第七十一章 いつもと違う通知
金曜日の放課後。
悠真は帰宅すると、宿題を済ませ、明日の時間割を確認した。
週末が近づくと、少しだけ気持ちが軽くなる。
明日は学校がない。
時間を気にしすぎずにゲームを楽しめるが、だからといって、今日のうちに無理をする必要もなかった。
「お母さん、宿題終わったよ」
「明日の準備も?」
「うん」
「じゃあ、遊んでいいわよ。夕飯の時間には呼ぶからね」
「分かった」
悠真は自分の部屋に戻り、クロスギアに接続した。
【接続を開始します】
【メインロビー】
【オンライン人数:204,316】
ロビーには、いつもより少し人が多かった。
週末を前にして、久しぶりにログインしたらしいプレイヤーもいる。
募集掲示板には、世界BOSSの攻略動画を見たという話や、新しい装備の検証、週末限定の任務を探す投稿が並んでいた。
悠真はランキングを確認した。
【総合ランキング】
1位:KAI
2位:RION
3位:YUMA
順位は変わっていない。
KAIからメッセージが届いた。
「今日は何をする?」
「港の続きも気になるけど、今日は普通の任務をやりたいな」
「普通の任務?」
「うん。最近、港とか旧市街ばかりだったから」
RIONが会話に加わった。
「それなら、森林地帯の護衛任務はどうかな。新しいルートが追加されたらしいよ」
「行ってみよう」
三人は任務を受注した。
そのときだった。
ロビーの画面が一瞬だけ暗くなり、中央に新しい通知が表示された。
【緊急世界イベント】
【ワールドボス出現】
【出現地点:西部平原】
【討伐制限時間:60分】
ロビーの会話が、急に騒がしくなった。
「また出た!」
「西部平原って、あの広いマップか?」
「参加者募集! 今回は遠距離攻撃できる人を優先!」
「前回のボスより強いのかな?」
悠真も通知を開いた。
世界BOSSは、これまで何度も戦ってきた相手だ。
大勢のプレイヤーが集まり、協力して倒す。
それ自体は、もう珍しいことではない。
ただ、今回は少しだけ気になる点があった。
【推奨参加人数:表示不能】
【敵情報:未確定】
【出現地点:西部平原】
【出現状態:確認中】
「敵情報が出ていないね」
RIONが言った。
「前にもあっただろう。最初に情報が出ないことは」
KAIはそう答えたが、すぐに続けた。
「ただ、推奨人数まで表示されないのは珍しいな」
悠真は少し考えた。
「行ってみよう。何が出たのか、見ないと分からないし」
三人は参加を選択した。
【イベント参加を確認】
【転送を開始します】
*
西部平原。
転送が終わると、広い草原の中央に巨大な影が立っていた。
四本の脚を持つ大型機械。
背中には複数の砲台があり、頭部に相当する部分には、青白い光が灯っている。
外見だけなら、これまでの世界BOSSと大きく違うわけではなかった。
しかし、周囲に集まったプレイヤーたちの反応は、いつもより慎重だった。
「動かないな」
KAIが言った。
大型機械は、まだ攻撃していない。
ただ、平原の中央に立ち、周囲を見渡すように頭部を動かしていた。
悠真は敵情報を確認した。
【対象:未登録大型機械】
【分類:ワールドボス】
【危険度:判定中】
【行動パターン:解析中】
「未登録?」
「新しいボスなのかな」
RIONが尋ねた。
その直後、機械の背中にある砲台が動いた。
一発目の攻撃は、プレイヤーたちの集まっている場所ではなく、平原の端に向けられた。
地面が大きくえぐれ、土と草が舞い上がった。
「攻撃が来るぞ!」
誰かが叫んだ。
プレイヤーたちは散開した。
二発目は、最初の攻撃地点とは違う場所に着弾した。
三発目も、別の方向だった。
攻撃は無差別に見えたが、悠真は少し違和感を覚えた。
「こっちを狙っていない?」
「どういうことだ?」
KAIが尋ねた。
「まだ分からない。でも、プレイヤーがいる場所を直接狙っている感じじゃないんだ」
RIONは敵の動きを観察した。
「攻撃地点に規則性があるかもしれない。少し距離を取って確認しよう」
三人は、ほかのプレイヤーたちと連携しながら、敵の攻撃範囲を調べ始めた。
その間にも、戦闘は続いていた。
前衛のプレイヤーが接近し、攻撃を仕掛ける。
遠距離型のプレイヤーが砲台を狙う。
