第七十四章 記録にない道
日曜日の朝。
悠真は朝食を食べ終えると、昨日回収した古い通信部品のことを思い出した。
装備研究所では用途が分からなかった。
けれど、ゲームの中には、古い機械に詳しいNPCがいる。
以前、北方鉱山で出会った整備士も、港町の設備を管理している技師も、プレイヤーが知らないことを知っていた。
「今日は、あの部品を調べよう」
そう決めてから、悠真は宿題を確認した。
母親が台所から顔を出した。
「今日は早くからゲームをするの?」
「宿題を確認してからね。昨日の任務で、ちょっと気になるものを見つけたんだ」
「分かった。でも、昨日も結構遊んでいたでしょう。疲れたら休むのよ」
「うん」
悠真は宿題を終わらせ、少し休んでからログインした。
【メインロビー接続中】
【現在のオンライン人数:245,183】
日曜日ということもあり、オンライン人数は前日より増えていた。
メインロビーでは、久しぶりに戻ってきたプレイヤーたちが、フレンドとの再会を喜んでいた。
一方で、ランキングの上位を目指すプレイヤーたちは、すでに高難度任務の募集を始めている。
悠真はチャットを確認してから、KAIとRIONにメッセージを送った。
《昨日の通信部品、もう少し調べたいんだけど、一緒に来る?》
KAIからすぐに返信があった。
《いいぞ。戦闘任務じゃないなら、今日は気楽に行こう》
RIONからも返事が来た。
《僕も行く。昨日の通信塔の記録も確認しておこう》
三人は合流し、通常フィールドへ向かった。
*
最初に訪れたのは、装備研究所だった。
悠真は保管庫から【旧型通信部品】を取り出し、施設内の解析装置にかけた。
【対象:旧型通信部品】
【製造年代:不明】
【接続規格:旧式】
【解析結果:一部欠損】
【対応設備:不明】
「やっぱり、ここだけでは分からないか」
悠真が呟いた。
RIONは解析結果を見ながら言った。
「旧式ということは、昔の設備で使われていた可能性がある。整備士のNPCなら何か知っているかもしれない」
「北方鉱山の人に聞いてみよう」
KAIが言った。
三人は北方鉱山へ移動した。
以前、深層探索で出会った整備士のNPCは、今日も作業場にいた。
彼は故障した機械の部品を取り外し、別の部品と交換していた。
悠真が近づくと、整備士は顔を上げた。
「おや、また来たのか。今日は何の用だ?」
悠真は通信部品を見せた。
「これが何に使われていたのか、分かりますか?」
整備士は部品を受け取った。
しばらく表面を確認し、接続部分を指でなぞる。
「古い規格だな。だが、完全に失われた技術というわけでもない」
「何の機械に使うんですか?」
「通信設備だろう。ただし、普通の通信機ではないな」
整備士は部品を裏返した。
「この型は、単純に情報を送るためだけのものではない。相手側の設備と接続状態を確認するためにも使われていたはずだ」
RIONが尋ねた。
「相手側というのは、別の通信塔ですか?」
「その可能性はある。だが、どこにつながっていたかまでは知らん」
整備士は部品を悠真に返した。
「古い設備なら、北の旧市街に残っているかもしれない。あそこには、昔の輸送網を管理していた施設がある」
「北の旧市街……」
悠真は地図を開いた。
港湾施設と北の旧市街は、最近になって輸送機械が復旧し、NPCたちの協力によって物資の移動が始まった地域だった。
以前なら、移動するだけでも手間がかかった。
今は、修復された輸送機械を利用できる。
「行ってみよう」
悠真が言った。
整備士は再び作業へ戻った。
「何か分かったら、また教えてくれ」
その言葉を最後に、会話は終わった。
特別な任務が発生したわけではない。
しかし、三人には次に調べる場所ができた。
*
北の旧市街。
