第五十二章 分からないもの
金曜日。
朝のホームルームが終わったあと、悠真は机に突っ伏していた。
「眠い……」
隣の席の友達が笑う。
「昨日ゲームした?」
「一回だけ」
「一回だけで眠いの?」
「ちょっと疲れた」
「じゃあ、今日はやめれば?」
悠真は顔を上げた。
「どうしようかな」
その返事に、友達は何も言わなかった。
最近では、ゲームをすることも、しないことも、特別なことではなくなっていた。
学校が終わる。
家に帰る。
宿題をする。
それからゲームをするかどうか決める。
それだけだった。
放課後。
悠真は帰宅すると、宿題を終わらせた。
そして、しばらくゲーム画面を眺めた。
ログインする。
【現在オンライン:220,184】
また少し減っている。
ロビーにはKAIがいた。
《今日はどうする?》
悠真は返した。
《深層、少しだけ行ってみる?》
《いいな》
RIONも入ってきた。
《じゃあ、二回目はなしで》
《うん》
三人は深層エリアへ向かった。
前回より奥へ進む。
敵の強さも上がっている。
しかし、三人は以前より慣れていた。
KAIが前。
RIONが後ろ。
悠真が中央。
それぞれの役割が自然に決まっていく。
しばらく進んだところで、NPCが現れた。
以前見たことのない機体だった。
小型の作業用機。
武器は持っていない。
「敵じゃない?」
RIONが言う。
NPCは三人を見て、しばらく立っていた。
そして突然、悠真たちとは反対方向へ走り出した。
「待って!」
悠真が追う。
KAIも続いた。
「また未知エリアか?」
「分からない」
NPCは狭い通路へ入った。
その先には、小さな部屋があった。
部屋の中央には、壊れた端末がある。
NPCは端末の前で止まった。
「これを直したいのか?」
悠真が聞く。
NPCは答えない。
ただ端末を見ている。
悠真は周囲を調べた。
「部品が必要みたい」
「また修理?」
KAIが苦笑する。
「このゲーム、戦闘以外も多いな」
三人で部品を探す。
しかし、必要な部品は一つしか見つからなかった。
もう一つがない。
「どうする?」
RIONが聞く。
悠真は少し考えた。
「別の場所にあるかも」
三人は周囲を探し始めた。
しばらくして、敵の集団に遭遇した。
戦闘になる。
KAIが前へ出る。
RIONが援護する。
悠真は敵の動きを見ながら、少しずつ位置を変えた。
そのとき。
NPCが突然、敵の方へ走った。
「危ない!」
悠真が叫ぶ。
NPCは敵の攻撃を受けた。
【NPC耐久値:12%】
悠真はすぐに敵の注意を引きつけた。
「こっち!」
敵が悠真へ向かう。
KAIが横から攻撃。
RIONが遠距離から撃つ。
敵を倒す。
NPCは倒れていなかった。
「……よかった」
悠真は近づく。
NPCは何事もなかったように立ち上がった。
そして、また歩き始める。
「お前、本当に勝手だな」
悠真が笑う。
NPCは振り返らない。
三人はその後を追った。
結局、部品は見つからなかった。
任務時間も残り少ない。
悠真は考えた。
「今日はここまでにしよう」
KAIが頷く。
「それでいい」
RIONも同意した。
NPCだけが、端末の前に残った。
悠真は一度振り返った。
「また来るから」
NPCは何も答えなかった。
ログアウトする。
【任務評価:B】
【未知NPC行動記録:更新】
現実に戻った悠真は、椅子から立ち上がった。
少し疲れている。
でも、嫌な疲れではなかった。
母親が言った。
「今日は一回?」
「うん」
「楽しかった?」
悠真は少し考えた。
「うん」
「何したの?」
「NPCの手伝い」
「戦わなかったの?」
「戦ったよ。でも、最後まで終わらなかった」
母親は笑った。
「じゃあ、また明日ね」
「うん」
その夜。
ゲーム会社。
分析画面には、今日のデータが表示されていた。
【YUMA】
【戦闘結果:成功】
【任務結果:未完了】
【報酬:低】
【再接続予定:高】
担当者が画面を見つめる。
「また途中でやめた」
「はい」
「成功していないのに?」
「はい」
「報酬もほとんどない」
「はい」
担当者は少し黙った。
「それでも、戻ってくる」
画面を切り替える。
そこには別のプレイヤーのデータが並んでいる。
【高報酬任務】
【成功率:高】
【継続率:低】
別のプレイヤー。
【戦闘能力:高】
【PVP勝率:高】
【接続頻度:低】
さらに別のプレイヤー。
【戦闘能力:中】
【探索回数:高】
【NPC交流:高】
【継続率:高】
それぞれ違う。
強いから続けるわけでもない。
勝つから続けるわけでもない。
報酬が多いから続けるわけでもない。
担当者は新しい項目を表示した。
【プレイヤー継続行動の分類】
しかし、分類は途中で止まった。
【分類不能】
「……またか」
隣の社員が言った。
「人間の行動ですから」
担当者は苦笑した。
「それじゃ、データを集める意味がないじゃないか」
「逆ですよ」
社員は画面を見た。
「分からないから集めているんでしょう?」
担当者は何も言わなかった。
しばらくして、画面に新しい記録が追加された。
【未知の選択】
【任務未完了】
【報酬低】
【継続意志:高】
【再接続:予定あり】
その下に、悠真の名前が表示されていた。
【YUMA】
そしてもう一つ。
【予測不能な継続理由】
まだ、空白だった。
その頃。
悠真は布団の中で眠っていた。
明日も学校がある。
明日も宿題がある。
ゲームに入れる回数も決まっている。
それでも、明日になれば。
たぶん、またログインする。
理由は、まだ本人にもよく分かっていなかった。




