第六十八章 つながっていく場所
火曜日の放課後。
悠真は帰宅すると、宿題を済ませてからクロスギアに接続した。
昨日は港から北部旧市街へ部品を運び、森林の集落から木材を受け取った。
大きな戦闘はなかった。
珍しい装備を手に入れたわけでもない。
それでも、悠真は昨日の任務を覚えていた。
自分たちが運んだ部品で、旧市街の輸送機は修理を進められるかもしれない。森林の集落から運んだ木材も、港の設備に使われるはずだ。
「今日はどうしようかな」
メインロビーの掲示板を眺めていると、KAIから連絡が来た。
「昨日の輸送機、見に行くか?」
悠真はすぐに返事をした。
「行きたい」
少し遅れてRIONも合流した。
「修理が終わっているとは限らないよ」
「終わっていなくてもいいよ。どこまで進んだか見たいんだ」
「なら、行こう」
三人は北部旧市街へ向かった。
【オンライン人数:208,763】
平日の夕方、ロビーの人数はまた少し減っていた。
*
北部旧市街に着くと、以前と同じようにNPCたちが作業をしていた。
三人は資材置き場を通り、輸送機のある整備区画へ向かった。
そこで、悠真は足を止めた。
輸送機の外装は元に戻され、機体の下には工具や取り外した部品も残っていない。
近くでは、整備担当のNPCが最終確認をしていた。
「直ったの?」
悠真が尋ねると、NPCは顔を上げた。
「まだ試運転が残っている。部品はそろったが、実際に動かしてみないとな」
「手伝えることはある?」
「そうだな。試運転の前に、周辺の通路を確認してくれないか。輸送機を動かすとき、荷物が置かれたままだと危ない」
任務が表示された。
【追加任務:輸送路の安全確認】
【確認地点:旧市街東側・港湾連絡路】
【任務内容:通路上の障害物を確認する】
悠真たちは任務を受注した。
東側の通路へ進むと、以前は瓦礫で塞がれていた道が、かなりきれいに整備されていた。
壁際には資材がまとめられ、通路の中央は広く空いている。
ただ、途中に一台の古い運搬機が止まっていた。
近づくと、運搬機のそばにいたNPCが困ったように頭をかいた。
「困ったな。こいつが動かなくなった」
「故障したの?」
「いや、故障というより、荷物を積みすぎたらしい。動かすには、一度荷物を下ろさないといけない」
悠真は運搬機を調べた。
積まれているのは、金属材や木材、それに修理用の部品だった。
「これ、どこへ運ぶ荷物なの?」
「港へ送る分と、ここの整備区画へ送る分だ。まとめて運ぼうとしたんだが、少し欲張りすぎたな」
NPCは苦笑した。
KAIが荷物の一覧を確認した。
「分けて運べばいいんじゃないか?」
「そうなんだが、運搬機がもう一台必要だ」
そのとき、RIONが通路の先を指した。
「あそこに小型の台車があるよ」
通路脇に、古い台車が置かれていた。
NPCに確認すると、車輪の一つが壊れているらしい。
「部品があれば直せるが、今は手元にない」
悠真は少し考えた。
「港に行けば、使える部品があるかもしれない」
「ただ、今すぐ取りに行くと時間がかかるな」
KAIが言った。
悠真は任務の残り時間を確認した。
急いで達成する必要はなかった。
「じゃあ、今あるものでできることをしよう。荷物を下ろして、運べる分だけ先に運べばいいよ」
三人はNPCと一緒に荷物を分け始めた。
金属材を資材置き場へ戻し、整備用の部品を別の棚へ移す。
運搬機が軽くなると、NPCは再び操作を試した。
今度はゆっくりと動き出した。
「よし。これなら運べる」
NPCは安堵したように息をついた。
悠真たちは運搬機を押しながら、港湾連絡路を進んだ。
途中で別のNPCが声をかけてきた。
「その荷物、港へ持っていくのか?」
「そうだよ」
「なら、ついでにこの伝票も渡してくれないか。向こうで受け取る資材の数を確認したいんだ」
NPCは小さなデータ端末を差し出した。
悠真は受け取った。
任務の表示が更新される。
【追加目的:港湾施設へ伝票を届ける】
