第五十三章 戻る場所
土曜日の朝。
悠真はいつもより少し遅く起きた。
カーテンを開ける。
外は晴れていた。
朝食を食べ終えると、母親が言った。
「今日は休みだから、ゲームする?」
「うん。でも先に宿題する」
「そうして」
悠真は机に向かった。
平日の宿題より少し多かった。
それでも、一時間ほどで終わった。
ゲームを起動する。
【現在オンライン:238,912】
平日よりかなり多い。
「増えてる」
掲示板を見る。
《今日は休みだから来た》
《久しぶり》
《今からワールドボス来ないかな》
《今日は三回くらい遊べそう》
平日には見なかった名前も多い。
その中にMIZUの名前もあった。
《今日は少し長くできそう》
悠真は返信した。
《一緒にやる?》
《いいよ》
KAIとRIONも合流した。
四人でメインロビーに集まる。
「今日は何する?」
KAIが聞いた。
悠真はランキングを見る。
【総合ランキング】
1位 KAI
2位 RION
3位 YUMA
4位 ……
先週までよく見ていた名前が、いくつか消えている。
「減ったな」
RIONが呟く。
「うん」
MIZUが言った。
「でも今日は多い」
「休日だから」
悠真が答える。
「たぶん、また月曜日には減るよ」
誰も否定しなかった。
四人は普通の任務を選んだ。
今回は、砂漠エリア。
任務開始からしばらくして、一体のNPCが合流した。
以前から何度か見かけた機体だった。
「こいつ、知ってる」
悠真が言う。
「前にもいた?」
MIZUが聞く。
「うん。たぶん同じ個体」
NPCは四人の前を歩いている。
戦闘になると、勝手に前へ出る。
「まただ」
KAIが言う。
しかし、今日は少し違った。
NPCが敵の攻撃を受ける直前に、悠真が前へ出た。
攻撃を防ぐ。
NPCは無傷だった。
するとNPCは悠真を見る。
一瞬だけ立ち止まった。
「……今の、分かったのかな」
RIONが言う。
「分からない」
悠真は答えた。
NPCは再び歩き始めた。
その後も、NPCは何度か危険な行動をした。
四人はそのたびに対応した。
助けることもあれば、助けないこともある。
全部を守ることはできない。
最後の戦闘。
NPCが敵の集団へ突っ込んだ。
「また行った!」
MIZUが叫ぶ。
悠真は一瞬迷った。
助けるか。
それとも、任務を優先するか。
敵の数は多い。
NPCを助ければ、四人も危険になる。
悠真は周囲を見た。
KAIは敵の正面。
RIONは遠距離。
MIZUは少し後ろ。
「俺が行く」
悠真が走った。
敵の攻撃を避ける。
NPCの前へ出る。
一撃を受ける。
【耐久値:63%】
「悠真!」
KAIが叫ぶ。
「大丈夫!」
RIONの攻撃が敵を削る。
KAIも続く。
MIZUはNPCを後ろへ誘導した。
四人の連携で敵を倒す。
【任務達成】
【評価:S】
【協力行動評価:高】
MIZUが言った。
「今日はうまくいったな」
悠真はNPCを見る。
NPCは何も言わない。
ただ、いつものように歩いている。
「……また助けちゃった」
「好きなんだろ」
KAIが言う。
「何が?」
「そういうの」
悠真は少し考えた。
「分からない」
RIONが笑う。
「じゃあ、分からなくてもいいんじゃない?」
悠真も笑った。
任務を終える。
四人は一度ロビーに戻った。
そのとき、システム通知が表示された。
【特殊イベント発生】
【参加条件:なし】
【開始まで:10分】
「何だ?」
MIZUが画面を見る。
イベント名は表示されていなかった。
ただ、
【未知のイベント】
とだけ書かれている。
「行く?」
KAIが聞く。
悠真は時計を見た。
まだ昼前だった。
「行ってみよう」
四人は参加する。
転送された先は、これまで見たことのない場所だった。
巨大な白い空間。
床も壁もない。
ただ、遠くに一つの扉が浮かんでいる。
【イベント開始】
【目的:扉を開けてください】
「それだけ?」
MIZUが言った。
敵は出てこない。
アイテムもない。
ただ扉がある。
四人は近づいた。
しかし、扉は開かない。
「条件があるのかな」
RIONが調べる。
画面には何も表示されない。
KAIが扉を攻撃する。
反応なし。
悠真も触ってみる。
何も起きない。
しばらく沈黙が続いた。
「これ、どうするんだ?」
MIZUが言った。
悠真は周囲を見る。
敵はいない。
NPCもいない。
アイテムもない。
なら、必要なのは戦闘ではない。
「……待つ?」
「待つ?」
「うん」
四人は扉の前で待った。
一分。
二分。
五分。
何も起きない。
MIZUが笑い始めた。
「本当に待つの?」
「分からないけど」
悠真も笑った。
さらに少し待つ。
すると、扉が開いた。
【イベントクリア】
【評価:判定不能】
【報酬:なし】
四人は呆然とした。
「……何だったんだ?」
KAIが言う。
「分からない」
悠真が答える。
「でも、面白かった」
MIZUが笑う。
「それは分かるのかよ」
「うん」
四人はロビーへ戻った。
そのイベントには、ランキング報酬もなかった。
経験値もほとんどない。
攻略情報にも意味がない。
それでも、参加した四人はしばらくその話をしていた。
その頃。
ゲーム会社。
イベントの結果が表示されている。
【参加者:12,084】
【平均クリア時間:7分32秒】
【最速クリア:1分14秒】
【最長クリア:41分】
【クリア方法:複数】
担当者が画面を見る。
「また分かれましたね」
「はい」
「戦闘した人」
「待った人」
「いろいろ試した人」
「途中で退出した人もいます」
別の画面には、
【途中退出率:31%】
と表示されていた。
担当者はさらにデータを見る。
【YUMA】
【試行:少】
【戦闘:なし】
【待機:あり】
【クリア】
【満足度:測定不能】
担当者は眉をひそめた。
「満足度?」
「推定しようとしましたが、判断できませんでした」
「本人に聞けばいい」
「聞いても、正確な数値にはできません」
担当者は少し笑った。
「確かに」
そして、画面を閉じた。
「人間は、効率だけでは動かない」
「そうですね」
「でも、それをゲームの中で再現できるなら……」
担当者はそこで言葉を止めた。
まだ、その先を話す段階ではなかった。
一方、悠真は午後になって、もう一度ゲームを起動しようとしていた。
画面には、
【本日の接続可能回数:5】
と表示されている。
昨日より多い。
悠真はしばらく考えた。
そして、ゲームを起動したまま、立ち上がった。
「……先に昼ご飯」
母親が笑う。
「それがいい」
悠真はパソコンから離れた。
ゲームは、そこに残っている。
いつでも戻れる。
だから、今すぐ戻らなくてもいい。
そして、それこそが。
長く遊び続けられる理由の一つなのかもしれなかった。




