第六十五章 誰もいない時間
金曜日。
放課後。
悠真は学校から帰ると、宿題を済ませた。
母親が台所から声をかける。
「今日はゲームする?」
「うん」
「昨日もしてたでしょう」
「今日は短くする」
「分かった」
悠真はパソコンを起動した。
【クロスギア】
ログイン。
【現在オンライン:207,416】
メインロビーを見る。
KAIはいる。
RIONもいる。
MIZUはいない。
悠真は少し待った。
しかし、MIZUはログインしてこない。
《今日は三人で行く?》
KAIが聞く。
「うん」
三人で任務を選ぶ。
昨日の港へ向かう。
転送される。
港は明るくなっていた。
昨日復旧した設備が動いている。
輸送機が倉庫の間を行き来している。
NPCも増えていた。
「昨日より人がいる」
RIONが言う。
悠真は周囲を見た。
整備員もいる。
荷物を運ぶNPCもいる。
昨日はいなかったNPCまでいる。
「プレイヤーがいない間に増えたのかな」
「たぶん」
三人は港を歩く。
すると、整備員が悠真たちに近づいてきた。
「新しい設備が必要です」
【依頼】
【港湾施設・追加設備】
【必要素材:特殊金属】
「また修理?」
KAIが笑う。
「今度は作るみたい」
三人は依頼を受ける。
素材を探して港の外へ向かう。
森を抜ける。
敵が出現する。
三人で戦う。
敵を倒したあと、特殊金属を回収する。
しかし、必要数には足りない。
「あと二つ」
RIONが言う。
そのとき。
森の奥からNPCが歩いてきた。
昨日のラグだった。
ラグは三人を見ると、少し立ち止まった。
そして、別の方向へ歩き始めた。
「また案内してるのかな」
悠真が追いかける。
ラグは森の奥へ進む。
やがて、小さな岩場に到着した。
そこには鉱石があった。
【特殊金属】
必要数を満たす。
「助かった」
KAIが言う。
三人は港へ戻る。
整備員に素材を渡す。
設備の建設が始まる。
しかし、三人はそこでログアウトした。
「今日はここまで」
悠真が言う。
「俺も」
KAIもログアウトする。
RIONも続いた。
誰もいなくなった。
メインロビーから、三人の名前が消える。
しばらくして。
ゲームの中の港では、NPCたちが動き続けていた。
整備員が建設を続ける。
荷物を運ぶ。
輸送機を動かす。
ラグは森へ戻る。
そして夜になる。
【現在オンライン:0】
ゲームのメインロビーには、誰もいない。
それでも。
世界は動いていた。
翌朝。
悠真は学校へ行った。
その間もゲームは動いている。
昼。
まだログインしていない。
港の建設は進んでいた。
午後。
新しい倉庫が完成する。
夜。
別のNPCが倉庫へ荷物を運び込む。
そして翌日。
土曜日。
悠真がゲームを起動した。
【クロスギア】
ログイン。
【現在オンライン:239,821】
休日で人数が増えている。
悠真はメインロビーへ入る。
KAIとRIONがいた。
MIZUもいる。
《おはよう》
MIZUから通信。
《おはよう》
悠真が返す。
《港、どうなった?》
KAIが聞く。
「見に行こう」
四人で港へ向かう。
到着する。
三人とも黙った。
昨日まで建設中だった倉庫が完成している。
新しい設備もある。
NPCの数も増えている。
「俺たちがいない間に完成した」
RIONが言う。
MIZUが周囲を見る。
「これ、プレイヤーがいなくても進むんだな」
悠真は頷いた。
「うん」
そのとき。
整備員が近づいてきた。
「お待ちしていました」
「待ってた?」
KAIが聞く。
「はい」
【新規任務】
【港湾施設・稼働確認】
【参加人数:4】
「任務ができてる」
MIZUが笑う。
四人で受ける。
港の各設備を確認する。
輸送機。
倉庫。
通信設備。
修理施設。
すべて正常に動いている。
最後に通信装置を確認する。
昨日まで、
【接続先なし】
だった。
今日は違った。
【接続先:港湾施設ネットワーク】
「繋がった」
RIONが言う。
「昨日は繋がってなかったよな」
KAIが確認する。
「うん」
悠真は画面を見る。
通信装置の先には、港にある複数の設備が表示されている。
さらにその先に、
【周辺NPCネットワーク】
という項目があった。
「NPC同士が繋がってる」
MIZUが言った。
港のNPCたちが、それぞれの仕事を続けている。
整備員が設備を確認する。
輸送担当が荷物を運ぶ。
別のNPCがその情報を受け取る。
誰かが命令しているわけではない。
それぞれの行動が、別のNPCの行動に影響している。
【稼働確認:完了】
【評価:S】
【報酬:港湾施設利用権】
四人がロビーへ戻る。
MIZUが言った。
「これ、前よりゲームっぽくない気がする」
KAIが笑う。
「ゲームだろ」
「そうなんだけど」
MIZUは少し考えた。
「俺たちがいなくても、勝手に進んでるから」
悠真は答えた。
「だから、戻ってきたときに変わってるんじゃない?」
「そうかもな」
その日の午後。
四人は別の任務へ向かった。
しかし、悠真は途中でログアウトした。
母親に呼ばれたからだった。
「ご飯できたよ」
「今行く」
ログアウト。
ゲームを離れる。
夕食。
宿題。
風呂。
そして夜。
悠真は再びログインした。
【現在オンライン:181,472】
昼より大きく減っている。
メインロビーにはKAIもRIONもいなかった。
MIZUだけがいた。
《まだやってる?》
《うん》
《一回だけ行く?》
《いいよ》
二人で普通の任務へ向かった。
その頃。
ゲーム会社。
【プレイヤー非接続時間】
【NPC行動:継続】
【施設変化:確認】
【NPC間ネットワーク:拡大】
担当者が画面を見る。
「プレイヤーがいない時間の方が、データが増えてますね」
「はい」
「今まではプレイヤーの行動を中心に見ていた」
「そうですね」
「でも、この世界ではプレイヤーがいなくても変化する」
社員が頷く。
画面には、港湾施設の記録が表示される。
【プレイヤー接続:なし】
【NPC行動:継続】
【施設状態:変化】
【新規行動:発生】
担当者は少し考えた。
「ゲームの世界を理解するには、プレイヤーだけ見ていても足りないな」
「はい」
「NPCも、その環境も、プレイヤーがいない時間も全部必要になる」
「データ量が増えますね」
「増える」
画面に新しい項目が追加される。
【環境変化データ】
【NPC相互作用データ】
【非接続時間データ】
【長期世界変化データ】
その数字が少しずつ増えていく。
【統合率:85%】
しかし、その先にはまだ、
【未知の相互作用】
という項目が残っていた。
その夜。
悠真はゲームを終えた。
パソコンの画面が暗くなる。
部屋も静かになる。
でも。
《クロスギア》の世界は、そこで終わらない。
誰もログインしていない時間にも。
NPCたちは歩く。
話す。
働く。
失敗する。
助ける。
そして、時々。
昨日まで存在しなかったものを作る。
それを、プレイヤーが翌日に見つける。
その繰り返しが、少しずつ世界を変えていた。




