた。
今日は別のことをしよう。
そう思ったところで、KAIからメッセージが届いた。
《今日はどうする?》
《まだ決めてない》
《港のほうで新しい任務が出てるらしいぞ》
《行ってみようか》
KAIとRIONに合流し、三人は港湾施設へ向かった。
*
港では、NPCたちが忙しそうに働いていた。
以前修復した倉庫には新しい資材が積まれ、運搬機が何度も行き来している。
港と北の旧市街を結ぶ輸送路も、以前より安定して動いていた。
三人が管理所へ行くと、港湾管理者のNPCが声をかけてきた。
「ちょうどよかった。輸送記録を確認してもらえないか?」
【新規任務】
【港湾施設・輸送記録の照合】
【任務内容:資材の移動記録と現地の保管状況を確認してください】
【報酬:通常素材】
悠真は任務を受けた。
管理者から渡された記録には、木材や金属部品、整備用資材の移動履歴が記載されていた。
しかし、いくつかの数字が合っていない。
「この金属部品、記録では北の旧市街に送ったことになってる」
RIONが言った。
「でも、港の倉庫にも残っているね」
KAIが倉庫の棚を確認した。
「二重に記録されているのか?」
悠真は帳簿を見直した。
「まだ分からないよ。現地を確認してみよう」
三人は記録にある輸送先を順番に回った。
北の旧市街では、金属部品の一部が輸送機械の修理に使われていた。
別の資材は、港へ戻す予定だったものの、道路の補修が遅れたため、途中の倉庫に保管されていた。
さらに、森林集落へ送るはずだった木材は、集落側の建築計画が変更されたことで、別の場所へ回されていた。
「なくなったわけじゃないんだな」
KAIが言った。
「うん。記録の更新が追いついていないだけみたい」
悠真は輸送管理装置を操作し、現地の状況に合わせて記録を修正した。
【輸送記録:更新】
【資材所在:確認】
【未照合項目:減少】
任務は無事に完了した。
【任務評価:S】
報酬は通常素材だったが、管理者から追加の説明があった。
「これで、次の輸送計画を立てられる。助かったよ」
悠真は頷いた。
「よかったです」
以前なら、資材が予定どおりに届かなければ、単純に輸送の失敗だと考えていたかもしれない。
しかし、今は事情が違う。
道路の状態が変わり、集落の必要な資材も変わる。
NPCたちが自分たちで計画を変更するからこそ、最初の予定どおりに進まないこともある。
その結果を、誰かが確認しなければならない。
ゲームの中では、そうした小さな仕事が少しずつ増えていた。
*
任務を終えたあと、悠真は港の倉庫を見て回った。
運搬機の近くで、整備士のNPCが古い部品を確認している。
以前、北の旧市街で出会った整備用NPCと同じ型だった。
悠真が近づくと、整備士は手を止めた。
「何か用か?」
「古い通信設備について、何か知っていますか?」
整備士は少し考えた。
「通信設備か。昔は港にもあったはずだが、今は使われていない」
「どこにありますか?」
「倉庫の裏側だ。だが、あまり期待しないほうがいい。長い間、誰も使っていないからな」
悠真はKAIとRIONを振り返った。
「見に行こう」
三人は倉庫の裏側へ向かった。
そこには、資材に半分隠れた古い端末があった。
画面は消えており、操作盤にも傷がついている。
【旧型通信端末】
【状態:停止】
【電源:未接続】
【接続規格:旧式】
悠真は端末を調べた。
北の旧市街で見つけた通信設備とは形が違う。
しかし、接続規格には共通する部分があった。
「これも、同じ系統なのかな」
RIONが画面を確認した。
「可能性はある。ただ、ここでは電源を入れられそうにないね」
KAIは端末の周囲を見た。
「ケーブルも切れている。修理するなら、部品が必要だろうな」
悠真は端末の情報を保存した。
【未確認設備:追加】
【関連設備:北の旧市街・通信設備】
【共通規格:一部確認】
【接続状態:不明】
端末は動かなかった。
新しい通信記録も発生しなかった。
それでも、昨日まで知らなかった設備が、もう一つ見つかった。
悠真は端末から離れ、港の景色を眺めた。
運搬機が動き、NPCたちが荷物を運び、修理中の設備から金属音が響いている。
ゲームの世界は、今日も動き続けていた。
*
夕方、悠真はログアウトした。
母親が夕食の準備をしながら尋ねた。
「今日はどうだった?」
「港で仕事を手伝ったよ。荷物の記録を直したり、古い機械を調べたり」
「敵とは戦わなかったの?」
「今日はあまり戦ってない」
母親は笑った。
「いろいろあるのね」
「うん。戦うだけじゃないからね」
悠真はそう答え、宿題の残りを確認した。
明日も学校がある。
今日見つけた通信端末を調べるのは、そのあとでもいい。
急いでログインしなくても、ゲームの中にはまだやることが残っている。
悠真は机に向かい、明日の準備を始めた。
*
クロスギアの運営施設。
港湾施設と北の旧市街で取得された記録が、分析システムへ送られていた。
【地域間資源移動:確認】
【輸送記録の自律更新:一部未達】
【プレイヤーによる記録修正:確認】
【旧型通信設備:追加発見】
【共通規格:一部一致】
担当者が報告した。
「通信設備が、別の地域でも発見されました」
責任者は二つの記録を並べた。
「規格は一致しているか?」
「一部のみです。製造時期や接続先は特定できていません」
「では、現時点では同一の通信網と断定しないこと。設備の記録を集めておいてくれ」
「了解しました」
責任者は、別の画面に表示された未登録BOSSの記録を確認した。
【未登録大型機械】
【再出現予定:未定】
【行動変化:分析中】
【関連性:未確定】
今のところ、通信設備と世界BOSSの間に明確な関係は見つかっていない。
それぞれの記録は、独立した項目として保存されていた。
だが、データの収集が進むにつれて、以前は見えなかった共通点が現れることもある。
だからこそ、結論を急ぐわけにはいかなかった。
【地域間情報伝達】
【旧型設備の分布】
【未知の相互作用】
分析項目が更新された。
その一方で、ゲームの世界では、NPCたちが新しい輸送計画を話し合い、倉庫の資材を整理し、次の作業に取りかかっていた。
プレイヤーがログアウトしたあとも、世界は止まらない。
そして、まだ誰も知らない古い設備が、どこかに残されている可能性もあった。




