第七十二章 倒せなかった世界BOSS
【討伐制限時間:残り18分】
西部平原では、巨大な機械が再び動き始めていた。
四本の脚が地面を踏みしめ、背中の砲台がゆっくりと旋回する。
それまで攻撃を受けていた右側の装甲は、亀裂が入ったままだった。
しかし、機械の動きは明らかに変わっていた。
「来るぞ!」
前衛のプレイヤーが叫んだ。
砲台が火を噴く。
今度の攻撃は、平原の端ではなかった。
プレイヤーたちが集まっていた場所を、正確に狙っていた。
「散開!」
KAIが叫び、悠真も機体を横へ走らせた。
爆発が起き、地面が揺れる。
逃げ遅れたプレイヤーが何人か吹き飛ばされた。
【戦闘不能】
【接続を終了します】
次々と表示が流れる。
「攻撃の仕方が変わった!」
RIONが遠距離から敵を観察した。
「さっきまでは攻撃地点が分散していたのに、今はプレイヤーの位置を狙っている!」
悠真は敵の動きを追った。
機械は、先ほどまで攻撃していた場所を避けるように移動している。
そして、攻撃を受けやすい方向へ砲台を向けなくなっていた。
「右側の装甲を狙おう。さっき、あそこには攻撃が通ったから」
KAIが前へ出る。
RIONが援護し、悠真も別方向から接近した。
三人の攻撃が、同じ場所へ集中する。
装甲がさらに損傷した。
【ボス耐久値:58%】
しかし、その瞬間、機械の脚部が地面を強く踏みつけた。
衝撃波が広がり、接近していたプレイヤーたちが一斉に吹き飛ばされた。
KAIも地面を転がった。
「くそっ……!」
立ち上がったときには、敵はすでに距離を取っていた。
「接近戦だけでは難しいね」
RIONが言った。
「遠距離から攻撃しようにも、装甲が硬すぎる」
悠真は周囲を見た。
戦場には、まだ多くのプレイヤーが残っている。
しかし、何度も攻撃を受けたプレイヤーの動きは鈍くなっていた。
疲労によるものか、単純に集中力が落ちているのか。
いずれにしても、最初と同じ勢いでは戦えなくなっている。
【討伐制限時間:残り12分】
悠真は、敵の動きをもう一度観察した。
攻撃するたびに、敵は少しずつ動きを変えている。
同じ場所に攻撃を集中させれば、その場所から距離を取る。
近づけば、衝撃波で押し返す。
遠距離から攻撃すれば、砲台を旋回させて反撃する。
「これ、こっちの攻撃に合わせて変わっているんじゃないかな」
悠真が言った。
「どういうことだ?」
KAIが尋ねる。
「ぼくたちが何をするかによって、次の動きが変わっているように見えるんだ」
RIONは少し考えた。
「なら、攻撃を続けるだけでは、相手に対応されるということか」
「たぶんね。でも、どうすればいいのかは、まだ分からない」
悠真は正直に答えた。
いつもの世界BOSSなら、攻撃パターンを覚え、弱点を探し、プレイヤー同士で役割を分担すれば、少しずつ攻略できる。
今回も、同じ方法で戦い始めた。
だが、敵はその攻略方法に対応するように動きを変えていた。
それが偶然なのか、設計された行動なのかは分からない。
ただ、これまでの戦闘とは違う。
そのことだけは、はっきりしていた。
*
【討伐制限時間:残り7分】
プレイヤーたちは、最後の攻勢に出ていた。
遠距離攻撃を集中させ、脚部を狙い、装甲の亀裂へ攻撃を叩き込む。
ボスの耐久値は、少しずつ減っていった。
【ボス耐久値:41%】
「このまま削り切れるか?」
KAIが叫んだ。
「分からない。でも、今は攻撃を続けよう!」
悠真は答えた。
敵の砲台が旋回する。
今度は、攻撃の前兆がほとんどなかった。
光が走った瞬間、広範囲に砲撃が降り注いだ。
爆発が連続し、戦場が煙に包まれる。
【戦闘不能】
【接続を終了します】
表示が増えた。
残っていたプレイヤーたちも、少しずつ数を減らしていく。
KAIは攻撃を続けたが、敵の反撃を受けて大きく後退した。
RIONも距離を取りながら攻撃していたが、砲台の動きに対応しきれず、何度か被弾していた。
悠真は敵の背後へ回り込もうとした。
だが、機械は振り返るように脚を動かし、進路を塞いだ。
まるで、そこへ来ることを予想していたかのようだった。
悠真は一度、距離を取った。
【討伐制限時間:残り2分】
もう時間がない。
敵の耐久値は、まだ四割近く残っている。
「無理だな……」
誰かの声が聞こえた。
それでも、プレイヤーたちは攻撃を続けた。
悠真も最後まで戦った。
KAIが前から攻撃し、RIONが砲台を狙う。
