第六十三章 戻った場所、変わった場所
水曜日。
放課後。
悠真は家に帰ると、母親に声をかけた。
「ただいま」
「おかえり。今日は早かったね」
「うん」
「ゲームする前に宿題ね」
「分かってる」
昨日と同じように宿題を終える。
そのあと、少しだけ休んでからログインした。
【クロスギア】
【現在オンライン:214,287】
昨日より少し増えている。
メインロビーにはKAIとRIONがいた。
MIZUの名前もある。
「今日もいる」
悠真が言う。
KAIが笑った。
「昨日だけじゃなかったな」
MIZUから通信が届いた。
《今日は普通の任務にしたい》
《いいよ》
四人で任務を選ぶ。
【旧港湾都市・設備調査】
転送される。
古い港が広がっていた。
壊れた倉庫。
使われなくなった道路。
停止した輸送機。
NPCも少ない。
MIZUが周囲を見る。
「ここ、前にも来た気がする」
悠真が聞く。
「いつ?」
「かなり前」
MIZUは少し考えた。
「たぶん一年以上前」
「覚えてる?」
「全部は覚えてない」
四人で進む。
港の中央に、大きな管理施設があった。
入口にはNPCが一体立っている。
【NPC:管理員】
悠真たちが近づく。
「通行許可を確認します」
NPCが言う。
「この先は現在使用されていません」
KAIが聞く。
「中に入れない?」
「許可がありません」
MIZUが前へ出た。
「昔は入れたと思う」
管理員は答えない。
MIZUが昔の記録を確認する。
【過去任務】
【港湾施設調査】
【参加記録:MIZU】
しかし、現在の任務には含まれていない。
「前は入れたんだけどな」
MIZUが言った。
悠真は入口を見る。
「じゃあ、今は別の条件があるのかも」
四人で周囲を探す。
古い端末を見つけた。
電源を入れる。
【施設管理システム】
【現在の管理者:不在】
【代替管理者:検索中】
しばらくすると、
【候補:NPC管理員】
と表示された。
管理員が近づいてくる。
「管理権限を確認しました」
扉が開く。
「入れるようになった」
RIONが言った。
四人で中へ入る。
内部には、昔使われていた設備が残っていた。
輸送機。
修理設備。
古い通信装置。
そして壁に、いくつもの記録が残っている。
MIZUが一つの端末を操作した。
【旧任務記録】
【参加者:MIZU】
【任務結果:失敗】
MIZUが黙った。
悠真は何も言わなかった。
「……覚えてる」
MIZUが言った。
「この任務で何回も負けた」
KAIが聞く。
「だからやめたの?」
「それもある」
MIZUは画面を見た。
「でも、それだけじゃない」
しばらくして、MIZUが続ける。
「その頃は、ゲームで失敗すると、次も失敗する気がしてた」
「今は?」
「今は……失敗したら、今日はやめればいいと思ってる」
悠真は頷いた。
「それなら、戻ってきても大丈夫だね」
MIZUが笑った。
「そうかもな」
施設の奥で、突然警報が鳴った。
【未確認反応】
【施設防衛システム起動】
古い機械が動き出す。
「戦闘か!」
KAIが構える。
敵が出現する。
古い型の戦闘機械だった。
攻撃は強くない。
しかし、施設内の設備を利用して戦う。
壁を閉じる。
床を動かす。
通路を切り替える。
四人は少し苦戦した。
MIZUが一度攻撃を受ける。
「危ない!」
悠真が引き戻す。
「ありがとう」
「前なら?」
「たぶん、そのまま突っ込んでた」
「じゃあ、変わったね」
「そうだな」
四人で敵を倒す。
【任務成功】
【評価:S】
【追加報酬:旧港湾施設記録】
MIZUが報酬を見て笑う。
「これ、強くなるアイテムじゃないな」
「うん」
「でも、悪くない」
任務を終える。
ロビーへ戻る。
MIZUは少しだけ黙っていた。
「今日はもう一回やる?」
KAIが聞く。
「いや」
MIZUは首を振った。
「今日はここまで」
「また明日?」
「気が向いたら」
そう言ってログアウトした。
悠真も少ししてログアウトする。
現実に戻ると、母親が夕食を準備していた。
「今日はどうだった?」
「昔遊んでた友達と一緒にやった」
「昨日の子?」
「うん」
「楽しそうね」
「うん」
悠真は椅子に座った。
「でも、昔と同じ場所なのに、ちょっと違ってた」
母親は料理を並べながら言った。
「人が変われば、同じ場所でも違って見えるんじゃない?」
悠真は少し考えた。
「そうかも」
夕食を食べる。
その夜。
ゲーム会社では、MIZUのデータが更新されていた。
【長期離脱プレイヤー】
【再接続後:過去任務へ再訪】
【過去失敗経験:再確認】
【行動修正:確認】
【接続時間:短】
【再接続予定:不確定】
担当者が画面を見る。
「面白いですね」
「何が?」
「戻ってきたあと、過去の場所へ行っています」
「懐かしいから?」
「本人の言葉では、そういう可能性があります」
「でも、それはデータだけでは判断できない」
「はい」
画面には、過去と現在の行動が並んでいた。
同じ場所。
違う行動。
以前は敵に突っ込んだ。
現在は一度止まった。
以前は失敗すると続けた。
現在はログアウトした。
担当者はその差を見ていた。
「ゲームは変わっていない」
「はい」
「でも、プレイヤーは変わっている」
「そうですね」
別の画面に、新しい項目が表示された。
【過去経験による行動変化】
【失敗経験の再利用】
【長期離脱後の判断変化】
その下に、
【予測モデルへの反映】
という文字が表示される。
担当者が入力を確認する。
「これでいい?」
「はい」
データが保存される。
【統合率:84%】
しかし、その数字の下には依然として空白があった。
【行動理由】
【ゲーム外経験】
【継続理由】
【再接続理由】
それらは、完全には埋まらない。
その頃。
悠真は布団の中で、今日の港を思い出していた。
MIZUが昔失敗した場所。
そして、今日もう一度そこへ戻ったこと。
ゲームの中には、昔の記録が残っている。
でも、その記録をどう使うかは、そのときの自分によって変わる。
悠真は目を閉じた。
明日は何をしよう。
その答えは、まだ決めていなかった。




