第五十七章 戻るきっかけ
水曜日。
学校から帰った悠真は、玄関で靴を脱いだ。
いつもなら、そのまま自分の部屋へ向かう。
今日は違った。
母親が台所から声をかけた。
「今日は少し早かったね」
「うん」
「宿題は?」
「今からやる」
悠真はランドセルを置いた。
宿題を始める。
しかし、問題を解きながら昨日のゲームのことを思い出していた。
五年以上遊んでいたプレイヤー。
最後に残っていた記録。
【最終接続】
その後は何もない。
「……何してるんだろう」
小さく呟いた。
宿題を終える。
ゲームを起動する。
【現在オンライン:207,982】
また少し減っている。
メインロビーを見ると、KAIがいた。
しかし、RIONはいなかった。
《RIONは?》
《今日は来ないって》
《そっか》
悠真は少し考えた。
《じゃあ二人で行く?》
《いいよ》
二人で普通の任務に入る。
今日は街の警備任務だった。
NPCの警備兵と一緒に、街を巡回する。
敵は弱い。
ほとんど戦闘もない。
途中、KAIが言った。
「こういう任務、昔はもっと人がいたよな」
「うん」
「今は二人だけ」
「でも、NPCはいる」
悠真が言うと、KAIが笑った。
「それもそうだな」
二人は街を歩く。
しばらくすると、見覚えのあるNPCが現れた。
「こいつ……」
悠真が立ち止まる。
以前、港で助けたNPCだった。
「同じ個体?」
KAIが聞く。
「たぶん」
NPCも悠真に気づいたように近づいてきた。
「以前、港にいた」
悠真が言う。
NPCは何も答えない。
しかし、二人の前を歩き始めた。
「ついてこいってことかな」
KAIが言う。
悠真たちは後を追った。
街の外。
小さな道。
その先に、古い倉庫があった。
NPCが扉を開く。
中には、古い機械が置かれている。
悠真が近づく。
【旧型航路通信装置】
「これ、昨日の記録にあったやつと同じ系統かも」
KAIが言った。
悠真は装置を調べる。
一つのメッセージが残っていた。
【航路通信】
【最終更新:1,892日前】
「またこの数字……」
悠真は驚いた。
昨日見た、長期継続プレイヤーの記録と同じだった。
通信装置を起動する。
ノイズが流れる。
しばらくして、古い音声が再生された。
『……聞こえている人がいるなら、これを残しておく』
二人は黙った。
『この世界は、まだ完成していない』
『だから、たぶん、これからも変わる』
音声はそこで途切れた。
「誰?」
KAIが聞く。
「分からない」
悠真は記録を確認する。
名前は表示されない。
ただ、
【記録者:プレイヤー】
とだけ書かれている。
『もし、いつか戻ってきたら』
再び音声が流れる。
『前に進めなくても、別にいい』
『前に進むために遊んでいるわけじゃないから』
音声が途切れた。
それ以上は何もなかった。
悠真はしばらく黙っていた。
「……変な記録だな」
KAIが言う。
「うん」
「でも、ちょっと分かる気がする」
「何が?」
「ゲームって、別に強くなるためだけじゃないから」
悠真は頷いた。
任務はそこで終了した。
【評価:B】
【特殊記録:取得】
報酬はなかった。
ロビーへ戻る。
KAIが言った。
「俺、今日はもう落ちる」
「うん」
「また明日」
KAIがログアウトする。
悠真は一人でロビーに残った。
【現在オンライン:207,421】
その数字を見ながら、悠真は少し考えた。
ゲームを始めたばかりの頃。
強い機体を作りたかった。
ランキングにも興味があった。
勝てると嬉しかった。
負けると悔しかった。
でも、今はそれだけではない。
知らない場所を見つける。
NPCと話す。
誰かと一緒に戦う。
途中でやめる。
次の日に戻る。
そういうことも、いつの間にかゲームの一部になっていた。
「……だから戻るのかな」
誰もいないロビーで、悠真は呟いた。
その日の夜。
ゲーム会社。
【YUMA】
【継続行動】
【NPC再遭遇】
【旧記録への接触】
【戦闘:低】
【報酬:低】
【再接続:予定】
担当者がデータを見る。
「また報酬の低い任務ですね」
「はい」
「それでも続けている」
「はい」
担当者は少し考えた。
「きっかけがある」
「きっかけ?」
「昨日の記録を見たことです」
画面には、
【旧プレイヤー記録】
が表示されている。
「このプレイヤーは、過去の記録を見たあと、別の行動をしています」
「つまり?」
「過去の経験や記録が、次の行動に影響している」
「それなら、普通の学習モデルで予測できるんじゃないですか?」
担当者は首を横に振った。
「影響は分かる」
「でも、何をきっかけにするかは分からない」
画面には、悠真の行動履歴が並ぶ。
【NPCとの再遭遇】
【旧記録】
【探索】
【戦闘】
それらの間に、
【行動理由:不明】
という表示が何度も出ていた。
担当者はそれを見つめる。
「人間は、過去をそのまま繰り返すわけじゃない」
「でも、過去を捨てるわけでもない」
「その間にあるものが、まだ取れない」
画面の端に、
【新規判断】
【予測精度:低】
と表示された。
担当者はその数字を確認してから、画面を閉じた。
その頃。
悠真は布団の中で眠っていた。
明日、ゲームをするかどうかはまだ決めていない。
宿題もある。
学校もある。
疲れているかもしれない。
それでも、ゲームをやめる理由もない。
そして翌日。
学校から帰ってきた悠真は、パソコンの電源を入れた。
画面に、
【クロスギア】
と表示される。
悠真は少し笑った。
「……今日は何しようかな」
その一言だけで。
また一日が始まった。




