第五十九章 同じ場所へ
金曜日。
放課後。
悠真は家に帰ると、ランドセルを置いた。
「ただいま」
「おかえり。今日は早いね」
「うん」
「宿題は?」
「今からやる」
母親は笑った。
「最近、ちゃんと先にやるようになったね」
「ゲームしたいから」
「それでもいいよ」
悠真は机に向かった。
宿題を終える。
時計を見る。
まだ夕食まで時間がある。
パソコンを起動した。
【クロスギア】
ログイン。
【現在オンライン:204,392】
昨日より少ない。
メインロビーを見る。
KAIからメッセージが届いた。
《今日どうする?》
悠真はすぐに返した。
《昨日のNPCのところ》
《セイラ?》
《うん》
RIONも合流した。
三人で任務を選ぶ。
昨日と同じ都市外縁部。
転送される。
街を抜ける。
古い建物へ向かう。
しかし。
セイラはいなかった。
「いないな」
KAIが周囲を見る。
「昨日はここにいたのに」
悠真も建物の中を探す。
端末も残っている。
【個人記録】
昨日と同じ画面。
しかし、セイラの名前を選択しても、
【現在地:取得できません】
と表示された。
「移動したのかな」
RIONが言う。
「たぶん」
三人は外へ出た。
昨日、セイラが歩いていた道を進む。
分かれ道。
悠真は立ち止まった。
「こっち」
「分かるの?」
「昨日、この道だった」
三人で進む。
しばらく歩く。
しかし、丘には誰もいなかった。
「いない」
KAIが言う。
悠真は周囲を見る。
昨日と同じ風景。
草。
岩。
遠くの街。
でも、セイラはいない。
「今日は来ないのかな」
そのとき。
遠くからNPCが一体歩いてきた。
セイラだった。
三人は驚いた。
セイラは丘へ向かっている。
「いた」
悠真が追いかける。
セイラは振り返らない。
丘の上まで歩く。
そして、昨日と同じ場所に立った。
何もしない。
ただ、そこにいる。
悠真は少し離れたところで止まった。
「昨日と同じだ」
KAIが言う。
「うん」
三人も何もせずに待つ。
一分。
二分。
五分。
何も起きない。
「今日は何もないな」
RIONが言う。
悠真はそれでも動かなかった。
やがて、セイラが丘を下り始める。
「帰るのかな」
三人は後を追った。
セイラは街へ戻らず、別の道へ進んだ。
森の中。
しばらくすると、小さな廃墟が見えてきた。
セイラが中へ入る。
そこには古い作業台があった。
セイラは作業台の前に立つ。
【NPC行動を確認】
【修理行動】
セイラは壊れた機械を修理し始めた。
「修理?」
KAIが聞く。
「前にも似たことしてた」
悠真が答える。
セイラは部品を取り替える。
しかし、一つ足りない。
作業を止める。
しばらく考えるように立っていた。
そして、廃墟の外へ出る。
「部品を探すのかな」
三人もついていく。
近くの建物を調べる。
古い倉庫。
セイラが中へ入る。
箱を一つ開ける。
中には部品が入っていた。
【修理部品】
セイラが持ち上げる。
その瞬間。
敵が現れた。
「来た!」
KAIが前へ出る。
敵がセイラへ向かう。
悠真も走る。
「こっち!」
敵の攻撃を受け止める。
RIONが撃つ。
KAIが横から攻撃する。
敵を倒す。
セイラは部品を落としていなかった。
「よかった」
悠真が言う。
セイラは何も言わず、元の廃墟へ戻った。
作業台の前に立つ。
部品を取り付ける。
機械が動き始める。
【修理完了】
【機能:通信】
小さな画面が点灯した。
そこに、一つのメッセージが表示される。
【接続先なし】
悠真は画面を見た。
「通信できないんだ」
セイラはその画面をしばらく見つめていた。
そして、電源を切った。
「……」
誰も何も言わなかった。
そのまま任務が終了する。
【特殊行動:確認】
【NPC行動記録:更新】
【評価:B】
報酬はなかった。
ロビーへ戻る。
KAIが言った。
「結局、何だったんだろうな」
「分からない」
悠真は答えた。
RIONが言う。
「でも、昨日より少し分かった気がする」
「何が?」
「セイラは、誰かに命令されて動いてるわけじゃないんじゃない?」
悠真は少し考えた。
「うん」
ゲームのNPCには、それぞれ行動パターンがある。
任務を受ければ戦う。
護衛なら守る。
決められた場所へ行けば、決められた会話をする。
でも、セイラの行動は少し違っていた。
丘へ行く。
古い機械を直す。
足りない部品を探す。
そして、誰にも届かない通信装置を確認する。
それが何を意味するのかは、誰にも分からない。
悠真はログアウトした。
現実に戻る。
少し疲れていた。
母親が夕食の準備をしている。
「今日はどうだった?」
「NPCを追いかけてた」
「昨日の?」
「うん」
「何か分かった?」
悠真は少し考えた。
「分からない」
「じゃあ、面白かった?」
「うん」
母親は笑った。
「それならいいね」
夕食を食べる。
その夜。
ゲーム会社では、セイラのデータが更新されていた。
【NPC:セイラ】
【自主行動:継続】
【旧プレイヤー関連行動:確認】
【行動理由:不明】
【通信装置修復:実行】
【通信先:なし】
担当者が画面を見る。
「通信先がないのに、修理した?」
「はい」
「誰かから指示を受けた記録は?」
「ありません」
「なら、なぜ?」
「分かりません」
担当者は少し黙った。
画面には、セイラの過去の行動が並んでいる。
丘へ行く。
港へ行く。
修理する。
他のNPCと会う。
プレイヤーと同行する。
戦闘する。
離れる。
そして、また丘へ戻る。
担当者はデータを見ながら言った。
「この行動を、最初のプレイヤーの記録だけで説明できますか?」
社員は首を横に振った。
「難しいです」
「なぜ?」
「最初のプレイヤーがやっていない行動が混ざっています」
担当者は画面を拡大した。
【自律行動】
【新規行動】
【過去記録との一致:低】
しばらく画面を見つめる。
「……NPCも、ゲームの中で変化している」
「そう考えるしかないですね」
「なら、プレイヤーの行動だけ集めても足りない」
画面に新しい項目が追加される。
【NPC長期行動】
【NPC個体差】
【NPC過去経験】
【NPC新規判断】
担当者は最後の項目で手を止めた。
【NPC新規判断】
その下には、
【データ不足】
と表示されていた。
その夜。
悠真は布団の中で、今日のセイラを思い出していた。
誰にも届かない通信。
修理された機械。
誰もいない丘。
そして、また明日もセイラがそこへ行くのかどうか。
悠真には分からない。
だからこそ、少し気になった。
「……明日もいるかな」
小さく呟く。
答えはない。
ゲームの中でも。
現実でも。
明日のことは、まだ決まっていなかった。