悠真は思わず笑った。
「また港だ」
「昨日も行っただろう」
KAIが言った。
「うん。でも、昨日とは違うことが起きてる」
三人は荷物を運び終え、伝票を受け取ると、輸送機の整備区画へ戻った。
通路は確保されていた。
整備担当のNPCは確認結果を受け取り、試運転の準備を始めた。
「これで動かせそうだ。助かったよ」
【輸送路の安全確認:完了】
【総合評価:A】
【報酬:標準整備素材×2】
報酬は少なかった。
しかし、悠真は輸送機が動き出すところを見てみたかった。
「試運転、見ていてもいい?」
「構わない。ただし、安全区画から出ないようにな」
NPCの指示に従い、三人は少し離れた場所へ移動した。
やがて、輸送機の駆動音が響いた。
機体がゆっくりと動き出し、整備区画の端から港湾連絡路へ向かっていく。
速くはない。
動きも滑らかとは言いがたかった。
それでも、止まっていた機体は、自分の力で進んでいた。
「これで、港まで荷物を運べるようになるのかな」
悠真が言った。
「実際に運んでみないと分からないだろうな」
KAIはそう答えた。
RIONは試運転の記録を見ながら言った。
「でも、少なくとも前には進んだね」
悠真はうなずいた。
ゲームの中で、何かが完成する瞬間は、派手な演出があるとは限らない。
大きな敵を倒したときのような音楽も、画面を埋める報酬表示もなかった。
ただ、一台の輸送機が、ゆっくりと通路を進んでいった。
*
その日の夜。
悠真は夕食の時間に間に合うようにログアウトした。
母親が食卓に料理を並べている。
「今日はどうだった?」
「前に行った街で、壊れていた輸送機が動くようになったんだ」
「直したの?」
「ぼくたちは、直すための部品を運んだり、通路を片付けたりしただけだよ。修理したのは、あそこの人たち」
「そうなんだ」
母親は料理を置きながら、少し笑った。
「ゲームの中でも、いろいろな仕事があるのね」
「うん。戦うだけじゃないんだ」
悠真はそう答えて、箸を取った。
母親はそれ以上、ゲームについて尋ねなかった。
明日の準備を済ませ、寝る時間になれば眠る。
それができている限り、母親も以前ほど細かく口を出さなくなっていた。
*
クロスギアの運営施設。
北部旧市街の記録が更新されていた。
【輸送機:修理完了】
【試運転:成功】
【港湾連絡路:通行可能】
【物資輸送:準備段階】
担当者がデータを確認した。
「輸送機の修理は、プレイヤーが直接行ったわけではありません。プレイヤーは通路の安全確認と、運搬作業を手伝っています」
「NPC側の修理計画が進んだということか」
「はい。以前から必要な部品は集められていました。今回の任務で通路が確保され、試運転まで進みました」
責任者は画面を切り替えた。
港湾施設、北部旧市街、森林の集落。
三つの地域の記録が並ぶ。
資材が移動し、設備が修復され、作業の内容が変化している。
「この変化は、プレイヤーが介入しなくても起きたのだろうか」
「一部は起きた可能性があります。ただし、プレイヤーの行動が変化を早めた可能性もあります」
「区別できるか?」
「完全にはできません。プレイヤーが介入しなかった場合の世界を、同じ条件で再現できないためです」
責任者は少し考えた。
「つまり、観測した結果と、観測しなかった場合の結果を、そのまま比較することはできないわけか」
「はい」
画面には、さらに新しい項目が追加された。
【プレイヤー介入による環境変化】
【NPC自律行動による環境変化】
【両者の相互作用】
どの項目にも、まだ十分なデータはなかった。
しかし、世界の変化を、プレイヤーの行動だけで説明することが難しくなっているのは確かだった。
責任者は記録を保存した。
「引き続き観測しよう。変化を止める必要はない」
画面の中では、輸送機が港湾連絡路を進んでいた。
その先に何が運ばれ、どの施設が使われるようになるのか。
まだ、誰にも分からなかった。




