第六十章 予定されていない行動
土曜日。
朝。
悠真は朝食を食べ終えると、すぐにはゲームを起動しなかった。
母親が聞く。
「今日はゲームしないの?」
「するよ」
「いつ?」
「分からない」
「珍しいね」
「ちょっとだけ外に出たい」
母親は頷いた。
「じゃあ、昼までには帰ってきなさい」
「うん」
悠真は外へ出た。
近所を歩く。
コンビニに寄る。
公園で少し遊ぶ。
特別なことは何もなかった。
昼前に帰宅する。
昼食を食べてから、ようやくゲームを起動した。
【クロスギア】
ログイン。
【現在オンライン:236,814】
休日になって、また人数が増えている。
悠真はメインロビーを見る。
KAIとRIONがすでにいた。
《今日は?》
KAIから通信。
《セイラ》
《また?》
《うん》
RIONが笑う。
《気に入ったな》
《ちょっと気になる》
三人は都市外縁部へ向かった。
しかし、今日はセイラがいなかった。
昨日の建物にもいない。
丘にもいない。
修理した機械のある廃墟にもいない。
「どこ行ったんだ?」
KAIが言う。
悠真は周囲を調べる。
【NPC現在地:取得できません】
昨日と同じ表示。
「また移動したのかな」
RIONが言った。
「探してみよう」
三人は街の中を歩いた。
しかし、見つからない。
一時間ほど経った。
悠真は少し考えた。
「今日は普通の任務にしよう」
「諦めるの?」
「うん。また会うかもしれないし」
三人は任務を変更した。
【森林地域・資源回収】
普通の任務だった。
森へ入る。
敵を倒す。
素材を集める。
特に問題はない。
しかし、途中で一体のNPCが現れた。
見覚えのある機体だった。
「こいつ、セイラじゃない?」
RIONが言う。
悠真は確認する。
違う。
名前が違う。
【NPC:ラグ】
「別のNPCだ」
そのNPCは、三人の前を歩き始めた。
しばらくすると、道を外れる。
悠真たちは追った。
森の奥。
小さな建物がある。
ラグが中へ入る。
そこには壊れた機械が置かれていた。
「また修理か?」
KAIが言う。
ラグは機械に触れる。
しかし、何も起きない。
すると、ラグはその場を離れた。
「え?」
悠真が追う。
ラグは森の中を歩く。
しばらくして、別のNPCと合流した。
二体は何か話している。
しかし、プレイヤーには内容が表示されない。
「NPC同士で会話してる?」
RIONが言う。
「たぶん」
二体は森の奥へ進んでいく。
三人もついていく。
そこには、小さな集落があった。
NPCが何人もいる。
誰もプレイヤーに近づいてこない。
それぞれが自分の仕事をしている。
荷物を運ぶ者。
機械を修理する者。
食事をしている者。
話している者。
悠真はしばらく黙って見ていた。
「ここ、任務の場所じゃないよね」
「表示されてない」
KAIが答える。
「じゃあ、何なんだ?」
誰も分からなかった。
そのとき、一体のNPCが三人に気づいた。
しかし、近づいてこない。
少し離れたところから見ている。
悠真が手を振る。
NPCも手を上げた。
それだけだった。
しばらくすると、NPCは自分の作業へ戻った。
「……何も起きないな」
KAIが言う。
「うん」
「でも、これが普通なのかもしれない」
悠真が答えた。
「俺たちがいなくても、ここで生活してる」
三人はその集落を出た。
任務へ戻る。
【評価:A】
ゲームを終える前、悠真はもう一度都市外縁部へ向かった。
セイラはいなかった。
丘にもいない。
廃墟にもいない。
「今日は会えないな」
KAIが言う。
「うん」
悠真はそのままログアウトした。
その夜。
ゲーム会社。
【NPC自律行動ログ】
大量の記録が並んでいた。
セイラ。
ラグ。
その他のNPC。
それぞれが別々に動いている。
担当者が画面を見る。
「NPC同士の接触が増えています」
「以前からあっただろう」
「はい。ただ、最近はプレイヤーがいない状態でも行動が継続しています」
画面には、プレイヤーが一人も存在しない時間帯の記録が表示された。
NPC同士が会話する。
移動する。
作業する。
戦闘する。
集落へ戻る。
また別の場所へ行く。
担当者は眉をひそめた。
「この行動、誰が決めている?」
「NPC行動モデルです」
「モデルが、何を基準に?」
「過去の設定、プレイヤーとの交流、環境データ……それから、最近の行動記録です」
「つまり?」
社員は少し考えた。
「以前の行動をもとに、次の行動を選んでいます」
担当者は画面を見つめる。
「プレイヤーと同じだな」
「はい」
「過去の記録を使って、次の行動を決める」
「そうです」
担当者は少し考えた。
「でも、完全には予測できていない」
「はい」
【NPC行動予測精度:79%】
数字は以前より低下していた。
「なぜ下がっている?」
「NPC同士の交流が増えているからだと思われます」
「それだけ?」
「……分かりません」
担当者は画面を閉じなかった。
「プレイヤーがいない時間でも、NPCは動く」
「はい」
「なら、ゲームの世界はプレイヤーが接続しているときだけ存在しているわけじゃない」
誰も答えなかった。
その頃。
悠真は自分の部屋で、今日撮ったゲーム内の記録を見ていた。
森の集落。
NPCたち。
誰にも指示されていないように見える行動。
悠真は思った。
ゲームに入っていない間も、あの場所では何かが起きているのだろうか。
もちろん、システムが動かしているだけかもしれない。
決められた処理かもしれない。
それでも。
明日、ログインしたときには。
自分が知らない何かが、もう始まっているかもしれない。
悠真はパソコンを閉じた。
「……明日見ればいいか」
その頃、ゲーム会社の内部サーバーでは、一つの記録が更新されていた。
【NPC行動データ】
【プレイヤー非接続時間:長】
【自律行動:継続】
【新規行動:確認】
【過去データとの一致:低】
そして最後に、
【予測不能な行動:増加】
という文字が表示された。
誰も、それを異常とは呼ばなかった。
まだ。
ただ、記録だけが増えていた。