輸送機械を降りると、以前よりも多くのNPCが働いていることに気づいた。
運搬用の機械が資材を運び、作業員たちが倉庫の前で荷物を整理している。
少し離れた場所では、二人のNPCが輸送経路について話し合っていた。
「港から届いた資材は、南側の倉庫へ回したほうがいい」
「だが、南側の道路はまだ補修中だ」
「なら、先に道路を直す必要があるな」
プレイヤーが近くにいるからといって、彼らが会話を止めることはなかった。
悠真はその様子を見てから、目的の施設を探した。
地図に表示されていたのは、旧市街の北端にある小さな管理棟だった。
三人が近づくと、入口にいたNPCが声をかけてきた。
「ここは旧式の輸送管理施設だ。今は一部しか使えないぞ」
「通信設備について調べたいんです」
悠真が答えると、NPCは少し考えた。
「通信設備なら、地下の保守区画に残っているかもしれない。ただし、現在は通路の一部が塞がっている」
【新規探索任務】
【旧市街・地下保守区画】
【任務内容:旧式通信設備の状態を確認してください】
【推奨参加人数:3人】
【報酬:未確定】
「任務になったな」
KAIが笑った。
「でも、戦闘があるとは限らないよ」
RIONが言った。
三人は管理棟の裏側に回り、地下へ続く階段を見つけた。
通路には古い機械が並び、壁の照明はところどころ消えていた。
奥へ進むと、崩れた資材が通路を塞いでいた。
KAIが周囲を確認する。
「このままじゃ通れないな」
悠真は壁際に設置された操作盤を調べた。
【保守区画の隔壁】
【電源:停止】
【手動開放:不可】
【関連設備:要確認】
「電源を入れれば動くのかな」
「電源設備を探そう」
RIONが地図を確認した。
三人は脇道へ進み、古い電源室を見つけた。
中には、小型の整備用NPCがいた。
NPCは工具を持ち、停止した発電装置の前で作業している。
悠真たちに気づくと、整備用NPCは手を止めた。
「電源が必要なのか?」
「はい。向こうの隔壁を開けたいんです」
「この装置が動けば、電力を送れる。ただ、制御部品が一つ足りない」
NPCは棚を指さした。
「以前はそこに置いてあったはずだが、見当たらなくなってしまった」
悠真は棚を調べた。
部品はなかった。
床にも、作業台にも見当たらない。
KAIが周囲を探し、RIONは装置の記録を確認した。
【部品管理記録】
【最終確認:不明】
【保管場所:未登録】
「なくなった理由も分からないのか」
KAIが言った。
整備用NPCは答えた。
「部品が見つからない以上、装置を動かすことはできない。別の方法を探すしかないな」
悠真は、電源室の隅にある小さな扉に気づいた。
扉の向こうから、かすかな機械音が聞こえている。
「ここも調べてみよう」
三人が扉を開けると、細い通路が続いていた。
その先には、旧型の小型運搬機が停止していた。
運搬機の荷台には、いくつかの部品が積まれている。
その中に、探していた制御部品があった。
【制御部品:1】
【状態:使用可能】
「見つかった!」
悠真が部品を回収した。
しかし、回収しただけでは任務は終わらなかった。
三人は電源室へ戻り、整備用NPCに部品を渡した。
NPCは部品を装置へ取り付け、電源を入れた。
機械が低い音を立てて動き始める。
【電源:復旧】
【保守区画への電力供給:開始】
*
地下通路へ戻ると、隔壁がゆっくりと開いていた。
その先には、小さな通信室があった。
壁際には古い端末が並び、中央には大型の通信装置が設置されている。
悠真は装置に近づいた。
【旧型通信設備】
【状態:休止中】
【接続履歴:一部保存】
【通信先:未登録】
【最終更新:不明】
「通信先が未登録……」
悠真は昨日回収した部品を取り出した。
装置の側面には、部品とよく似た接続口があった。
試しに部品を近づけると、画面が切り替わった。
