第五十六章 戻らない人
火曜日。
学校が終わると、悠真はいつものように家へ帰った。
机の上にランドセルを置く。
宿題を出す。
その前に、スマートフォンを確認した。
昨日、ゲームをやめた友達からメッセージが届いていた。
《今日もやらない》
悠真は返信した。
《うん》
少しして、
《でも動画見てる》
と返ってきた。
悠真は笑った。
《じゃあ、また気が向いたら》
《そうする》
そこで会話は終わった。
引き止める必要はなかった。
学校がある。
宿題がある。
ゲーム以外にもやることはある。
それぞれが、自分の時間を使っている。
悠真は宿題を終えた。
それからゲームを起動する。
【現在オンライン:209,417】
昨日よりまた少ない。
メインロビーへ入る。
KAIから通信が来た。
《今日は深層行く?》
悠真は少し迷った。
「……今日は行こうかな」
《行く》
RIONも合流した。
三人で深層エリアへ向かう。
前回開いた区域より、さらに奥。
地形が変わっていた。
これまでの洞窟とは違い、広い空間が続いている。
壁には古い機械が並んでいた。
「また何かありそうだな」
KAIが言う。
悠真は中央の端末に近づいた。
画面が点灯する。
【旧型プレイヤー支援システム】
【現在停止中】
「プレイヤー支援?」
RIONが画面を読む。
「何だろう」
悠真が操作すると、古い記録が表示された。
【初期テスト記録】
【参加人数:1,204】
【平均接続時間:1時間17分】
【平均戦闘不能:0.8回】
【継続率:92%】
三人は黙った。
「昔はこんなに残ってたのか」
KAIが言う。
悠真は記録を下へ送る。
さらに古いデータ。
【参加人数:2,841】
【継続率:95%】
【平均接続回数:4.7】
「今と全然違う」
RIONが言う。
悠真はさらに進めた。
すると、一つの記録が表示された。
【長期継続者】
【継続期間:1,892日】
「五年以上?」
KAIが驚く。
「たぶん」
そのプレイヤーの記録には、戦闘だけではなく、様々なデータが残っていた。
【通常任務】
【PVP】
【ワールドボス】
【探索】
【NPC交流】
【装備研究】
【離脱期間:42日】
【再接続】
悠真はその記録を見つめた。
「四十二日も休んでる」
「それでも戻ってきた」
RIONが言った。
記録の最後には、
【最終接続:1,892日目】
とだけ表示されていた。
「その後は?」
悠真が調べる。
何もない。
【記録終了】
「やめたのかな」
KAIが言った。
「分からない」
悠真は答えた。
システムには、最後にログインした日までしか記録されていない。
その後、その人が何をしたのか。
なぜ戻らなかったのか。
ゲームを嫌いになったのか。
別のことを始めたのか。
忙しくなったのか。
それとも、ただログインする必要がなくなったのか。
何も分からない。
「ゲームの外のことは、記録できないんだな」
RIONが言った。
悠真は頷いた。
そのとき、端末の奥から機械音が聞こえた。
【過去データの読み込み完了】
【現在データとの比較を開始】
画面に大量の数字が流れる。
【プレイヤー数】
【接続頻度】
【戦闘不能率】
【再接続率】
【離脱率】
【継続期間】
やがて、一つの表示が出た。
【現在のプレイヤー構成】
【長期継続者:低】
【短期継続者:増加】
【断続的継続者:増加】
悠真は画面を見た。
「遊び方が変わってる」
KAIが言った。
「昔はずっと遊んでた人が多かった」
「今は、休んで戻る人も多い」
RIONが言う。
「ゲームが変わったのか、人が変わったのか……」
誰も答えなかった。
そのとき、深層エリアに敵が出現した。
【未知敵性反応】
「来た!」
三人は戦闘態勢に入る。
敵は以前の機械とは違っていた。
動きが単純だ。
しかし、数が多い。
「右!」
KAIが叫ぶ。
悠真は避ける。
RIONが撃つ。
敵が倒れる。
しかし、後ろから別の敵が来る。
悠真が対応する。
三人の動きは自然だった。
以前よりも無駄が少ない。
戦闘終了。
【評価:S】
【戦闘データ更新】
【協力データ更新】
【適応データ更新】
悠真は少し息を吐いた。
「今日はここまでにしよう」
KAIが言う。
「もう終わる?」
「うん」
RIONも頷く。
三人はロビーへ戻った。
ログアウト前。
悠真はもう一度、古い記録を開いた。
五年以上遊んでいたプレイヤー。
最後に残っていたのは、たった一つの記録だった。
【最終接続】
それだけ。
「……いつか、自分もこうなるのかな」
悠真は小さく呟いた。
KAIが聞く。
「何が?」
「いや」
悠真は画面を閉じた。
「何でもない」
ログアウトする。
その夜。
ゲーム会社では、深層エリアから送られた古いデータが分析されていた。
担当者が一つの記録を開く。
【旧プレイヤー】
【継続期間:1,892日】
【最終接続:記録あり】
【以降:データなし】
「この人のデータ、まだ残ってるんですか?」
「残っています」
「でも、もうログインしていない」
「そうです」
「どうしてやめたかは?」
「分かりません」
担当者は画面を閉じた。
「そこが問題なんです」
「問題?」
「ゲームの中の行動は全部記録できる」
「でも?」
「ゲームをやめたあと、何をしているのかは分からない」
隣の社員が言った。
「なら、記録できるところまで記録するしかないですね」
担当者は頷いた。
「そうです」
新しい項目が追加される。
【長期離脱後の再接続】
【離脱後の生活変化】
【離脱理由:取得不能】
【ゲーム外行動:不明】
画面には、
【不足データ】
と表示された。
そして、その項目は今までとは違う場所に追加された。
【プレイヤー外部行動】
その下には、
【収集不可】
という文字。
担当者はしばらく黙っていた。
「……ここから先は、ゲームだけでは取れない」
そう言って、画面を閉じた。
一方、悠真は何も知らずに眠っていた。
ゲームを続けることも。
休むことも。
やめることも。
また戻ることも。
それを決めるのは、ゲームの中のシステムではない。
少なくとも今は。
まだ、人間自身だった。




