第六十七章 見ていなかった景色
月曜日の放課後。
悠真は帰宅すると、ランドセルを置き、学校から持ち帰ったプリントを机の上に広げた。
算数の宿題は少なかった。国語の音読も終わらせ、明日の時間割を確認する。
「今日は早いね」
夕食の準備をしていた母親が、部屋をのぞいた。
「うん。宿題が少なかったから」
「じゃあ、ゲームをする前に、明日の準備もしておきなさい」
「分かった」
悠真は教科書をランドセルに入れ、筆箱の中身も確認した。
それから、ようやくクロスギアに接続した。
【接続を開始します】
【メインロビー】
【オンライン人数:210,836】
週末より、かなり少ない。
ロビーでは、いつものようにプレイヤーたちが募集を出していた。高難度任務の参加者を探す者もいれば、装備の情報を交換する者もいる。
悠真はランキングを確認した。
【総合ランキング】
1位:KAI
2位:RION
3位:YUMA
順位は変わっていない。
KAIからメッセージが届いた。
「今日は港に行くか?」
「昨日の旧市街も気になるけど、港も見たい」
「両方は時間が足りないんじゃないか」
RIONも会話に加わった。
「先に港を確認しよう。施設が完成してから、まだ一度しか行っていないからね」
「そうしよう」
悠真たちは港湾施設の任務を選択した。
【任務:港湾施設・稼働確認】
【任務内容:施設の稼働状況を確認する】
【推奨参加人数:3人】
転送が始まった。
*
港に到着すると、最初に目に入ったのは、以前よりも整然と並んだ貨物だった。
倉庫の前には運搬用の台車が置かれ、作業員のNPCたちが荷物を積み替えている。
少し離れた場所では、別のNPCが機械の操作盤を確認していた。
「前に来たときより、物が増えていない?」
悠真が言った。
KAIは周囲を見回した。
「増えているな。倉庫も使われている」
「施設の完成後、運用が始まったんだろうね」
RIONは操作盤に近づき、表示を確認した。
【港湾施設:稼働中】
【貨物管理:稼働中】
【輸送設備:一部稼働】
【周辺施設との通信:接続済み】
以前は、施設を使えるようにすることが目標だった。
今は、その施設を使って何かを運ぶ段階に移っているらしい。
三人が管理所へ向かうと、責任者のNPCが帳簿のような端末を確認していた。
「何か手伝えることはある?」
悠真が尋ねる。
NPCは顔を上げた。
「そうだな。少し前から、北部旧市街へ送る部品をまとめているんだが、輸送機がまだ完全には動かない。手で運べる分だけでも届けてもらえると助かる」
悠真はKAIとRIONを見た。
「北部旧市街って、昨日行った場所だ」
「運搬任務ということか」
KAIが任務の詳細を確認した。
【追加任務】
【目的地:北部旧市街】
【輸送物資:整備部品】
【報酬:標準整備素材×3】
大きな報酬ではない。
しかし、三人とも受注した。
港で部品を受け取り、輸送用の小型機に積み込む。
出発しようとしたところで、管理所のNPCが声をかけてきた。
「帰りには、向こうの街で余っている金属材を受け取ってきてくれないか。こちらで使えるかもしれない」
【追加目的:金属材の受領】
悠真は任務表示を見た。
港から部品を運び、旧市街で金属材を受け取り、それを港へ戻す。
単純な往復任務だった。
けれど、以前なら、それぞれの場所に別々の任務が存在していた。
今は、二つの地域が一つの仕事でつながっている。
「行こう」
三人は輸送機を出発させた。
*
北部旧市街では、NPCたちが道路脇に新しい資材置き場を作っていた。
悠真たちが部品を届けると、管理をしているNPCが中身を確認した。
「助かった。これで、輸送機の制御部分を修理できそうだ」
「もう少しで動くの?」
「必要な部品はそろってきた。ただ、実際に動かしてみないと分からないな」
NPCは部品を受け取り、作業員たちに指示を出した。
悠真は、少し離れたところにある輸送機を見た。
以前は壊れたまま放置されていた機体だ。
今は外装の一部が取り外され、内部の部品が交換されている。
「これが動けば、港との行き来が楽になるんだね」
「そうなるだろうな」
KAIが答えた。
金属材を受け取るため、三人は資材置き場へ向かった。
ところが、そこで予想外の話を聞いた。
「すまない。予定していた金属材は、昨日、別の場所へ運んでしまったんだ」
管理担当のNPCが困った顔をした。
「別の場所?」
「森林の集落だ。向こうで建物を増築するらしい。代わりに、こちらへ木材が届くことになっている」
悠真は少し驚いた。
森林の集落。
以前、ラグに案内されて訪れた場所だ。
あそこでは、NPCたちが建物を増やし、道路を整備していた。
「じゃあ、金属材はもうないの?」
「少しなら残っているが、港へ送るには足りないな」
任務の表示が更新された。
【金属材:不足】
【代替任務を確認します】
しばらくして、新しい選択肢が表示された。
【代替目的:木材の受領】
【目的地:森林の集落】
悠真は画面を見つめた。
予定していた荷物がなくなったため、別の荷物を受け取りに行くことになった。