【適合部品を確認】
【接続試験を開始しますか?】
「これ、使えるかもしれない」
KAIとRIONも装置の前に集まった。
悠真は接続試験を選択した。
【接続試験:開始】
通信装置のランプが一つずつ点灯していく。
数秒後、画面に新しい表示が現れた。
【通信先を検索中】
【接続先:なし】
【応答:なし】
そのまま数十秒が経過した。
やがて、装置は短い電子音を鳴らした。
【接続試験:終了】
【通信先:未確認】
【送信記録:保存】
【受信記録:0】
「何も受信できなかったな」
KAIが言った。
「でも、送信はできたみたいだよ」
悠真は記録を確認した。
【送信記録:1】
【送信内容:設備識別情報】
【宛先:未確認】
【結果:不明】
RIONは首を傾げた。
「どこに送ったんだろう」
誰にも分からなかった。
通信設備が正常に動作したのか、それとも信号が途中で途切れたのか。
画面に表示されている情報だけでは判断できない。
三人は周囲を調べたが、ほかに操作できる設備は見つからなかった。
やがて、任務完了の通知が表示された。
【任務完了】
【評価:A】
【報酬:通常素材】
【追加記録:旧型通信設備の送信履歴】
特別な装備も、強力な武器も手に入らなかった。
それでも悠真は、通信設備の画面をもう一度確認した。
受信記録は、ゼロのままだった。
*
午後遅く。
三人はメインロビーへ戻った。
KAIは別の高難度任務へ向かい、RIONは装備研究所で通信部品の解析を試すことにした。
悠真も一度ログアウトしようとしたが、その前に保管庫の記録を確認した。
昨日の通信塔。
北の旧市街の通信設備。
それぞれ別の場所にあったが、どちらも古い通信技術に関係していた。
ただし、同じ仕組みなのかどうかは分からない。
悠真は記録を保存して、ログアウトした。
現実の部屋は静かだった。
母親が夕食の準備をしている。
「今日は何か分かった?」
「少しだけ。古い通信設備が動いたんだ」
「何か届いたの?」
「ううん。送信はできたけど、返事はなかった」
母親は頷いた。
「そう。じゃあ、また今度分かるかもしれないね」
「うん」
悠真は時計を見た。
もうすぐ夕食の時間だった。
ゲームの中には、まだ調べていない場所がある。
けれど、今日の探索はここまででいい。
明日も学校があり、帰ってきたらまたログインできる。
悠真はゲーム機の電源を切り、食卓へ向かった。
*
同じ頃、クロスギアの運営施設。
旧市街の通信設備に関する記録が、分析システムに送られていた。
【プレイヤー:YUMA】
【旧型通信設備:発見】
【電源復旧:確認】
【接続試験:実行】
【送信記録:1】
【受信記録:0】
担当者は記録を確認した。
「以前の未確認通信と同じ系統でしょうか?」
責任者は、二つの記録を並べて比較した。
「現時点では断定できない。設備の規格も、通信先も、完全には一致していない」
「関連性は?」
「調査を続けよう。ただし、別々の事象である可能性も残しておく」
担当者は記録に注記を加えた。
【旧型通信設備】
【関連記録:複数】
【共通点:旧式通信規格】
【関連性:未確定】
別の画面には、未登録BOSSの分析結果が表示されていた。
【未登録大型機械】
【行動変化:確認】
【既存データとの一致:低】
【追加分析:継続】
通信設備と未登録BOSS。
現時点で、二つの記録を直接結びつける根拠はなかった。
運営施設は、それぞれのデータを保存した。
ゲームの世界では、NPCたちが独自の判断で設備を修復し、資材を運び、地域をつないでいる。
その中には、プレイヤーがまだ知らない過去の設備も残されていた。
そして、誰かがそれを見つけるたびに、記録が一つずつ増えていく。
【未知の相互作用】
その項目は、今日も未解決のままだった。




