第五十八章 知らない名前
木曜日。
放課後。
悠真は帰宅すると、いつものように宿題を終わらせた。
母親が台所から声をかける。
「今日はゲームする?」
「うん」
「疲れてない?」
「大丈夫」
「じゃあ、無理しないようにね」
「分かった」
悠真はパソコンを起動した。
【クロスギア】
ログイン。
【現在オンライン:206,731】
メインロビーに入る。
KAIはいた。
RIONもいた。
「今日は三人だな」
KAIが言う。
「何する?」
RIONが聞く。
悠真はランキングを開いた。
順位は変わっていない。
1位 KAI
2位 RION
3位 YUMA
その下を見る。
昨日までいた名前が、また一つ消えていた。
「……また減った」
RIONが言う。
「うん」
悠真はランキングを閉じた。
「普通の任務にしよう」
三人で任務を選ぶ。
今回は、都市外縁部の探索任務だった。
開始すると、最初から一人のNPCが待っていた。
「誰だ?」
KAIが言う。
NPCの名前は表示されている。
しかし、三人とも知らない名前だった。
【NPC:セイラ】
「初めて見る」
RIONが言った。
悠真も頷く。
「俺も」
セイラは何も言わず、歩き始めた。
三人は後を追う。
都市の外へ出る。
敵が出現した。
セイラは戦わなかった。
ただ、一定の距離を保って歩いている。
「戦闘能力は低いのかな」
KAIが言う。
「分からない」
悠真はセイラの動きを見ていた。
敵が近づくと、セイラは逃げる。
しかし、完全には離れない。
一定の距離を保つ。
敵が別の方向へ向かうと、また戻ってくる。
「……何してるんだろう」
悠真が呟く。
「護衛対象じゃない?」
RIONが言った。
「でも、任務にはそんな説明ない」
三人はそのまま進んだ。
やがて、古い建物が見えてきた。
セイラが中へ入る。
悠真たちも続く。
建物の奥には、いくつもの部屋があった。
その一つに、古い端末がある。
セイラはそこで止まった。
画面には、
【個人記録】
と表示されている。
悠真が触れる。
しかし、ロックされていた。
【認証が必要です】
「認証?」
KAIが言う。
「NPCの?」
悠真がセイラを見る。
セイラは端末の前に立っている。
悠真がもう一度操作すると、今度は表示が変わった。
【同行者による認証を確認】
【記録を開きます】
三人は顔を見合わせた。
画面に一つの名前が表示された。
【記録者:プレイヤー】
「またこれか」
KAIが言う。
しかし、その下に別の名前があった。
【最終同行NPC:セイラ】
「……え?」
悠真は画面を見る。
【記録日数:1,247日】
【同行回数:386】
【最終接続:記録あり】
「このNPC、昔からいたのか」
RIONが言った。
悠真はさらに記録を開く。
最初の記録。
【プレイヤーとセイラ、初回同行】
次。
【通常任務】
【探索】
【護衛】
【戦闘】
そして、
【プレイヤー長期離脱】
【NPC単独行動へ移行】
「単独行動?」
悠真は続きを読む。
プレイヤーがログインしなくなったあとも、セイラはゲームの中に残っていた。
NPCとして。
一日。
十日。
百日。
その間にも、セイラは他のプレイヤーと何度も遭遇している。
しかし、その最初のプレイヤーとの記録だけは残っていた。
【同行記録:継続】
「……プレイヤーがいなくなっても、NPCは残るんだ」
悠真が言った。
KAIは少し黙っていた。
「じゃあ、このNPCにとって、その人はまだ存在してるのか?」
RIONが答える。
「記録の中では」
悠真はセイラを見る。
セイラは何も言わない。
ただ、端末の前に立っている。
「覚えてるのかな」
悠真が聞く。
誰も答えられない。
セイラは突然、建物の外へ歩き始めた。
「待って」
悠真たちは追いかけた。
セイラは街道を歩く。
途中で敵が出現した。
セイラは戦わない。
しかし、逃げもしない。
ただ、一定の方向へ進む。
しばらくして、小さな丘へ着いた。
そこには何もなかった。
セイラは立ち止まる。
悠真も立ち止まった。
「ここ?」
セイラは答えない。
しばらくすると、夕方の光が丘を照らした。
セイラはそのまま動かなかった。
【特殊行動を確認】
【イベント条件を満たしました】
画面が表示される。
【同行NPC:セイラ】
【記録を更新】
【同行期間:継続】
【報酬:なし】
KAIが苦笑した。
「また報酬なし」
RIONも笑う。
「最近こういうの多いな」
悠真はセイラを見ていた。
「でも、これがこのNPCの話なんだと思う」
三人はしばらく丘にいた。
それから任務を終了した。
【評価:判定不能】
ロビーへ戻る。
悠真は少し考えた。
「明日、また来てみようかな」
KAIが聞く。
「セイラに?」
「うん」
「何か起きるかもな」
RIONが言った。
「何も起きないかもしれないけど」
「それでもいい」
悠真は答えた。
三人はログアウトした。
その夜。
ゲーム会社。
【NPC:セイラ】
【旧プレイヤーとの同行履歴:386回】
【現在の自律行動:継続】
【旧プレイヤー再接続:なし】
担当者が記録を見ていた。
「このNPC、まだ動いてるんですね」
「はい」
「プレイヤーがいなくなってから何年です?」
「約三年です」
「それでも?」
「はい」
画面には、セイラの行動履歴が流れている。
他のプレイヤーと会った。
別の任務に参加した。
負けた。
逃げた。
助けた。
そして、時々。
誰もいない丘へ向かった。
担当者はその記録を見つめた。
「これ、本当に最初のプレイヤーの行動を再現してるだけですか?」
隣の社員が答える。
「分かりません」
「NPCの自律行動モデルでは説明できない?」
「完全には」
担当者は黙った。
画面に表示される。
【NPC行動予測】
【予測精度:83%】
しかし、その下に、
【セイラ:17%】
と表示された。
「低いですね」
「はい」
「なぜ?」
「分かりません」
担当者は画面を閉じた。
「分からないものが、また増えましたね」
その夜。
悠真は眠る前に、明日の予定を考えていた。
学校。
宿題。
それが終わったら。
もう一度、あの丘へ行ってみる。
何があるのか。
セイラが何をしているのか。
そして、その場所に誰がいなくなったのか。
それだけが、少し気になっていた。




