第七十章 予定にない来訪者
木曜日の放課後。
悠真は宿題を終えると、ランドセルを机の横に置いた。
「今日は早く帰ってきたのね」
母親が台所から声をかけた。
「うん。授業が少し早く終わったんだ」
「ゲームをする前に、明日の準備も忘れないでね」
「もう終わったよ」
母親は部屋をのぞき、机の上を確認した。
「本当だ。じゃあ、遊んでいいわよ。疲れたら、ちゃんと休みなさい」
「分かった」
悠真はクロスギアに接続した。
【接続を開始します】
【メインロビー】
【オンライン人数:205,782】
ロビーの人数は、少しずつ減っていた。
以前は、ログインするたびに見かける名前がたくさんあった。今も同じ名前を見かけることはあるが、最近はしばらく見ていないプレイヤーも増えている。
悠真は掲示板を開いた。
港湾施設の任務は、昨日の記録が更新されたばかりだった。
【港湾施設:輸送設備試験】
【北部旧市街:物資輸送準備】
【森林の集落:資材倉庫建設】
三つの地域で、それぞれ新しい動きがある。
悠真は少し迷ってから、港湾施設を選んだ。
昨日の輸送機が、実際に荷物を運べるようになったのか気になっていた。
KAIとRIONも、ほどなくログインした。
「今日は港か?」
KAIが尋ねた。
「うん。輸送機がどうなったか見たい」
「なら、先に確認しておこう」
三人は港湾施設へ向かった。
*
港に着くと、輸送機はすでに動き始めていた。
倉庫の前に積まれた部品を載せ、ゆっくりと出発するところだった。
整備担当のNPCが、運転席の横で計器を確認している。
「今日から本格的に運用するの?」
悠真が尋ねた。
「まだ試験段階だ。まずは少量の荷物を運んで、問題がないか確かめる」
「どこまで行くの?」
「北部旧市街までだ。そこで荷物を下ろし、向こうの担当者に確認してもらう」
輸送機の荷台には、修理用の部品が積まれていた。
それほど多くはない。
しかし、以前なら何度も人手で運ばなければならなかった量だ。
「これがうまくいけば、もっと運べるようになるんだね」
「そういうことだ」
NPCはうなずいた。
悠真たちは輸送機の出発を見送った。
その後、港湾施設の管理所で別の任務を確認していると、見慣れないNPCが入ってきた。
服装は、この港の作業員たちとは少し違っていた。腰には工具袋を下げ、手には古い端末を持っている。
「ここが港湾施設か?」
NPCが管理担当に尋ねた。
「ああ。何か用か?」
「北部旧市街から来た。輸送機が動き始めたと聞いてな。こちらの設備と接続できるか、確認したい」
管理担当は少し考えた。
「設備の接続については、まだ試験中だ。担当者を呼ぼう」
NPCは待つ間、周囲を見回していた。
悠真はその姿を見て、声をかけた。
「旧市街から来たの?」
「ああ。あそこの整備区画で働いている」
「輸送機は動いたよね?」
「動いた。ただ、荷物を運ぶだけならともかく、港の設備と連動させるには、まだ調整が必要だ」
NPCは端末を操作し、画面を見せた。
そこには、輸送機の運行記録と、港の設備情報が並んでいた。
「輸送機が港に着いたら、荷物を下ろす場所を自動で知らせる仕組みを作りたいんだ。今は担当者が毎回確認しているが、運行回数が増えれば、それだけでは間に合わなくなる」
悠真は画面を眺めた。
「それなら、港の人たちと相談しないといけないんだね」
「そうだ。向こうだけで決めても、こちらの設備が対応できなければ意味がない」
NPCはそう言って、管理担当のもとへ戻った。
やがて両方の担当者が集まり、設備の接続について話し始めた。
悠真たちは、その話をしばらく聞いていた。
専門的な内容が多く、すべてを理解できたわけではない。
ただ、一つ分かったことがあった。
輸送機が動くようになったからといって、それだけで輸送の仕組み全体が完成するわけではない。
荷物を運ぶ側と、受け取る側。
それぞれの設備と、そこで働くNPCたち。
別々の場所で進められてきた仕事をつなぐには、まだ調整が必要だった。
*
話し合いが終わると、旧市街から来たNPCが悠真たちに声をかけた。
「せっかくだから、少し手伝ってもらえないか」
「何をすればいいの?」
「港の荷受け設備と、輸送機の停止位置を確認したい。実際に動かしてみないと、うまく接続できるか分からないからな」
【追加任務:輸送設備の接続確認】
【確認項目:停止位置】
【確認項目:荷受け設備】
【確認項目:運行記録】
三人は任務を受注した。
輸送機が到着する予定時刻まで、港の荷受け設備を確認する。