悠真は、その隙に脚部へ接近した。
三人の攻撃が重なった。
【ボス耐久値:37%】
しかし、倒しきることはできなかった。
【討伐制限時間:終了】
戦場に、システムの通知が流れた。
【ワールドイベント:失敗】
【対象:未登録大型機械】
【討伐結果:未達成】
【イベントを終了します】
巨大な機械は、最後まで立っていた。
その姿が光に包まれ、ゆっくりと消えていく。
プレイヤーたちは、メインロビーへ転送された。
*
ロビーに戻ると、すぐにチャットが騒がしくなった。
「倒せなかったんだけど!」
「耐久値、全然減らなかったな」
「途中から動きが変わりすぎだろ」
「次に出たら、攻略法を考えないと無理だ」
攻略掲示板には、すでに戦闘動画を投稿するプレイヤーが現れていた。
砲台の旋回角度、装甲の損傷、攻撃を受けたあとの動き。
それぞれが、自分の視点から戦闘を分析している。
KAIも、戦闘記録を確認していた。
「今回は負けたな」
「うん」
悠真は答えた。
悔しくないわけではない。
しかし、腹が立つというより、分からないことが増えたという感覚のほうが強かった。
「もう一度戦ったら、倒せるかな」
RIONが尋ねた。
「分からない。でも、次は今回と同じようには戦わないと思う」
「敵の動きが変わるからか?」
「それもある。ぼくたちも、今回のことを覚えているから」
悠真は戦闘記録を閉じた。
今回、勝てなかった。
その結果は変わらない。
だが、次に何をするかは、まだ決まっていなかった。
「今日はもう終わりにするよ」
悠真が言った。
「疲れたのか?」
KAIが尋ねる。
「うん。少しね」
「じゃあ、また明日だな」
「また明日」
悠真はログアウトした。
*
夕食のあと、母親が悠真に尋ねた。
「今日はどうだった?」
「大きな敵と戦ったんだけど、倒せなかった」
「そうなの?」
「うん。時間切れになっちゃった」
母親は少し考えてから言った。
「それで、悔しいの?」
「少し。でも、何が悪かったのか、まだ分からないんだ」
「じゃあ、また考えればいいんじゃない?」
母親は食器を片付けながら、いつもの調子で言った。
「分からないなら、次に分かるかもしれないし。今日はもう休みなさい」
「うん」
悠真は自分の部屋へ戻った。
ゲームの中では負けた。
でも、明日も学校があり、そのあとにはまたゲームをする時間がある。
今回の敵が、次にいつ現れるのかは分からない。
それでも、攻略掲示板を見れば、ほかのプレイヤーが何かを発見しているかもしれない。
悠真はそう考えながら、寝る準備をした。
*
クロスギアの運営施設。
戦闘記録が、通常の世界BOSSとは別の画面に保存されていた。
【イベント結果:未達成】
【参加人数:16,284】
【戦闘不能:2,963】
【ボス耐久値:37%】
【通常パターンとの一致率:低】
担当者が報告した。
「対象は、制限時間内に討伐されませんでした」
責任者は、戦闘映像を最初から確認していた。
「途中で行動が変わっている。これは予定された変化か?」
「通常の世界BOSSの行動モデルとは一致しません。ただ、現時点では原因を特定できていません」
「プレイヤーの攻撃への反応は?」
「反応しているように見える部分があります。しかし、それだけでは説明できない行動も確認されています」
責任者は映像を止めた。
巨大な機械が、砲台を外側へ向けている場面だった。
「今回のイベントで得られた記録は?」
「通常の戦闘データとして保存しています。対象の行動変化については、追加分析が必要です」
責任者は少し考えた。
「まずは、既存の記録と照合してくれ。今の段階で、結論を急ぐ必要はない」
「了解しました」
画面の端に、新しい項目が追加された。
【世界BOSS:未登録個体】
【戦闘結果:未達成】
【行動変化:確認】
【既存データとの一致:低】
その下には、別の記録も表示されていた。
【未確認通信:保存継続】
担当者は、その項目を見たが、まだ関連づけることはしなかった。
世界BOSSの戦闘と、以前から残っている通信記録。
両者が関係しているのかどうかは、分からない。
運営施設は、引き続きデータの収集を続けた。
そして、メインロビーでは、プレイヤーたちが今回の敗北について話し合っていた。
次に同じ敵が現れたとき、彼らはどのように戦うのだろうか。
その答えは、まだ誰も知らなかった。