しかし、敵の装甲は硬く、攻撃を受けても大きな損傷は見られなかった。
【戦闘経過:12分】
【ボス耐久値:94%】
「硬すぎるだろ!」
誰かが叫んだ。
悠真は敵の脚部を見た。
砲台が動くたびに、機体の重心がわずかに変わっている。
その動きは、攻撃の準備というより、何かを調整しているようにも見えた。
「KAI、脚の付け根を狙ってみて」
「分かった」
KAIが接近し、脚部に攻撃を加えた。
敵の機体がわずかに傾いた。
その瞬間、背中の砲台が一斉に動いた。
「離れろ!」
悠真が叫ぶ。
KAIは後退し、砲撃をぎりぎりで回避した。
攻撃が終わると、機械は再び静止した。
「今の、反応したのかな?」
RIONが言った。
「たぶん。脚を攻撃したとき、動きが変わった」
悠真は、もう一度敵を観察した。
攻撃すれば反撃する。
それ自体は普通のことだ。
しかし、この敵はプレイヤーを追いかけるより、平原の特定の場所へ攻撃を続けているように見えた。
その理由が分からない。
「まだ決めつけないほうがいいね」
悠真はそう言った。
「まずは、ほかのプレイヤーの動きも見よう」
三人は戦闘を続けた。
*
戦闘開始から三十分。
プレイヤーたちは、少しずつ敵の動きに対応できるようになっていた。
砲撃の前には、背中の砲台が一定の角度に動く。
脚部への攻撃が集中すると、機体は反撃を優先する。
それらの特徴が分かると、戦闘は少しずつ進んだ。
しかし、敵の耐久値はまだ七割以上残っていた。
「時間が足りるかな」
RIONが言った。
「攻撃を続ければ、いつかは倒せるだろう」
KAIはそう答えたが、声には少し疲れが混じっていた。
悠真も疲れていた。
敵の動きを見続け、ほかのプレイヤーの位置を確認し、攻撃のタイミングを判断する。
それを三十分以上続けている。
それでも、まだ戦闘をやめたいとは思わなかった。
「次の砲撃のあと、右側から攻めよう」
悠真が提案した。
「どうして右側なんだ?」
「左側には、さっきから攻撃が集中している。右側の装甲は、まだほとんど調べられていないから」
RIONがうなずいた。
「確かに。右側の砲台は、攻撃の回数も少ないね」
三人は周囲のプレイヤーたちに位置を伝えた。
次の砲撃が終わると、複数のプレイヤーが右側から攻撃を仕掛けた。
敵の装甲に亀裂が走った。
【ボス耐久値:63%】
初めて、大きな変化が現れた。
「通った!」
プレイヤーたちの声が上がる。
その直後、機械の動きが変わった。
四本の脚が大きく開き、背中の砲台が一斉に平原の外側を向いた。
悠真は、敵の向きに気づいた。
「待って。何かおかしい」
次の瞬間、機械の攻撃が止まった。
戦場に、短い沈黙が落ちた。
そして、システムから通知が流れた。
【ワールドイベント:状態変化】
【敵行動:更新中】
【討伐制限時間:残り18分】
悠真は画面を見つめた。
敵の耐久値は、まだ六割以上残っている。
戦闘は終わっていない。
それなのに、システムは敵の行動を更新していた。
「ここから、何か変わるのかな」
悠真がつぶやいた。
KAIも、RIONも、すぐには答えなかった。
平原の中央で、巨大な機械が再び動き始めた。
*
クロスギアの運営施設。
複数の画面に、西部平原の戦闘記録が表示されていた。
【イベント参加人数:16,284】
【ボス耐久値:63%】
【戦闘経過:42分】
【敵行動:更新】
担当者が報告した。
「通常の世界BOSSとは異なる挙動が確認されています。攻撃対象の選択と、攻撃地点の決定に不規則な変化があります」
責任者は戦闘映像を確認した。
「プレイヤー側の攻撃に反応しているのか?」
「一部はそう見えます。ただ、攻撃を受けていない段階でも、行動が変化しています」
「原因は?」
「現時点では判断できません」
責任者は映像を止めた。
画面には、平原の中央で停止している大型機械が映っていた。
「記録を続けてくれ。イベントそのものに影響を与える必要はない」
「了解しました」
画面の端に、新しい記録が追加された。
【敵行動更新:確認】
【行動予測:再計算】
【通常パターンとの一致率:低下】
その下には、まだ未確定の項目が残っていた。
【行動変化の原因:解析中】
運営施設では、誰も答えを出せなかった。
そして、西部平原では、残り時間が少しずつ減っていた。