倉庫の扉が開く範囲。
荷台から荷物を下ろすための空間。
運搬機が通れる幅。
それぞれの項目を確認し、端末に記録していった。
しばらくして、輸送機が港へ戻ってきた。
機体はゆっくりと停止位置に入り、荷受け設備の前で止まった。
一度目は、少しだけ位置がずれた。
二度目は、問題なく停止できた。
荷物を下ろす作業も、無事に終わった。
【停止位置:確認完了】
【荷受け設備:確認完了】
【運行記録:取得完了】
【総合評価:A】
大きな報酬はなかった。
しかし、輸送機は港と旧市街を往復できるようになった。
旧市街から来たNPCは、満足そうに端末を閉じた。
「これなら、次はもう少し多くの荷物を運べそうだ」
「よかったね」
悠真が言うと、NPCはうなずいた。
「ただ、今度は向こうの倉庫を整理しないとな。荷物が増えれば、置き場所も必要になる」
KAIが笑った。
「一つ解決すると、次の問題が出てくるんだな」
「そういうものだろう」
NPCは当然のことのように答えた。
悠真は、その言葉を聞いて笑った。
ゲームの中でも、何かを始めれば、別のことを考える必要が出てくる。
それは特別な仕組みというより、普通のことなのかもしれなかった。
*
任務を終えた悠真たちは、メインロビーへ戻った。
RIONは取得した記録を整理していた。
「今回の任務、戦闘は一度もなかったね」
「うん」
「それでも、前よりできることが増えた」
悠真はランキングを開いた。
【総合ランキング】
1位:KAI
2位:RION
3位:YUMA
順位は変わっていない。
「こういう任務も、ランキングに影響するのかな?」
悠真が尋ねると、RIONは首を振った。
「大きな影響はないと思う。少なくとも、戦闘能力が直接上がるわけじゃないからね」
「そっか」
悠真は画面を閉じた。
強くなるためだけなら、もっと効率のいい任務がある。
それでも、今日の任務は面白かった。
自分たちが運んだ荷物が、別の場所で使われる。
修理された設備が、別の仕事を可能にする。
その先で、また新しい問題が見つかる。
それを全部追いかけるつもりはなかった。
ただ、気になったら、また見に来ればいい。
「今日はそろそろ終わりにするよ」
悠真が言った。
「もういいのか?」
KAIが尋ねる。
「うん。明日も学校があるし、続きはまた今度」
「分かった。またな」
悠真はログアウトした。
*
クロスギアの運営施設。
担当者が、港湾施設と北部旧市街の最新データを確認していた。
【輸送機:往復運行成功】
【荷受け設備:接続確認】
【運行記録:取得成功】
【設備間調整:継続】
「今回の任務で、二つの地域の設備が接続されました」
担当者が報告した。
「輸送機の修理だけでなく、港側の荷受け設備も調整する必要があったということか」
「はい。片方の設備が動いても、もう片方が対応できなければ、輸送全体は成立しません」
責任者は、二つの地域の画面を並べた。
「この先、接続先が増えれば、調整する対象も増えるな」
「そうなります。森林の集落との物資移動もありますし、今後は別の地域から接続要請が出る可能性もあります」
「予測はできるか?」
「ある程度は可能です。ただし、どのNPCが、いつ、どの設備を必要と判断するかまでは確定できません」
責任者は、少し考えてから言った。
「引き続き記録しよう。今は、世界の変化を一つの計画にまとめようとするより、変化がどのようにつながっているのかを確認する段階だ」
担当者は記録を保存した。
【地域間接続:拡大】
【設備相互運用:進行中】
【NPCによる新規要請:観測継続】
画面の片隅には、まだ処理されていない要請が一件表示されていた。
【送信元:不明】
【接続先:未登録】
【内容:確認待ち】
担当者は、その記録を開いた。
内容は、以前受信した破損データと関連しているようにも見えた。
しかし、確証はなかった。
「この記録は?」
責任者が尋ねた。
「以前から残っている未確認の通信です。現時点では、通常の地域間通信との関連を判断できません」
「消さずに保存しておこう。新しい情報が入れば、何か分かるかもしれない」
「了解しました」
画面が閉じられた。
港では、輸送機が次の運行に向けて整備されていた。
旧市街では、倉庫の整理が始まっていた。
森林の集落では、新しい資材の置き場所が検討されていた。
それぞれの場所で、次の仕事が生まれようとしていた。
そして、そのすべてを見ている者がいなくても、世界は少しずつ動いていた。