その荷物も、別の地域の事情によって動いていた。
「森林の集落にも行くことになるね」
RIONが言った。
「うん。せっかくだから、行ってみよう」
三人は港へ戻り、木材を運ぶための準備を整えた。
*
森林の集落に着いたころには、空が少し暗くなっていた。
以前訪れたときと比べて、入り口付近の景色が変わっている。
道の脇に新しい建物が建ち、その向こうには小さな畑が広がっていた。
作業をしているNPCたちの姿もある。
ラグの姿を探していると、集落の奥から声が聞こえた。
「その木材は、倉庫の右側へ置いてくれ」
ラグだった。
彼は作業員たちを手伝いながら、運び込まれた資材を確認していた。
悠真たちに気づくと、軽く手を上げた。
「久しぶりだな」
「ここ、また変わったね」
「そうか? まだ直したいところはたくさんあるぞ」
ラグはそう言って、建物の向こうを指した。
「向こうの道も整備している。雨が降るとぬかるんで、荷物を運びにくかったからな」
悠真は、以前見た景色を思い出した。
あのときは、建物の数も少なく、資材置き場も簡素だった。
今は、道が整えられ、倉庫が増え、畑も広がっている。
プレイヤーが何かを建てたわけではない。
悠真たちが知らないところで、NPCたちが少しずつ手を加えていたのだ。
「港から木材を取りに来たんだ」
「聞いている。こっちも金属材を受け取ったからな」
ラグは倉庫の前へ案内した。
「必要な分はまとめてある。持っていってくれ」
木材を積み終えたところで、悠真はふと気になって尋ねた。
「ラグたちは、こういう荷物のやり取りを前からしていたの?」
「前から、少しはな。ただ、道が悪かったり、運ぶ手段がなかったりして、できることは限られていた」
「今は違う?」
「港が使えるようになったし、旧市街の道も通れるようになった。前よりは、いろいろできるさ」
ラグは当たり前のことを話すように答えた。
それから、近くにいたNPCに呼ばれ、資材置き場へ向かっていった。
悠真はその背中を見送った。
この世界では、何か一つが変わると、別の場所でできることも増えていく。
港が完成したから、荷物を運べる。
道が開通したから、輸送機を修理できる。
資材が届いたから、集落の建物を増やせる。
一つひとつは、小さな変化だった。
しかし、それらは別々に起きているわけではなかった。
「帰ろうか」
KAIが声をかけた。
「うん。明日も学校だしね」
悠真は輸送機に乗り込んだ。
*
【追加任務達成】
【総合評価:A】
【報酬:標準整備素材×3】
報酬を受け取ったあと、悠真は港の管理所へ木材を届けた。
管理担当のNPCは荷物を確認し、満足そうにうなずいた。
「これなら、次の設備にも使えそうだ」
その言葉を聞きながら、悠真は港の向こうを眺めた。
以前は、ここに来ても、任務を達成して報酬を受け取れば終わりだった。
今は、任務を終えたあとにも、次に何が起きるのかが気になる。
ただ、すべてを追いかける必要はない。
また来ればいい。
悠真はログアウトした。
*
クロスギアの運営施設。
複数の地域で発生した物資移動の記録が、分析画面に並んでいた。
【港湾施設:物資受領】
【北部旧市街:整備部品受領】
【森林の集落:金属材受領】
【港湾施設:木材受領】
担当者が記録を追いながら、報告した。
「地域間の物資移動が、以前より増えています。プレイヤーが任務を受けたことがきっかけですが、輸送先や必要な資材はNPC側の状況によって変わっています」
「つまり、プレイヤーがいなくても、物資の需要自体は変化するわけか」
「はい。施設の復旧状況や、NPCたちの作業計画が影響しています」
別の画面には、旧市街の輸送機、港の倉庫、森林の集落の増築記録が表示されていた。
それぞれの変化が、少しずつつながり始めている。
「この連鎖を、どこまで予測できる?」
責任者の問いに、担当者はすぐには答えなかった。
「個々の行動なら、ある程度は予測できます。しかし、複数の地域で変化が重なった場合、結果の予測精度は落ちています」
「原因は?」
「NPCごとの判断だけでなく、別のNPCの行動や、過去に起きた環境変化が影響しているためです」
画面の隅に、新しい分析項目が追加された。
【地域間資源循環】
【環境変化による任務変動】
【NPC行動の連鎖】
その下に、これまでと同じ項目が残っていた。
【未知の相互作用】
責任者はしばらく画面を見ていたが、やがて指示を出した。
「引き続き記録しよう。現段階では、自然に起きる変化を優先して観測する」
「介入は行わないのですか?」
「今は必要ない。こちらが先回りして答えを与えれば、観測できるものも変わってしまう」
担当者はうなずき、記録を保存した。
その頃、ゲームの中では、森林の集落のNPCたちが新しい木材を倉庫へ運んでいた。
港では、運ばれてきた木材を使って設備の準備が進められている。
北部旧市街では、修理中の輸送機に新しい部品が取り付けられていた。
プレイヤーたちは、そのすべてを見ているわけではない。
それでも、次にログインしたときには、また何かが変わっているかもしれなかった。




